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2006年3月 8日 (水)

板橋区の坂ー3

2006年3月8日

成増駅(東上線)・・・天神下公園・・・菅原神社・・・石坂・・・(赤塚)氷川神社・・・出口坂・・・赤塚城跡・・・赤塚公園・板橋区立郷土史料館・・・馬坂・・・しったり坂・・・諏訪神社・・・藪坂・・・乗蓮寺・東京大仏・・・松月院・・・つるし坂・・・六道の辻・・・成増駅

 今日は暑いくらいで、坂を上ると汗をかくほどでした。成増4丁目の天神下公園から北に上ると、途中に菅原神社があります。この坂を石坂と思っていましたが違っていました。菅原神社から西に急坂が下っています。西側が開けいい景色が望めます。菅原神社の石段を下り坂を上り少し進むと下り坂になります。これが石坂のようです。直線的な長い坂です。

 石坂下から三園通りに入りました。南方向に上る長い坂です。坂名はあるのでしょうか? 坂上近くから東に入り氷川神社に寄り、さらに東に行き急坂を下ると赤塚城跡の西側に出ます。この辺りに城の出入り口があったそうです。城跡に沿って、長く曲がりながら南に上るのが出口坂です。赤塚城の本丸跡に上り、郷土史料館に下りました。資料館を見学し、新大宮バイパス沿いの馬坂を上りました。これも長くて直線的な坂です。

 大門みはらし台公園の所でバイパスを渡り、しったり坂を下りました。この坂は今では途中から赤塚公園の中に入ります。公園内のバイパスの手前が坂下となっています。坂上に戻り、西に進み赤塚公園と乗蓮寺(東京大仏)の間の藪坂を上って、乗蓮寺に寄り東京大仏を見ました。昭和40年代に作られた大仏だそうで、かなり大きいです。松月院に寄り、松月院通りを南西に進み、赤塚庁舎前の交差点の先で北に入り、つるし坂に出ました。下って上る坂で、今は傾斜もさほどではなく短い坂です。松月院通りに戻り、六道の辻から西に入り成増駅に向かいました。

  写真をクリックすると拡大します。

DSC07349 成増4丁目の天神下公園から上る坂

DSC07356菅原神社(成増ー3)

DSC07357 菅原神社前から西に下る坂。

DSC07364 石坂  成増5-18と4-33の間を南西に上る。《地図

菅原神社の石段を上って、吹上観音(和光市)に向うと、やがて台地から下る坂をいいます。『いたばしの地名』 

坂名の由来は成増村になる以前の石成村からか。『郷土 板橋の坂道』 

DSC07367氷川神社(赤塚4-22)

DSC07372 赤塚城跡の西側に下る坂

DSC07377 出口坂  赤塚5-35の赤塚公園(赤塚城跡)と赤塚4丁目の間を南方向に上る。《地図

赤塚5-35あたりは中世の赤塚城跡です。城の西側に出口があったので、大手にあたる地帯を(脱字)といいます。またここを通る急坂を出口坂といい、台地上に出て、原、向台の地を通り六道の辻を通って、川越街道に出る道があります。『いたばしの地名』

DSC07388 赤塚城本丸跡

DSC07400板橋区立郷土資料館

DSC07390 旧田中家(前の樽は漬物樽、大根4千本以上入るそうです)

DSC07404 馬坂  赤塚8-20辺りから新大宮バイパス沿いに南東に上る。(かつてはもっと先まで下っていたのでしょう。) 《地図

大門の台地から高島平に下る坂、みはらし台公園の所です。地名の起こりは台地上に住む赤塚の人たちが、農作業で低地の田んぼへ行き来する馬のために開かれた坂道です。『いたばしの地名』 

しったり坂は牛馬が通れないので新しく開削した坂。しかし馬車、牛車ででこぼこになり、人はしったり坂を利用したという。新大宮バイパスと重複しているため昔の坂の姿を留めていない。『郷土 板橋の坂道』

DSC07424 しったり坂(坂下)  赤塚公園内の大門16から南に上り、一般道路に出て、大門11と14の間を南に上る。《地図

諏訪神社の西から「くの字」形に田んぼに下る急坂で、かまくら道の道筋とされる要路でした。(中略)呼称は上体をそらせ腰を下げ、尻を垂らすように下るので「尻垂り」、また坂の途中から清水が沸き湿気がこもるので「湿ったり」の二説があります。

DSC07423 しったり坂(赤塚公園内を上る)

DSC07430 しったり坂(坂上から公園の下り口を望む。)

DSC07433諏訪神社(大門11-1)

DSC07441 藪坂  赤塚5-29と5-30の間を南西に上る。《地図

赤塚5丁目26,27辺りを藪と呼んでいます。不動の滝の前から赤塚城跡の台地との間を通る挟間道を登ってきた笹の繁みの深い地域で、藪と呼ばれています。『いたばしの地名』

DSC07445乗蓮寺(赤塚5-28)

DSC07452 東京大仏

DSC07461 松月院(赤塚8-4)

DSC07462 つるし坂  赤塚5-9と5-10の間を北西に上る。《地図

「つる」は水流で「し」は接尾語であり、雨の時は大いに水の流れるさまを意味します。この坂道に通ずる道が、大堂下の旧前谷津川を渡る「亀橋」に続き、そんな所から対照的に「鶴嘴坂、つるし坂」とつると亀のめでたい意味付けがなされていました。『いたばしの地名』

DSC07470 つるし坂(南東に上る。) 

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