2017年4月20日 (木)

千川上水を歩く①

2017年4月13日

  『千川上水を歩く①

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2017年4月15日 (土)

東京散歩(谷端川跡)

2017年4月10日・12日

  『東京散歩(谷端川跡)

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2017年4月11日 (火)

富士街道(ふじ大山道)②

2017年4月6日

 石神井公園駅(西武池袋線)・・・富士街道・一里塚改築記念碑・庚申塔・・・石神井池・・・禅定院・・・道場寺・・・三宝寺・・・釈迦本寺・・・氷川神社・・・石神井城跡・・三宝寺池・・水神社・・穴弁天(宇賀神社)・・厳島神社・・殿塚・・姫塚・・石神井松の風文化公園・・・富士街道・・・沼辺地蔵・・・庚申塚バス停・庚申塔祠・・・富士街道・・・地蔵祠・・・田柄用水跡・けやき憩いの森・・・牟礼道合流地点・・・高塚交差点・(西東京市)・・・牟礼道分岐地点・・・(かえで通り)・・・(新青梅街道)・・・(伏見通り)・・・庚申堂・・・深大寺道合流地点・六角地蔵石憧・・・青梅街道合流地点・・・西武柳沢駅(西武新宿線)

  【ル-ト地図

Img_8350一里塚改築記念碑 《地図

庚申塔(延享3年(1746))の左後ろ。昨日訪れた一里塚子育地蔵からちょうど1里だ。

富士街道から離れ石神井公園に向かう。「園内マップ

Img_8358石神井池

三宝寺池から周辺の田んぼに水を引いていた水路を、人工的にせき止めた人工池。

Img_8377禅定院

Img_8375説明板

Img_8373茅葺きの鐘楼・宝篋印塔

Img_8372ヒヨクヒバ

練馬の名木 57」

Img_8364キリシタン灯籠(寛文13年(1673))

Img_8368いぼ神地蔵

池畔に戻る。

Img_8382石神井池

好天で桜もまだ見頃。

Img_8388ラクウショウ(ヌマスギ・中央)

「練馬の名木 61」

再び池から離れ、南側の寺社を巡る。

Img_8395甘藍(きゃべつ)の碑

昨日は愛染院の参道で、「練馬大根の碑」を見た。一昔前まで練馬区は農村だったのだ。

Img_8401道場寺

武蔵野三十三観音の第2番

Img_8406三重塔

Img_8399説明板

Img_8422三宝寺山門(御成門)

将軍家光が鷹狩の休憩で立ち寄ってくぐった門。

武蔵野三十三観音の第3番

Img_8418説明板

Img_8417長屋門

もとは勝海舟邸にあった門だそうだ。

Img_8414鐘楼

Img_8416説明板

Img_8438宝篋印塔(天明元年(1781))

もとは御成門の近くにあったもの。

Img_8433根本大塔

Img_8435奥の院(大師堂)

Img_8437説明板

Img_8443氷川神社参道

Img_8448氷川神社

Img_8447石燈籠

Img_8445説明板

石燈籠の「左側のものは火袋が失われ・・・」とあるが、火袋はある。

Img_8461石神井城址

Img_8460説明板

Img_8451主郭あたりの土塁跡

Img_8454説明板

Img_8471水神社

Img_8476穴弁天(宇賀神社)

石神井城の城主豊島氏の創建?
三宝寺池底より発見された蛇体の女神弁財天の宇賀神(厳島神社の祭神の狭依毘売命(さよりひめのみこと)=市杵嶋姫命の配下神)を祀るそうだ。
鍵が掛かっていて入れず、蛇体の宇賀神は拝めず。

Img_8475何やら蛇体らしきような物が見える?

