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2005年12月 9日 (金)

新宿区の坂-5

2005年12月9日(金)

曙橋駅(都営新宿線)・・・念仏坂・・・安養寺坂・・・台町坂・・・暗闇坂・・・自証院坂・・・禿(かむろ)坂・・・安保坂・・・茗荷坂・・・大木戸坂・・・瓶割坂・・・山吹坂・西向天神・不動坂・・・久左衛・・・抜弁天・弁天坂・・・団子坂・・・若松河田駅(都営大江戸線)

 念仏坂は急な石段坂で、昔は念仏でも唱え慎重に下りたのでしょう。今の暗闇坂に暗さはありません。禿坂は今は河童ではなく学生で賑わっています。大木戸坂は、茗荷坂下を少し南に行った所の大木戸坂下交差点から、南東方向に四谷4丁目の交差点に上る外苑西通りです。四谷4丁目の交差点の所に四谷大木戸門があったそうです。

 靖国通りの厚生年金会館(新宿1-34)付近が瓶割坂らしいですが、傾斜はほとんどありません。瓶はおなか(腹)で瓶割とはお産のことのようです。『江戸の坂東京の坂』(横関英一著)には、この坂についての詳しい考証があります。

 山吹坂と不動坂は西向天神の中にある小さな坂です。太田道灌に山吹を捧げたという紅皿碑(墓)が境内にあります。この話は落語の「道灌」に使われています。南北に通り抜けできる小さな抜弁天から弁天坂を下り、傾斜のあまりない団子坂を上り若松河田の駅に出ました。

「自証院」「西向天神」「抜弁天」は、『新宿史跡・文化財散策マップ』の「新宿あたり」に載っています。

  写真をクリックすると拡大します。

DSC03775 念仏坂  住吉町から市谷仲之町へ北東に上る石段。《地図

①昔、この坂辺りに老僧が住んでいて、昼夜念仏を唱えていた。②この坂の左右は谷に臨んで屈曲して危険なので通行人は念仏を唱え往来したという。【坂標】 ③坂の近くに安養寺がある。

DSC03782 安養寺坂  住吉町10と11の間を西に上る。《地図

坂上近くに安養寺がある。

Dsc01009 安養寺

DSC03790 台町坂 住吉町から市谷台町の中を西北に上る。《地図

DSC03798 暗闇坂  愛住町20と23の間を曲がりながら南に上る。《地図

全長寺の墓地の樹木が繁り暗かったため。

DSC03800 自証院坂  靖国通りから富久町7の成女学園と、富久町2の間を北西に自証院に上る。《地図

Dsc01012 自証院

堂塔の用材に檜の節目が多いため、「ふし寺」または「瘤寺(こぶでら)」とも呼ばれた。

DSC03807 禿坂  富久町7の成女学園と、富久町10の間から北東に東京医科大の方へ上る。《地図

①昔、坂下の自証院の横に小さな池があり、水遊びに来る禿頭(おかっぱを短く切りそろえたような髪型)の童の姿から呼ばれた。【坂標】 ②自証院前に川が流れていて、河童が棲むといわれたのであろう。別名の蜘蛛切坂は渡辺綱の土蜘蛛退治の伝説による。『今昔東京の坂』

DSC03810 安保坂  富久町9と10の間を西に上る靖国通り。《地図

安保清種海軍大将が住んでいた。

DSC03818 茗荷坂  四谷4丁目の東長寺と富久町の源慶寺の間を北西に上る。《地図

江戸時代後期まで坂下が市谷村の茗荷畑であった。【坂標】

DSC04124 大木戸坂  四谷4丁目の交差点から外苑西通りを北に下り、大木戸坂下交差点に至る坂。《地図

四谷4丁目の交差点に江戸市街地へ入る検問所の四谷大木戸があった。

DSC03831 瓶割坂  新宿1丁目と5丁目の間を西に上る靖国通り。《地図

瓶とは腹の意で。瓶割はお産のこと。弁慶が子どもを取上げたという各地に残る義経、弁慶伝説の一つがこの辺にあったのだろう。強く、元気な子が育つということ。新宿1-34付近に弁慶橋があった。『新宿区町名誌』
石川県金沢市にも弁慶にまつわる「瓶割坂」(金沢市の坂②)がある。

DSC03837 山吹坂  新宿6-21の西向天神に西から上る。《地図

太田道灌の「山吹の里伝説」に因む。落語「道灌」に登場する娘。『鎌倉街道中の道』の面影橋のそばにも「山吹の里碑」がある。

DSC03842 不動坂  西向天神内の大聖院不動堂に北から上る石段。《地図

Dsc01013 西向天神

Dsc01015 紅皿の碑説明板

Dsc01016 紅皿の碑

「山吹の里伝説」に登場する道灌に山吹を捧げた娘、紅皿の墓と伝える板碑。

DSC03849 久左衛門坂  新宿7-11と7-12の間を東に上る。《地図

島田久左衛門が開いた坂。【坂標】

Dsc03853 抜弁天(余丁町7)

境内が南北に通り抜けでき、また苦難を切り抜くための弁天社でこう呼ばれる。あたり一帯には五代将軍綱吉の「生類憐みの令」による犬小屋あった。

Dsc03856_2 弁天坂 余丁町と若松町の間を抜弁天の前から東に下る抜弁天通り。坂下から団子坂に続く。 《地図

DSC03857 団子坂  若松町と河田町の間を北東に上る。《地図

昔、この辺は低湿地帯で歩くたびに泥だんごのようになった。別名を馬の首団子坂【坂標】

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