調布市の坂-5
2006年5月29日
仙川駅(京王線)・・・一里塚碑(甲州街道)・・・弁天坂・弁天橋(仙川)・・・八幡神社・・・売地の坂・・・吉田の坂・・・ムジナ坂・・・ガニガラ坂・・・寿林寺・光源寺・・・向台の坂・延浄寺・・・病院坂・・・小学校の坂・・・蛇久保の坂①②・・・部隊坂・・・文治郎さんの坂・・・東町3丁目バス停→三鷹駅
売地の坂は滝坂(甲州街道)の南東側の坂です。吉田の坂は旧滝坂の北西側で三鷹市中原との境の急坂です。
ムジナ坂と向台の坂は北西に下って、上る坂で坂上は三鷹市との境です。ガニガラ坂は坂上の一部だけが調布市で、三鷹市の坂とも言えるでしょう。蛇久保の坂は今は短い小さな坂です。
写真をクリックすると拡大します。
仙川一里塚跡碑(仙川駅入口交差点の甲州街道沿い)
弁天坂(坂下方向) 緑ヶ丘1-1と仙川町3-4を北西に下る。《地図》
坂下の仙川畔に弁天が祀られていた。弁天は大正6年八幡社に合祀。『調布の古道・坂道・水路・橋』
弁天橋から
宝永元年(1704)
弁天坂の弁天が合祀されているという。
売地の坂 東つつじヶ丘1-10と1-14の間を北東に上る。《地図》
旧京王線の線路跡。売りに出されたことがあった。『調布の古道・坂道・水路・橋』
坂上の道は滝坂道で、すぐ先で甲州街道に合流する。
仔犬と散歩の女性(足元に小さな犬を連れている。「私は犬になりたい」か)
吉田の坂 東つつじヶ丘1-17と三鷹市中原1丁目の間を北に上る。《地図》
西の三鷹市側に昔からある吉田家の名がつく。『調布の古道・坂道・水路・橋』
ムジナ坂(南側の坂上から) 西つつじヶ丘2-4と2-6の間を北に下り、上る。《地図》
字「貉沢」による。「貉沢の坂」ともいう。
向台の坂(北側から) 西つつじヶ丘1-52と2-4の間を北西に下り、上る。ムジナ坂の西側の坂。《地図》
谷の北側、三鷹市(旧中仙川村)境を旧金子村で字向台といった。『調布の古道・坂道・水路・橋』
ガニガラ坂 西つつじヶ丘2-27と三鷹市中原2丁目の間を北東に下る。《地図》
由来不詳。坂下の川にカニがたくさんいたのかもしれない。『調布の古道・坂道・水路・橋』
病院坂 柴崎2-44と西つつじヶ丘1-47の間を北西に上る。《地図》
上野原五差路の東南に明治30年神代村建設の伝染病の病院があった。『調布の古道・坂道・水路・橋』
小学校の坂 柴崎2-36と2-40の間を北東に上る。《地図》
坂下に上ノ原小学校(写真の右奥に一部見える。)
蛇久保の坂① 柴崎2-38と2-36の間を北東に上る。《地図》
谷地形からきた字「蛇窪」による。
蛇久保の坂② 柴崎2-33と2-36の間を北東に上る。《地図》
①の坂の左隣の坂。
部隊坂 深大寺東町3-11と三鷹市中原4丁目の間を南東に上る。《地図》
太平洋戦争中、上野原の陸軍施設の裏門から出て北へ行く道の坂でこの名がついたと言うが詳細不明。『調布の古道・坂道・水路・橋』 坂下の中央自動車道をくぐると「文治郎さんの坂」の上りとなる。
文治郎さんの坂(坂上方向) 深大寺東町3-27と三鷹市中原3丁目の間を北方向に上る。《地図》
元禄時代、中仙川村(三鷹市)の名主麻生家から文治郎という人が分家してこの坂の東側に住み、一代で財をなし、本家に代わり名主も勤めた。「ぶんじろう」と読んだが、「ふみじろう」かも。
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