Img_8477厳島神社

Img_8483三宝寺池・厳島神社

Img_8478説明板

Img_8487殿塚

石神井城主豊島泰経平塚城(東京都北区)→小机城(横浜市)へと逃走したというのが史実のようだが。平塚城には蝉坂、小机城には城坂(跡)があった。

Img_8488由来

Img_8492姫塚

豊島泰経の二女の照姫の墓(塚)

Img_8490由来

Img_8496石神井松の風文化公園

富士街道に戻る。

Img_8499沼辺地蔵の祠(左) 《地図

Img_8501沼辺地蔵

Img_8504庚申塚交差点

右に庚申塔などの祠

Img_8511右端の石燈籠(元文5年(1740))は、「南ハ多かいどミち 北ハひさおりみち」と刻むというが確認できず。(高井戸と膝折)
青面金剛庚申塔は元禄5年(1692)の造立

Img_8514地蔵祠 《地図

右は旧早稲田通り

Img_8516地蔵(宝永3年(1706))

Img_8517けやき憩いの森 《地図

Img_8526田柄用水跡(けやき憩いの森内)

富士街道に沿って流れ、石神井町付近で北上し、昨日横切った田柄川(緑道)に平行して流れ、板橋区桜川で石神井川と合流する用水だった。

Img_8522説明板

Img_8528牟礼道が右(北)から合流する。《地図

高塚交差点で富士街道は直進し、牟礼道は左折して行く。

西東京市に入り、かえで通り~新青梅街道~伏見通りを横切って行く。

Img_8539庚申塔の祠 《地図

柳沢庚申講の旗が立っている。

Img_8541庚申塔(宝永6年(1709))

左は六十六部廻国供養塔(享保?年)

Img_8544北からの深大寺道と合流し、青梅街道に向かう。《地図

桜の下に六角地蔵石憧説明板)の祠

Img_8550青梅街道合流地点

左端に弘法大師供養塔の祠、向かい側右端の青梅街道沿いに笠付きの柳沢庚申塔。

この先、大山まではいくつもの道筋があったろうが、その一つとして、深大寺道甲州街道鎌倉街道上の道→関戸の渡し(多摩川)→小野路宿大山街道→大山が考えられる。
ここを終点とし、西武柳沢駅に向かった。

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2017年4月 9日 (日)

富士街道(ふじ大山道)①

2017年4月5日

 東武練馬駅(東武東上線)・・・川越街道・北町観音堂・・・浅間神社・・・環八通り交差地点・大山道道標・・・(田柄川緑道)・・・地蔵祠・・・金乗院・・・須賀神社・・・庚申塔道標・環八通り・・・陸上自衛隊練馬駐屯地・・・最勝寺・・・(平和台駅・地下鉄有楽町線)・・・本寿院・・・一里塚子育地蔵・・・富士街道分岐点・・・愛染院・・・(練馬春日町駅・都営大江戸線)・・・地蔵祠・・・若原稲荷神社・・・庚申塔祠・・・御嶽神社・・・庚申塔祠・・・谷原延命地蔵・・・馬頭観音?・・・谷原交差点・清戸道交差地点・笹目通り・・・氷川神社・・・長命寺・・・(西武池袋線)・・・和田堀公園・・・和田稲荷神社・・・石神井公園駅(西武池袋線)

 川越街道下練馬宿の環八通りとの交差地点に立つ大山道の道標から、田無の青梅街道との合流地点まで、ふじ大山道(富士街道)沿いを寄り道しながら2日間で行く。

  【ル-ト地図

Img_8187川越街道下練馬宿

北一商店街を東に向かう。

Img_8194大山道道標(「従是大山道」・宝暦3年(1753))

東高野山道標(左):「左東高野山道」 《地図

元の位置から8m西に移設された。
東高野山の長命寺にも今日の最後に寄る。

Img_8189説明板

Img_8218説明板(ふじ大山道

街道の所々に立っている。

 環八沿いを少し進み、左に入り金乗院へ向かう。

Img_8198田柄川緑道を横切る。《地図

Img_8200地蔵の祠

Img_8201地蔵さん

Img_8212金乗院

将軍家光がくぐった門、家光の手植えというイチョウの大木。

Img_8203説明板

Img_8209一石六地蔵(月待供養塔・明暦2年(1656))

