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2006年2月12日 (日)

文京区の坂-8・北区の坂-1

2006年2月12日

護国寺駅(地下鉄有楽町線)・・・希望の坂・・・小篠坂・・・清戸坂・・・薬罐坂・・・幽霊(目白台2丁目)・・・豊坂・・・小布施坂・・・日無坂・・・幽霊坂(目白台1丁目)・・・胸突坂・・・鉄砲坂・・・護国寺駅→池袋駅→赤羽駅・・・清水坂・・・馬坂・旧馬坂・・・石神井坂・・・地蔵坂・・・芝坂・・・三平坂・・・王子稲荷神社・王子稲荷の坂・・・王子大坂(地蔵坂)・・・権現坂・王子神社・・・装束稲荷神社・・・王子駅

 不忍通りから青柳小学校へ上るのが希望の坂です。生徒の命名で、校舎の壁に「希望の坂」の歌が書かれています。小篠坂は雑司が谷霊園まで上る広い坂です。坂下から不忍通りのゆるやかな清戸坂を上りました。途中から南に薬罐坂が上っています。

 清戸坂を更に進み、日本女子大の西側の幽霊坂を南に上りました。コンクリートの塀の間の暗い坂で、坂上は目白通りで豊坂が南に下っています。豊坂は真直ぐ下り左に曲がり、右に曲がるカーブが美しい坂です。坂上に戻り豊明小学校の西側の小布施坂を下りました。すぐ西側に豊島区との境の日無坂が上っています。

 目白通りを東に行き、老松交番の脇から幽霊坂に入りました。新江戸川公園の西側まで下る塀と木立に挟まれた狭く暗い坂で、幽霊坂の名にぴったしの感じです。坂下から神田川沿いに東に進み、駒塚橋から胸突坂の石段を上りました。坂下に水神社、途中に芭蕉庵永青文庫、坂上に和敬塾があります。坂上で目白通りを渡り、北に入り目白台図書館の前から鉄砲坂の坂上に出ました。今日は工事中ではありませんでした。坂下から北に護国寺駅に出ました。

 赤羽駅西口から南に日光御成道(岩槻道)を行き清水坂を上り、環7に出ると馬坂が東に下っています。JRの跨線橋の平和橋から旧馬坂の石段を下り、線路沿いに南に進み、東十条駅北口に石神井坂を上りました。自転車置場のような坂ですが、今日は日曜のせいか自転車は少なめでした。

 日光御成道に出て南に行くと十条富士塚があります。元は古墳だったようです。地蔵坂は曲がりながらJRの線路の方へ下ります。東十条駅南口に坂名の由来の子育地蔵が安置されています。芝坂は南西方向に上り、二つに分かれて更に上る珍しい坂です。アルファベットのYの形の坂です。

 日光御成を進み、名主の滝公園の北側を曲がりながら三平坂を下り、王子稲荷神社の脇の王子稲荷の坂を上りました。かなりの急坂です。王子大坂の坂下には子育地蔵が祀られ,地蔵坂の別名があります。王子大坂の坂下から王子神社へ権現坂を上りました。北本通り近くにある王子稲荷ゆかりの装束稲荷を訪ねました。大晦日に王子稲荷に挨拶に行く狐が、ここにあった榎の木の下で衣装を整えたそうです。

