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2005年12月23日 (金)

千代田区の坂-1

2005年12月23日(金)

有楽町駅(JR山手線)・・・日比谷公園・・・霞門・・・霞ヶ関坂・・・潮見坂・・・三年坂・・・茱萸坂・・・梨木坂・・・三宅坂・・・富士見坂・赤坂見附・弁慶堀・・・諏訪坂・・・三べ坂・・・山王坂・・・ 山王男坂・女坂・日枝神社・・・山王切通坂・・・新坂・・・溜池山王駅(地下鉄南北線)

 今日は天皇誕生日のせいか皇居周辺の警備が厳しいようでした。官庁街は休日で人影もまばらでした。霞ヶ関坂、潮見坂、三年坂は3本平行に並ぶ北西方向に上る坂です。

 三宅坂はお濠沿いにきれいにカーブする長い坂です。ジョギングを楽しんでいる人が多いです。山王坂は日枝神社の前から国会裏まで一直線に上る急坂です。日枝神社に赤坂方面から上る石段には、脇にエスカレーターがついていました。山王切通坂は、日枝神社の北側を巻くような坂です。新坂の坂上には、日比谷高校としゃれた建物のメキシコ大使館があり、遅刻坂の別名がついています。

 参考:『千代田区内の坂

  写真をクリックすると拡大します。

DSC04469 霞ヶ関坂  霞ヶ関2-1と2-2の間を北西に上る。《地図》(霞ヶ関坂・潮見坂・三年坂)

中世の頃、この辺りに関所が置かれていたことから名が起こった。

霞が関」・『江戸名所図会』の「霞ヶ関

DSC04473 潮見坂  霞ヶ関2丁目と3丁目の間を北西に上る。

中世の頃までは日比谷公園辺りが渚だったという。この坂も当時はもっと急坂で、眼下に海を臨むことができたので、この名がつけられたのだろう。

DSC04479 三年坂  霞ヶ関3-1と3-2の間を北西に上る。

この坂で転ぶと3年以内に死ぬという俗信から。『江戸の坂東京の坂』は、「明治5年にこの付近を三年町としたには、ここに有名な三年坂があったためにほかならいない。(中略)徳川家康の入国以前の状態を調べてみると、意外にもこの辺の高台は大きな寺院や墓地でふさがっていたようだ」と記している。

DSC04488 茱萸(ぐみ)坂  永田町1丁目、国会議事堂前の南側を西に上る。《地図

坂の両側にぐみの木があった。別名を番付坂、日枝神社の祭礼の時、ここに花車の番付札があり行列をあらためた。

DSC04493 梨木坂  永田町1-8と1-9の国会図書館の間を南に上る。《地図

かつて、梨の木があった。

DSC04506 三宅坂  永田町1丁目と桜田濠の間を北西に上る甲州街道(内堀通り)。《地図

三河田原藩主、三宅備前守の屋敷があった。昔は堀端に皀莢(さいかち)の木や橿(かし)の木が多く茂っていたので皀莢坂とか橿木坂と呼ばれたこともある。

DSC04513 富士見坂  永田町2丁目と紀尾井町、平河町2丁目の間を東に上る青山通り。《地図

Dsc04515 赤坂見附(御門)説明板

Dsc04517 赤坂見附跡

大山街道の起点

Dsc04518 弁慶堀

弁慶堀

DSC04524 諏訪坂  紀尾井町と平河町2丁目の間を北に上る。《地図

諏訪氏の屋敷があった。別名を達磨坂、紀州藩邸の表門の柱にダルマに似た木目があり達磨門と呼ばれ、その前の坂を達磨坂と呼んだ。

DSC04536 三べ坂  永田町2-18の参議院議長公邸と2-19の間を北に上る。《地図

筑前守・安摂津守・渡丹後守の三邸があった。坂上の西側一帯は松平出羽守の屋敷で、松平家が赤坂御門の御水番役をかねていたところから、この坂は水坂とも呼ばれていた。

DSC04547 山王坂  永田町2-1と2-2の間を東に上る。《地図

日枝神社(山王社)前に下る坂。坂の近くに明治時代の豪商鹿島清兵衛の屋敷があったので鹿島坂とも呼ばれた。

Dsc04550 周辺案内図

DSC04558 山王男坂  永田町2丁目の日枝神社の東側から上る正面の石段。《地図

Dsc04561 山王日枝神社

DSC04563 山王女坂  日枝神社の正面から南側を廻って上る。(男坂の南側)

将軍の参詣の時だけ用いられたので、別名御成坂とも呼ばれた。

Dsc04564 赤坂方面から上る石段。右側にエスカレーター付き。

DSC04573 山王切通坂  日枝神社の西側から北側を廻って上り、下る坂。《地図

DSC04587 新坂  永田町2-13と2-14の間を東に上る。《地図

別名の遅刻坂は、官庁街、学校へ急ぐ学生が駆け上がる坂なので。

 

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