国立市の坂
2006年4月19日
谷保駅(南武線)・・・甲州街道・谷保天満宮・天神坂・厳島神社・馬坂・・滝の院・仮屋坂・仮屋上遺跡・・・峯っ坂(みねっつあか)・・・(甲州街道)・・・ハケ下の道・(城山公園)・・・古民家園・・・矢川・府中用水合流点・寺の下坂・南養寺・・・(甲州街道)・・・矢川駅(南武線)
谷保天満宮の前の甲州街道が天神坂で、天満宮境内の厳島神社の脇から甲州街道に上るのが馬坂です。馬坂の坂上で甲州街道を越え、北に入り上るのが仮屋坂で、途中に滝の院があります。坂上は奈良から平安時代にかけての集落跡の仮屋上遺跡です。南武線の線路を渡り、西に行くと国立市役所に出ます。市役所の前の踏切を越えて南に下るのが峯っ坂でしょうか。
甲州街道を渡り、南西に進み、城山公園の下の青柳段丘のハケ下の道を行くと復元古民家に出ます。矢川と府中用水の合流点辺りから寺の下坂が北に上ります。途中の南養寺に寄り、甲州街道を渡り矢川の駅に出ました。
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天神島(府中市本宿)から養和元年(1181)ここへ遷座と伝える。本来は「やほ」でなく、「やぼ」だったとも。
「野暮天」の語源由来逸話: 太田蜀山人の狂歌に、「神ならば 出雲の国に行くべきに 目白で開帳 やぼな天神」 陰暦10月は神々は出雲へ行って神無月となるが、谷保天満宮はこの月に目白で開帳したというわけで、「野暮=谷保な天神」→「野暮天」というわけ。「野暮」の語源は雅楽からだとか。
天神坂(坂下方向) 谷保駅の南側の谷保天満宮の前を南東に上る甲州街道。《地図》 左側が谷保天満宮。
今はだらだら坂になっているが、大正時代までは、坂下部落から一気に下谷保部落に上る百米ほどの急坂だった。老人や子供は、途中で一と休みしないと上れないほどだった。『わが町国立』
馬坂(坂上方向) 天満宮境内の厳島神社から北に甲州街道へ上る。右側が厳島神社。《地図》
天神坂の北方にある仮屋上から、京からの勅使が馬に乗って下りてきた。或いは、別当寺安楽寺の住職(宮司兼職)が、天満宮奉仕に馬で上下した坂だとも言われている。『わが町国立』
仮屋坂 天神坂下近く谷保5213の津戸歯科の西側を北東に上る。途中に滝の院(安楽寺?)、坂上は仮屋上遺跡(奈良から平安時代の集落跡)《地図》
坂上に、天神島からこの地に菅公社(天満宮)を遷座する時、御神体その他を一時奉安するために作られた「お仮屋」の社殿があった。『わが町国立』
峯っ坂 国立市役所の前の南武線の踏切を渡った所から南に下る。《地図》
このあたりは、坂の上を峯上、下を峯下と言い、東西に続いている段丘(青柳段丘)のことを「ミネ」と呼んでいる。『わが町国立』
古民家(柳澤家復元)
江戸時代後期に建築。養蚕業とともに、屋号を「つけもの屋」といい、明治から昭和初期にかけて漬物業も営んでいたという。
城山(じょうやま)公園ハケ下の道 《地図》
寺の下坂 谷保6231の「くにたち郷土文化館」の西側を北に上る。《地図》
このあたり一帯を寺の下と言い、道路改正前はかなりの急坂だった。『わが町国立』
南養寺(谷保6218)
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