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2006年2月11日 (土)

文京区の坂-7

2006年2月11日

茗荷谷駅(地下鉄丸の内線)・・・茗荷坂・林泉寺(縛られ地蔵)・・釈迦坂・徳雲寺・・藤坂・伝明寺(藤寺)・・・宗四郎稲荷・蛙坂・・・切支丹坂・・・庚申坂・・・浅利坂・・・荒木坂・・・新坂・・・金剛寺坂・・・薬罐坂・・・横町坂・・・服部坂・・・大日坂・妙足院大日堂・・・目白坂 ・・・目白新坂・・・七丁目坂・・・尾坂・・・鉄砲坂・・・三丁目坂・・・護国寺駅(地下鉄有楽町線)

 茗荷坂を下り、地下鉄丸の内線の線路沿いの釈迦坂、藤坂、蛙坂を歩きました。この辺は地下鉄は地上を走っています。蛙坂の坂上を進み切支丹坂の坂上に出ました。坂を下り、地下鉄のガードをくぐると庚申坂の石段が上っています。

 切支丹坂の坂上に戻り南に少し行くと、浅利坂が東に下っています。この坂は現存しない坂とされているのが一般的ですが、道路に設置してある案内地図には浅利坂が載っています。小日向1-14と1-3を東に下る坂で、実際短い坂があります。荒木坂の北側です。

 荒木坂を下り、巻石通りを東に行き、新坂と金剛寺坂を上りました。共に北に上る坂です。巻石通りを引き返し、もう一度荒木坂を上り、西に入り薬罐坂を南に下りました。傾斜はゆるいですが、寺と墓の間の坂で、昔は暗く、野狐(野豻-やかん)が出るような寂しい所だったのでしょう。坂下を南に少し進み、横町坂を西に上りました。坂上で服部坂の途中にぶつかります。北に上る服部坂の坂上近くに小日向神社があります。

 坂下から巻石通りを西に進み、先日寄るのを忘れた大日坂の由来となった妙足院の大日堂に寄りました。堂の扉は少し開いていて、大日如来が拝めました。小さな座像ですが、気品のある穏やか顔立ちのように見えました。

 巻石通りを更に西に行き、音羽通りを渡り、西に目白坂を上りました。右側に並ぶ大泉寺、永泉寺、正八幡神社を過ぎ、椿山荘の先で目白通りと交わる長い坂です。目白坂の北側の目白新坂は目白通りの坂でこれも長い坂です。さらに北側に、七丁目坂、鳥尾坂、鉄砲坂、三丁目坂が並びます。いずれも西方向に上る坂」です。

 七丁目坂は途中が石段になっています。鳥尾坂は、「鉄砲坂が急坂すぎるので、新しく開かれたと」と坂標の説明文には書いてありますが、道幅は広いですがかなりの急坂です。 たしかに鉄砲坂は細すぎて、車の往来は大変だったでしょう。工事中で写真を撮りづらかったです。右にカーブして上る三丁目坂を上り下りして護国寺駅に着きました。今日は暖かで歩きやすかった半日でした。

  写真をクリックすると拡大します。

DSC05544 茗荷坂  小日向3-4と4-9の間を北に上る。《地図

付近は茗荷畑が多かった。

Dsc05548 林泉寺の縛られ地蔵

Dsc05549 縛られ地蔵説明板

大岡政談の「縛られ地蔵」は葛飾区東水元の南蔵院にある。ここの地蔵さんよりもっと縄を巻かれている。『岩槻慈恩寺道』に記載。

DSC05553 釈迦坂  小日向4-4と4-9の間を北に上る。坂下で蛙坂と向き合う。《地図

徳雲寺に釈迦の石像がある。『ぶんきょうの坂道』

DSC05556 藤坂  小日向4-3と4-4の間を北東に上る。《地図

坂下の伝明寺が「藤寺」の俗称で呼ばれる。『ぶんきょうの坂道』
富士山が望めたので富士坂、このあたりは湿地帯で河童(禿(かむろ))がいたので禿坂とも呼ばれた。

Dsc05557藤寺(伝明寺)

Dsc05562 宗十郎稲荷

DSC05563 蛙坂  小日向1-26と1-25の間を曲がりながら南に上る。《地図

坂の東側は崖で湿地帯で、蛙が集まっていた。ある時、蛙の合戦があったので蛙坂と呼ぶようになった。『ぶんきょうの坂道』

DSC05574 切支丹坂  小日向1-16と1-24の間を西に上る。《地図

坂上に切支丹の牢屋敷があった。幽霊坂の別名がある。『ぶんきょうの坂道』

DSC05575 庚申坂  春日2-9と小日向4-1の間を東に上る石段。《地図

昔、坂下に庚申の碑があった。『ぶんきょうの坂道』

DSC05584 浅利坂  小日向1-14と1-3の間を東に下る。《地図

付近に住んだ人、屋敷の名か。

Dsc05580 浅利坂地図

DSC05589 荒木坂  小日向1-1と1-4の間を北に上る。《地図

坂上に荒木志摩守の屋敷があった。『ぶんきょうの坂道』

DSC05611 新坂  春日2-7と2-8の間を北東に上る。《地図

坂上の西側に徳川慶喜が明治34年以後、没する大正2年まで住んだ。別名を今井坂 『ぶんきょうの坂道』

DSC05619 金剛寺坂  春日2-4と2-5の間を北東に上る。《地図

坂上の東側に永井荷風が生まれた。『ぶんきょうの坂道』 金剛寺は今はない。

DSC05592 薬罐坂 小日向1-10と1-11の間を北に上る。《地図

野狐(野豻-やかんが出て人をたぶらかすような淋しい場所だった。転じて湯を沸かす薬罐となった。)

DSC05599 横町坂  小日向1-6と1-8の間を西に上る。《地図

組屋敷の間の横町の坂。『ぶんきょうの坂道』

DSC05605 服部坂  小日向1-7と1-16の間を北に上る。《地図

服部氏の屋敷があった。

Dsc05621 大日坂下の妙足院大日堂

Dsc05622 大日如来

Dsc05606 小日向神社(服部坂上)

DSC05632 目白坂  関口2-2と2-3の間を西から北西に上る。《地図

目白坂『江戸名所図会』

DSC05645 目白新坂  関口2丁目と目白台3丁目の間を西から北西に上る目白通り。《地図

明治になり開かれた坂。別名を椿坂、椿山の旧跡に上る坂。『ぶんきょうの坂道』

DSC05653 七丁目坂  関口3-1と3-3の間を南西に上り、曲がって北西に上る。途中に石段の所がある。《地図

旧音羽7丁目と6丁目から上る坂。『ぶんきょうの坂道』

DSC05660 鳥尾坂  関口3-9と3-11の間を西に上る。《地図

鳥尾家が私財を投じて開いた坂。『ぶんきょうの坂道』

DSC05670 鉄砲坂  関口3丁目と目白台3丁目の間を西に上る。《地図

江戸時代、的場(鉄砲の射撃練習場)があった。『ぶんきょうの坂道』

DSC05680 三丁目坂  目白台3-5と3-29の間を西に上る。《地図

旧音羽町3丁目から上る坂。『ぶんきょうの坂道』

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