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2006年9月29日 (金)

文京区の坂-9

2006年9月29日

千駄木駅(地下鉄千代田線)・・・団子坂・・・藪下通り・・・しろへび坂・・・汐見坂・・・だんだん坂・・・夏目漱石旧居跡・・・(解剖坂上)・・・本郷通り・・・浄心寺・・・正行寺(とうがらし地蔵)・・・西善寺(近藤重蔵墓)・・・大円寺(ほうろく地蔵・高島秋帆墓)・・・お七坂・・・浄心寺坂・・・円乗寺(八百屋お七地蔵・お七の墓)・・・(中坂下・胸突坂下・曙坂下)・・・新坂(福山坂)・・・石坂・・・菊坂・(梨木坂下)・伊勢屋質店跡・火伏稲荷・(炭団坂下・本妙寺坂下)・金魚坂・・・本郷通り(見返り坂下・見送り坂下)・本郷薬師・・・本郷三丁目(地下鉄丸ノ内線)→新大塚・・・砂利場坂・・・巣鴨駅

 団子坂上から藪下通り(本郷保健所通)に入り、森鴎外の観潮楼跡を通り汐見坂の途中からだんだん坂を上りました。お七坂は傾斜がなく、浄心寺坂の別名がお七坂でもあるので、この道にも「お七坂」の名がついているのか疑問です。

 浄心寺の坂下近くから崖の中腹を曲がりくねって通っている道を進みました。中坂下、胸突坂下、曙坂下を通り広い道に出て新坂を上り、石坂を下って菊坂の坂下に出ました。坂上近くの路地が金魚坂で、金魚販売・喫茶店・料理の店「金魚坂」が坂に沿ってあります。砂利場坂は、猫又坂(不忍通)と宮坂の間の坂です。

( 団子坂・汐見坂・解剖坂は「文京区の坂-3」に、浄心寺坂・中坂・胸突坂・曙坂・新坂・石坂・菊坂・梨木坂・炭団坂・本妙寺坂・見返り坂・見送り坂は「文京区の坂-4(2月4日)」、猫又坂は「文京区の坂-5(2月5日)」、宮坂は「豊島区の坂-1」に記載)

 写真をクリックすると拡大します。

Dsc05468 しろへび坂 藪下通りの千駄木2-23の本郷図書館鴎外記念室(観潮楼跡)の前から下る階段坂。第八中学の北側。《地図

第八中学校の校舎の壁が白く、その間の細い坂だからか。

Dsc05472 汐見坂

鴎外記念室の前の藪下通り。

Dsc05473_1 だんだん坂 汐見坂の途中から千駄木1-8と1-9の間を西に上る石段坂。《地図

Dsc05476 夏目漱石旧居跡(向丘2-20)

Dsc05475「旧居跡」説明板

「猫の家」と呼ばれていた。森鴎外も住んでいた時期がある。

Dsc05477 浄心寺(向丘1-17の本郷通り)

浄心寺坂の由来の日蓮宗の寺。→浄土宗の寺です。訂正します。コメントをいただきありがとうございます。(2007年1月10日)→浄心寺坂の由来となった日蓮宗浄心寺は浄心寺坂の坂上、白山1-36のライオンズマンションの所にあった寺。(コメントをいただき再調査しました。2008年4月23日)

Dsc05479 とうがらし地蔵(本郷通りの向丘1-13の正行寺内)

せき(咳)の病にご利益があるという。

Dsc05480

「とうがらし地蔵」説明板

Dsc05483 近藤重蔵墓(本郷通りの向丘1-15の西善寺)

江戸時代の北方探検家。

Dsc05482 説明板

Dsc05488 大円寺(白山1-9)

高島秋帆の墓がある。

Dsc05486 ほうろく地蔵(大円寺内)

八百屋お七の罪業を救うため、自ら「ほうろく」(素焼きのふちの浅い土鍋)をかぶり焦熱の苦しみを受けたという地蔵さん。首から上の病いに霊験あらたかという。

Dsc05484「ほうろく地蔵」説明板

Dsc05487 庚申塔(大円寺)

本郷追分から移築された。

Dsc05492 お七坂(坂上近くから) 大円寺の西側を北東に上る旧白山通り。《地図

坂途中の大円寺にお七ゆかりのほうろく地蔵がある。傾斜がなく、お七坂は浄心寺坂の別名でもあり、この坂もお七坂と呼ばれているのか疑問。

Dsc05493 浄心寺坂 白山1-32と1-33の間を東に上る。

坂上に大円寺、坂下に円乗寺。浄心寺は坂上のライオンズマンションの所にあった寺。

Dsc05495 八百屋お七地蔵(円乗寺

落語『お七①』・『お七②

Dsc05501 伊勢屋質店(菊坂の坂下近の樋口一葉旧居近く)

一葉がこの質屋に通い苦しい家計をやりくりした。昭和57年廃業。

Dsc05500_1「伊勢屋質店」説明板

Dsc05502 火伏稲荷(菊坂の途中)

Dsc05503 菊坂の途中の電柱に「金魚坂」の店の広告。

Dsc05504 金魚坂 本郷5-2と5-3の間を菊坂から北に上る細い路地。《地図

坂に沿って金魚の卸問屋がある。

Dsc05505 卸問屋「金魚坂」

創業から350年以上という。

Dsc05512 本郷薬師(本郷4-2、本郷三丁目交差点脇)

Dsc05510 「本郷薬師」説明板

Dsc05511 薬師観音

Dsc05513 砂利場坂(坂下から) 千石3-9と3-10の間を北東に上る。《地図

坂下の谷端川(千川・小石川・礫川)に砂利取り場があったのだろう。

Dsc05514 坂上近くから

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コメント

文京区の坂‐4に詳細をご指摘しましたが、浄土宗の浄心寺は、坂名由来の寺ではありません。
坂の延長線上に在るので、つい誤解してしまいますが、江戸切絵図などを見ても、現向丘まで通じる道は昔から無かったようです。

 ご指摘のとおりで、浄心寺坂の由来の丸山浄心寺、日蓮宗大覚山浄心寺は坂上のライオンズマンション(白山1-36)の所にあった寺でした。
 電話で住職さんに伺ったところ、今はライオンズマンション内に事務所があり、将来、お堂を新築する予定だそうです。経緯についてもお聞きしましたがここでは詳細は省かせていただきます。
 勝手に向丘の浄心寺まで坂道を延長させてしまってなんともはや・・・。もっと調べてみればよかったものをと反省、後悔、残念といったところです。
 2度も貴重なコメントをいただき感謝しております。今後ともよろしくお願いします。
                  坂道散歩人

投稿: ツツミ(再) | 2008年4月22日 (火) 14:04

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