府中市の坂-3
2006年4月17日
府中本町駅(武蔵野線)・・・御殿坂・妙光院・金毘羅坂・金毘羅堂・・・地獄坂・・・大国魂神社・・・京所(きょうづ)・庚申塔・・・天神坂・天神橋跡・日吉神社・馬頭観音・馬霊塔・・・普門寺坂・普門寺・・・天地の坂・・・馬坂・・・鳩林坂・鳩林荘・・・国府八幡神社・・・高札場跡・・・鹿島坂・・・坪の宮・・・高安寺・秀郷稲荷・弁慶硯の井戸・・・弁慶坂・弁慶橋跡・・・棒屋の坂・・・台の坂・・・分倍河原駅(南武線)
【ルート地図】
今日歩いた坂は、ほとんど東京競馬場の北側にあります。府中本町駅の東側を妙光院の方へ下る府中街道(鎌倉街道)が御殿坂です。境内から北に金毘羅坂を上りました。坂上に金毘羅堂があります。妙光院境内から大国魂神社の東側に上るのが地獄坂です。
大国魂神社から東に京所道(きょうづみち)を通り、天神坂に出ました。坂下から日吉神社へ石段が上っています。ここが天神山なのでしょうか。天神社は見当たりません。坂下近くに小さな稲荷社の祠と隣に社がありますが何の社か分かりませんでした。(後日妙顕神社と分かりました。翌日、天神社の位置について調べました。府中市観光協会に問合せました。天神坂の坂上の東側の京所集会所の所の小社が天神社のようです。また『多摩の道探訪記』というホームページに写真が載っていました。もう少しじっくり探して見るべきでした。)
天神坂下にはかつて、府中用水に架かる天神橋があったそうです。ここは東京競馬場の正門前辺りで、馬頭観音、馬霊塔があります。正門前から北に競馬場正門前駅に上るのが普門寺坂で坂上の西側に普門寺があります。坂下を東に行くと競馬博物館前辺りから、天地の坂と馬坂が上っています。競馬場東門辺りから鳩林荘の東側に沿って上るのが鳩林坂です。前回来た時(1999年12月)樹木名表示板に坂名があったので見つけた坂です。
坂上に武蔵国府八幡神社があります。八幡神社の参道を進むと、旧甲州街道に出ます。街道を西に行き、大国魂神社を過ぎて鎌倉街道(府中街道)との交差点の所が、高札場跡です。向い側の中久米店は万延2年(1861)の建物で、趣があります。西に進むと鹿島坂が坪の宮まで下っています。坂に沿って下河原緑道が通っています。
鹿島坂の西側が高安寺です。もとは、藤原秀郷の館だったと伝えます。境内に秀郷稲荷、弁慶硯の井戸があります。高安寺前の旧甲州街道が弁慶坂で西に緩やかに下っています。坂下からは棒屋の坂が京王線の線路辺りまで緩やかに上っています。台の坂は民家の間を通る細い坂で今は傾斜はほとんどありません。坂の途中に供養塔が5基あると坂標にありますが見当たりませんでした。
写真をクリックすると拡大します。
妙光院山門(本町1丁目)
元禄の銘がある。
徳川将軍家の「府中御殿」に由来。家康が鷹狩、鮎漁で府中に来たときの宿泊する所として、本町1-14に建てられた。御殿は正保3年(1646)に府中大火で焼失した。【坂標】
御殿坂 本町1丁目、JR府中本町駅と妙光院の間を北に上る府中街道。《地図》
正面は府中本町駅から東京競馬場への専用歩道。
貞観元年(859)年の創建と伝えられる、真言宗の古刹。八王子城主の北条氏照が帰依、徳川家康から15石を寄進される。『府中伝説の道』
金毘羅坂 妙光院の境内から金毘羅堂に上る石段。《地図》
妙光院の境外仏堂。
地獄坂 妙光院境内から大国魂神社の東側に上る。別名を暗闇坂。《地図》(道の標示はない。)
社伝によると景行天皇41年(111)の創建。武蔵国の総社と六所宮を併せ、「総社六所宮」と併称された。明治4年(1871)に武蔵総社大国魂神社と改称された。
大鼓を掛けて時を報じた建物。
天神坂(坂下方向) 宮町3-21の日吉神社の西側を北に上る。《地図》
坂上右側に天神社
(2006年6月1日撮影)
普門寺坂 東京競馬場正門前から正門前駅(京王線)に北に上る。《地図》
別名を薬師の坂、古墓(ふるはか)の坂。
正面は東京競馬場
妙光院の末寺。「目の薬師さま」として知られている。寺の西側は武蔵国国庁跡の有力候補地。
天地の坂(坂下方向) 八幡町2-13を北西方向に上る。《地図》
馬坂 八幡町2-13と2-15の間を西から北に上る。《地図》
鳩林坂 八幡町3-36の鳩林荘と3-14の間を北に上る八幡道。坂上に国府八幡神社。《地図》
鳩林荘(右)と鳩林坂
鳩林荘は、ブリジストンの石橋財団の所有で非公開。年2回の公開日があるそうだ。
国府八幡宮(八幡町2-33)
大国魂神社の境外末社。聖武天皇が一国一社の八幡宮として創立したものと伝えられる古社。入口は旧甲州街道に面している。
万延2年(1861)の建造
本町2-2の坪の宮から北に上る。下河原緑道に沿う坂。坂上は旧甲州街道。《地図》
下河原緑道は昭和51年に廃線となった旧国鉄下河原線の跡地を自転車、歩行者の専用道路として整備したもの。その前は多摩川の砂利を運ぶ東京砂利鉄道だった。『府中伝説の道』
高安寺山門
高安寺は、14世紀半ば足利尊氏が市川山見性寺を再興し、龍門山高安護国禅寺と号したのがはじまりといわれる古刹。寺伝によれば藤原秀郷が武蔵守であった時の館跡。山門は安政元年(1854)の建立。
田原藤太秀郷(藤原秀郷)を鎮守として祀る。
頼朝から鎌倉入りを許されなかった義経一行が京都へ帰る途中にこの寺に滞在し、大般若経を書き写した。この時、弁慶がこの井戸の水で墨をすったという伝説の井戸。
弁慶坂 片町2丁目の高安寺の北側を西に下る旧甲州街道。《地図》
高安寺境内の弁慶硯の井戸に因む名か。
「棒屋の坂」説明板 弁慶坂下から西に上る旧甲州街道。《地図》
台の坂 片町2-14内を西から北に上る細い坂。《地図》(道の標示は途切れている。)
傾斜はほとんどない。
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