  写真をクリックすると拡大します。

DSC05686 希望の坂  大塚5-40の青柳小学校へ不忍通りから上る坂。《地図

生徒から坂名を募集して昭和53年に名づけられた。『ぶんきょうの坂道』

DSC05690 小篠坂  大塚5丁目と豊島区雑司が谷の間を北西に上る。《地図

幕府の御鷹部屋の開設による新坂で、笹が繁っていたのだろう。『ぶんきょうの坂道』

DSC05698 清戸坂  目白台2-26と2-15の間を南西に上る。《地図

清戸道(目白通り)に上る坂。『ぶんきょうの坂道』

DSC05704 薬罐坂  目白台2-6と3-18の間を南に上る。《地図

江戸時代、大名屋敷と矢場にはさまれた、さびしい坂道であったのだろう。『ぶんきょうの坂道』

DSC05708 幽霊坂  目白台2-8と2-9の間を南に上る。坂上は目白通り。《地図

DSC05715 豊坂  目白台1-7と1-9の間を曲がりながら北に上る。《地図

坂下に豊川稲荷がある。『ぶんきょうの坂道』

DSC05727 小布施坂  目白台1-15と1-16の間を北に上る。《地図

明治時代、株式の仲買で財をなした小布施新三郎の屋敷が豊明小学校の所にあった。『ぶんきょうの坂道』

DSC04256 日無坂  目白台1-15と豊島区高田1丁目の間を南に下る。《地図

せまい道で両側の樹木の枝葉で、日光もささなかった。『ぶんきょうの坂道』

DSC05736 幽霊坂  目白台1-1の新江戸川公園と1-4の間を北東に上る。坂上は目白通り。《地図

坂の西側に本住寺があり墓地があった。『ぶんきょうの坂道』

Dsc05741神田川(駒塚橋から)

Dsc05747 水神社

右側が胸突坂

Dsc05744説明板

DSC05748 胸突坂  目白台1丁目と関口2丁目の間を駒塚橋から北東に上る。《地図

別名を水神坂

DSC05759 鉄砲坂  関口3丁目と目白台3丁目の間を西に上る。《地図

江戸時代、的場(鉄砲の射撃練習場)があった。『ぶんきょうの坂道』

***ここからは北区の坂***

DSC05762 清水坂 北区中十条4-13と4-14の間を南に上る。《地図

昔は大半が切通し道で古木が茂り、崖から清水がしたたり落ちていた。公園あたりは貝塚遺跡。『北区の坂道』

DSC05769 馬坂  中十条3丁目と4丁目の間を南西に上る環7通り。《地図

急坂で荷馬が立往生した。『東京の坂道』

DSC05776 旧馬坂  馬坂のJRの平和橋の西側からJRの線路沿いに南方向に下る石段。《地図

DSC05779 石神井坂  JR東十条駅北口の線路脇から中十条3-16と3-17の間を北西に上る。《地図

坂名の由来不明

Dsc05784十条富士塚

Dsc05783 富士塚説明板

DSC05791 地蔵坂 東十条駅東口から曲がりながら南西に上る。《地図

坂の途中に石地蔵が立っていた。現在は駅前の祠に安置。

Dsc05788 子育地蔵

DSC05799 芝坂(北側の坂)  岸町2-8と2-9の間を南西に上り左右に分かれ上る。 《地図》(ここから左右に分かれて上る)

相生坂のA型(横関英一の分類) 坂名の由来不明

DSC05805 芝坂(南側の坂)

DSC05811 三平坂  岸町2-1と1-15の間を南西に上る。《地図

三平村の名から。『北区の坂道』

DSC05820 王子稲荷の坂  岸町1丁目の王子稲荷の南側を南西に上る。《地図

Dsc05823王子稲荷神社

落語『王子の狐』にも登場する。

王子稲荷社

DSC05832 王子大坂  王子本町1-25と1-26の間を北西に上る。《地図

別名を宇都布坂、うつり坂、地蔵坂。日光御成街道(岩槻街道)の古道。坂下に子育地蔵。坂下には上郷用水が流れ、三本杉橋が架かっていた。うつり坂はうとう坂の転訛。『北区の坂道』 「うとう」はアイヌ語で突端とか出崎の意。「うつり」は崖の意。

Dsc05830 子育地蔵(王子大坂の坂下)

王子大坂の別名の由来となった。

DSC05846 権現坂  王子本町1-1と1-24の間を西に上る。《地図

王子権現(王子神社)の表門への道。現在の坂の途中から南に分岐した小坂が残る。『北区の坂道』

Dsc05848王子神社

Dsc05858 装束稲荷神社

大晦日、関八州の狐が、かつてここにあった大きな榎(装束榎)の下で装束を整え王子稲荷に初詣に向ったという。

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コメント

osun
王子で検索たどり着きました、懐かしいです。

投稿: 中央倶楽部 | 2009年1月14日 (水) 02:31

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