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2006年3月 9日 (木)

板橋区の坂-4

2006年3月9日

東武練馬駅(東上線)・・・お伊勢坂・・・宮の下交差点・・・向坂・・・鷹番の坂・・・宮坂・・・北野神社・郷土芸能伝承館・・・大坂・・・赤塚公園・・・番場の坂・・・番場稲荷の坂・・・西徳第2公園・・・天祖神社・・・神明坂・・・馬坂・・・京徳観音堂・・・伝兵衛坂・・・天狗坂・・・バス停志村高校裏 → 浮間舟渡駅(埼京線)

 東武練馬駅から西に進み、徳丸石川通りを北に入ると「おいせ坂上」のバス停辺りから北にお伊勢坂が下ります。坂下から東に、西徳通りを行くと宮の下交差点に出ます。ここから徳丸通りを北西に鷹番の坂が、南東に向坂が上っています。

 鷹番の坂の坂上近くで、徳丸槙の道を東に入り坂を上ると、北野神社の前から前谷津川緑道辺りまで宮坂(天神坂)が下っています。かなりの急坂です。北野神社から北に進むと、松月院通りの徳丸7丁目の交差点の先から大坂が北に下っています。途中に小さな稲荷の祠がありました。坂下を西に行き、赤塚公園の中を南西に上る番場の坂を上りました。坂上付近から南に入り松月院通りまで上る坂です。

 松月院通りを東に進み、不動通りを南に曲がりました。徳丸2丁目の中尾不動尊に因む通りの名でしょうか。徳丸1丁目の交差点から東に入り番場稲荷の坂を上りました。現在、稲荷は天祖神社に合祀されているそうです。西徳第2公園の脇を下り、志村第5小学校へ上る石段を上り、天祖神社に出ました。神社の本殿は古墳の上に築かれたそうです。合祀されている番場稲荷を見るのを忘れました。(2006年9月7日再訪) 神社の正面から神明坂が北に下っています。

 坂下から西から南に天祖神社下を巻くように上るのが馬坂です。傾斜はゆるやかです。坂上を東に行くと、京徳観音堂があります。観音堂の前に庚申塔と地蔵さんが立っています。堂の前の道は、江戸時代に代官が巡視に通った峡田(はけた)道だそうです。

 峡田道を東に行き西台中央通りを渡り、志村高校に向かいました。高校の西側を下るのが伝兵衛坂です。坂下を東へ行き若木通りに入ると上り坂になります。これが天狗坂です。坂下へ戻り、志村高校裏のバス停から浮間舟渡駅までバスに乗りました。

  写真をクリックすると拡大します。

DSC07477 お伊勢坂  徳丸4-32と4-33の間を南に上る徳丸石川通り。「おいせ坂上」のバス停がある。《地図

小字京宗の台地の先端の小高い所にあった伊勢社へ、字石川の低地から登って行った坂です。 『いたばしの地名』

DSC07493 向坂(坂下近くから)  徳丸通りの宮の下交差点から南方向に上る.。《地図

通称、「むけい坂」とも呼びます。徳丸出張所前の東京電力高圧送電塔が建っている小高いところで、徳丸本村の台地から望む南方の向山に登って行く坂道です。現在の徳丸通りです。『いたばしの地名』 北側の徳丸台地から望めば、向かいの台地を上がる坂となる。『郷土 板橋の坂道』

DSC07504 鷹番の坂(坂上近くから坂下方向) 徳丸通りの宮の下交差点から北西に上る坂。《地図

高番の坂とも書く。徳丸ケ原は徳川将軍家代々の鷹狩りの場所であったので鷹番の番所でもあったのかともいわれる。『郷土 板橋の坂道』

DSC07510 宮坂  前谷津川緑道の徳丸6-6と6-7の間から北に北野神社に上る坂。《地図

坂上に北野神社。昔は赤土の急坂で、上り下りに大変難儀した坂。別名を天神坂

DSC07501 前谷津川緑道

DSC07517北野神社

DSC07520 郷土芸能伝承館

DSC07532 大坂  徳丸7-20と8-19の間を南に上る徳丸槙の道。《地図

徳丸台地から荒川低地に下る坂で一番古く重要な坂の名称です。『いたばしの地名』

北の神社の「田遊び」の唱え言葉にある、「・・・大坂をぞっとおりて 早瀬の渡しをぞっとこえて・・・」の大坂はこの坂であろうといわれる。『郷土 板橋の坂道』

DSC07531 大坂の途中の稲荷の祠

DSC07543 番場の坂  徳丸8丁目の赤塚公園の8-17と8-23の間を南西に上り、途中で曲がり8-13と8-6の間を南に上る。《地図

坂の上に番場屋号の家があります。その東裏に湧水があって代官から水番を命ぜられ、その番小屋があったといいます。『いたばしの地名』 徳丸台地の農家の人たちが徳丸田圃(今の高島平)に行くのに一番通った坂道。郷蔵があり蔵番が置かれていた。『郷土 板橋の坂道』

DSC07554 番場の坂(途中から南に入り上る坂)

DSC07560 番場稲荷の坂  西台3-8と3-9の間を南東に上る。《地図

この坂の南側一帯は番場と呼ばれ、現在、天祖神社に合祀されている番場稲荷の前の坂で、上板橋から中台を経由して徳丸へ抜ける道。

Dsc05018_1 番場稲荷神社(天祖神社境内)

番場稲荷の坂にあった稲荷。(2006年9月7日撮影)

DSC07563 志村第五小学校の前の道に上る石段を望む。

DSC07568天祖神社

DSC07575 神明坂  西台2-9と2-10の間を南に天祖神社上る。《地図

西台の総鎮守の天祖神社(明治6年に神明社から改称)への参道。『いたばしの地名』

DSC07583 馬坂  西台2-8と2-29の間を南西に上る。《地図

天祖神社下の台地のへりをまく長い登り坂をいいました。『いたばしの地名』 

地元では「まさか」と呼んでいる。坂上から右に折れる道が吹上観音に向っていた。崖下に山口という名主の家があり、村人は「まさかの家」と呼んでいた。『郷土 板橋の坂道』

DSC07592 京徳観音堂

DSC07597 伝兵衛坂  西台1-41の志村高校と1-52の間を南西に上る。《地図

志村高校西側の坂。坂の上は民家はなく畑でした。伝兵衛は人の名ですが、不明です。『いたばしの地名』

DSC07611 天狗坂  若木3-6と中台3-27の間を南東に上りカーブして南に上る若木通り。《地図

坂下に天狗杉が聳えていた。坂上に松林があったので別名を松山の坂。台地の家と低地の畑を結ぶ道で現在若木通り。松林は昭和の初め頃には一面の畑に変わってしまった。『郷土 板橋の坂道』・『いたばしの地名』   

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