Img_8205下練馬道標石(参道前)

Img_8204説明板

Img_8214須賀神社

環八通りに戻る。

Img_8217庚申塔道標(文政4年(1821)) 《地図

右側面に「ふじ大山道」

Img_8226陸上自衛隊練馬駐屯地沿いを進み、平和台駅前を過ぎる。

Img_8228本寿院 《地図

Img_8229説明板

Img_8231僧形馬頭観音(文政6年(1823))

まさに馬頭だ。

Img_8240一里塚子育地蔵の祠・「ふじ大山道」の新しい標石 《地図

左側が古い地蔵で、中央の新しい地蔵は赤子を抱いている。
中山道の志村の一里塚からは1里以上あるし、川越街道の大山道道標からでは短すぎるが?

Img_8237一里塚子育地蔵の奉納額(祠内)

Img_8241環八通りから分かれ右へ富士街道へ入る。 《地図

Img_8264愛染院参道

左は「練馬大根の碑」

Img_8262説明板

Img_8259山門

Img_8243長屋門

Img_8244説明板

Img_8247鐘楼

梵鐘(元禄14年(1701)銘)は木村将監安継の作。

Img_8249弘法大師一千年供養塔(天保5年(1834)・右)

敷石供養塔(左)

Img_8272地蔵祠 《地図

Img_8273地蔵(安永3年(1774))

Img_8277若原稲荷神社

由緒などは分からず。

Img_8283庚申塔祠(向こう側の右角)

Img_8285庚申塔(元禄5年?)

Img_8291御嶽神社 《地図

Img_8289服部半蔵奉納の仁王像

もとは富士街道沿いにあった高松寺(こうしょうじ)に寄進されたもの。

Img_8287説明板

Img_8292庚申塔祠

ここは民家の敷地内

Img_8293庚申塔

明治時代の造立で形もはっきりしている。

富士街道に戻る。

Img_8295谷原延命地蔵 《地図

富士街道は直進

Img_8297説明板

Img_8299延命地蔵(安永4年(1775))

台石側面に「左 たなし道 大山道 二里」・「みぎ はしど道」と刻むそうだ。

Img_8300_2左の木の下は文字の馬頭観音か? 表面がすり減っていてよく分からず。

Img_8303谷原交差点

清戸道との交差地点

笹目通りを進み、東高野山の長命寺に向かう。

Img_8307氷川神社 《地図

谷原村鎮守、長命寺の別当寺だった。

Img_8310長命寺参道

Img_8322南大門(仁王門)

Img_8314山門?

これも小振りの仁王門だ。

Img_8325鐘楼の梵鐘は慶安3年(1650)の銘

Img_8339道標「右高野山道」

ここは境内で、最初の川越街道との分岐にあった道標「左東高野山道」のように参詣路沿いにあったものか。ここから奥の院に向かう。

Img_8328御廟橋

手前方向が奥の院

Img_8329奥の院(御影堂)参道

高野山奥の院は御廟橋から先は撮影禁止だ。

Img_8336説明板

Img_8333姿見の井戸(奥の院参道の手前左側)

覗き込んだが顔は写らず。まあ長いことないだろう。

Img_8330説明板

四国17番の井戸寺の井戸でも顔は写らなかった。でもまだしぶとく?、だらだらと生きてはいる。

長命寺(『江戸名所図会』)

見所の多かった長命寺を後にして、石神井公園駅に向かう。

Img_8341和田堀公園 《地図

南方には石神井川の山下橋が近い。

Img_8342和田稲荷神社(伝五郎稲荷)

練馬区内では3基のみという、笠木と柱の間に台輪(だいわ)という円形の保護材をつけた台輪鳥居
区内でも最大級というシラカシがそびえている。

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2017年4月 5日 (水)

東京散歩(弦巻川跡)

2017年4月3日

  『東京散歩(弦巻川跡)

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