« 杉並区の坂-5 | トップページ | 落語散歩-浅草・向島・神田・上野・飛鳥山 »

2006年3月25日 (土)

杉並区の坂-6

2006年3月25日

吉祥寺駅(バス)→杉並第二小学校前・・・三年坂・宝昌寺・・・五日市街道・尾崎橋(善福寺川)・・・白幡の坂(旧五日市街道)・馬橋みち・石塔(地蔵・馬頭観音)・・・山王社の小祠?・・・山王坂・・・大宮橋(善福寺川)・・・だいしょうじ公園・大聖寺(だいしょうじ)坂・・・大円寺・いの・・・一本橋(神田川)・・・番屋橋・番屋坂・貴船神社・・・熊野神社・尻割(けつはり)坂・・・龍光寺・・・本村(ほんむら)坂・・・永福町駅(井の頭線)  

 杉並第二小学校と宝昌寺の間の三年坂を下り、尾崎橋を渡り北東に入ると旧五日市街道です。地蔵さんと馬頭観音の所で白幡の坂(旧五日市街道)と、馬橋みちに分岐します。どちらも昔は急坂の難所だったそうです。松ノ木八幡通りに出て南に行くと小さな祠がありました。これが山王坂の坂名の由来となった山王社でしょうか。

 坂下から東に入り大宮橋で善福寺川を越え、荒玉水道道路を渡り大宮小学校に出ました。ここが大正寺山だったそうです。小学校の北側の坂が大聖寺坂でしょう。工事中で写真を撮りにくかったです。近くに「だいしょうじ公園」もあります。方南通りを渡り永福通りを南に少し行くと大円寺があります。『杉並の通称地名』ではこの寺に上る坂を「いの坂」としていますが、永福通りには傾斜がありません。寺の周辺を回ってみましたが、神田川の一本橋から大円寺の南側に上る坂が一番ふさわしいようですが、自信はありません。

 神田川沿いの桜は花を開き始めていました。一本橋の南の番屋橋から西に入ると貴船神社があります。神社の北側の坂が番屋坂です。坂上から新宿の高層ビルが望めました。熊野神社の北側の坂が尻割(けつはり)坂でしょうか。かつては腰の筋肉が張るほどの急坂だったそうです。今はその面影はありません。熊野神社と龍光寺の間の坂の方が雰囲気のある坂です。井ノ頭通りを渡り、井の頭線沿いに本村坂を上り永福町駅に出ました。

 今日で杉並区は一応終わりますが、杉並区で坂標が付いているのは、「地蔵坂」(西荻北4丁目)と「三年坂」(区の教育委員会設置、詳しい説明文つき)と、「笠森坂」(地元で設置、説明文なし、「かさもり坂」と標示)だけだったと思います。その他、神社、寺、道の説明板に坂名が記載されているものもありましたが、歩いていて坂の道筋を特定するのに苦労しました。所在地、道筋は間違っている所もあると思います。

  写真をクリックすると拡大します。

DSC08121 三年坂 成田西3-3の宝昌寺と3-4の杉並第二小学校の間を東に下る。 《地図

この坂については、『杉並区の坂-1』(2005年12月16日)に記載。 

DSC08115宝昌寺

DSC08122 尾崎橋(善福寺川)から

DSC08137 白幡の坂(右)  成田東3-16と3-17の間を北に上る旧五日市街道。《地図

馬橋みち(左) 分岐する所に、地蔵(2基)、馬頭観音(1基)

DSC08128 白幡の坂(旧五日市街道

DSC08134 馬橋みち

DSC08138 馬頭観音が中、左右が地蔵

白幡の坂と馬橋みちの分岐する所の安置されている。

DSC08139 山王社の祠か?

DSC08142 山王坂  松ノ木1-3のテニスコートと1-2の間を北に上る。《地図

この台地に山王社の小祠があったのでこの名で呼んだ。

DSC08146 だいしょうじ公園

DSC08150 大聖寺坂  堀ノ内1-12と1-13の間を南西に上る。大宮小学校の北西側。《地図

大正寺山の西側の坂。一説に八幡太郎義家が奥州で大勝利を得て帰りに通った坂だから、大勝寺坂というと聞いた。昔は追剥がでたところと伝える。(大正寺が不動明王を本尊としていたと伝えるのをみると、大聖不動明王と称しているから、文字はこちらの大聖寺の方があたっているか。)大正寺はもとの大宮小学校あと。(堀ノ内1-12)大正寺はまじない寺で現存しない。『杉並の通称地名』

DSC08154大円寺(和泉3-52)

DSC08164 いの坂  神田川の一本橋から和泉3-50と3-51の間をに西方向に大円寺の南側に上る?《地図》 

和泉3丁目の大円寺に上る坂。『杉並の通称地名』 

DSC08173貴船神社(和泉3-22)

DSC08179 番屋坂  和泉3-22の貴船神社と3-23の間を西に上る。《地図

この坂の下に番屋橋があるので、ある時期番小屋があったため名がついたかもしれない。『杉並の通称地名』

DSC08181熊野神社

男坂(左)、女坂(右)

DSC08200 尻割坂  和泉3-21の熊野神社と3-22の間を西に上る。《地図

熊野神社と当麻家の間の急坂。急坂なので力を入れて登降するから、腰の筋が張るという意味の<けつはり>が正しい意味かと思う。『杉並の通称地名』

DSC08194 龍光寺

DSC08197 熊野神社と龍光神社の間の坂

DSC08205 本村(ほんむら)坂  和泉3-2と井の頭線の間を北西に上る。《地図

旧字本村の一部に梅田家があって屋号「本村」となっており、もとの名主をつとめた。この家の側の坂が本村坂と呼ばれる。『杉並の通称地名』 下に「本村マンション」あり

|

« 杉並区の坂-5 | トップページ | 落語散歩-浅草・向島・神田・上野・飛鳥山 »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

和泉町にあった「寂しい母校」

昭和16年に「開校」して、昭和23年に「火事で焼失」した「母校」は、
未だに、同窓会も同期会も無く、寂しい限りだ。
「伊藤 整」が教壇に立った事もある学校なのに。

「光生学園中学・高校」(現・日大鶴が丘高校)

投稿: オジン | 2010年4月 1日 (木) 17:10

 調べて、歩いて、あちこち見聞きして、帰ってまた調べて... 坂道散歩は楽しいですよ。

投稿: 坂道散歩(ヤタガラス) | 2009年5月 3日 (日) 08:51

初めまして
和泉町のことがとても詳しく調べてあり、感動しました。昔の地名・・・ストーリーがあって素敵ですね~。

投稿: | 2009年5月 2日 (土) 23:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/161343/9252721

この記事へのトラックバック一覧です: 杉並区の坂-6:

« 杉並区の坂-5 | トップページ | 落語散歩-浅草・向島・神田・上野・飛鳥山 »