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2006年10月16日 (月)

羽村市の坂-2

2006年10月16日

羽村駅(青梅線)・・・一中通り・・・青梅街道井戸跡(旧青梅街道)・・・(新奥多摩街道)・・・護国神社・・・根岸坂・・・根岸地蔵・・・(奥多摩街道)・・・旧奥多摩街道(水上公園通り)・・・禅福寺・・・雨乞坂(安藤坂・田んぼ坂)・雨乞街道・・・間坂(沢の坂)・・・奥多摩街道・・・玉川神社・・・間坂・・・一峰院・・・吉祥寺跡・・・阿蘇神社・・・宮地街道・・・根搦坂・・・小作坂(鳩胸坂)・・・小作駅(青梅線)

 快晴で歩くとちょっと汗ばむほどの気持ちのいい日。雨乞坂・安藤坂・田んぼ坂は同じ坂で、どの名にもちゃんとした由来があります。どれがメインの名なのでしょうか。間坂と沢の坂も両方の名で呼んでいるようです。坂下あたりはまだのどかな田園風景が残り、散策にはぴったりの所です。根搦(ねがらみ)坂は木が覆い、木漏れ日が坂道に当たって美しい感じの坂です。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc06211 青梅街道の井戸跡

羽東1の交差点(一中通りと旧青梅街道の交差する所)

Dsc06210 青梅井戸説明板

Dsc06212 護国神社・羽村一中へ下る坂

新奥多摩街道から下る一中通り

Dsc06213 護国神社

Dsc06218 根岸坂(坂上から) 護国神社の前から羽東2-3と羽中3-7の間を南東からカーブして南西に下る根岸街道。坂下を進むと新奥多摩街道。《地図

古くからの地名による坂名か。

Dsc06219_1 坂途中から坂上方向

Dsc06226 根岸地蔵堂

根岸坂下の新奥多摩街道近く。

Dsc06223 説明板

Dsc06224 根岸地蔵

Dsc06225 万旲(ばんれい)塔(地蔵堂の隣)

すべての霊の供養塔。安永8年(1779)の建立

Dsc06229_1 旧奥多摩街道(左の道)と禅福寺

Dsc06231_1 禅福寺説明板

Dsc06232_1 禅福寺

臨済宗の寺。応安5年(1372)足利義満から寺領を与えられ創建されたという。山門が見つからず

Dsc06234_1 雨乞街道(禅福寺の西で旧奥多摩街道(水上公園通)が田んぼの方へ下る所)

「雨乞坂」 むかしひでりの時、この地区の人達は松の木で作った龍頭をかついで、この街道(坂)を裸で駆け下り丸山下の渕に沈めて雨乞いをした。夕方になって雨が降り出し、おかげで田んぼの稲は枯れずにすんだ。『はむらむかしむかし』より

Dsc06238_1 「田甫(たんぼ)坂」と読める?

雨乞街道の表示板の下の道脇。(田んぼ坂の坂上)《地図

Dsc06236_1 雨乞坂・田んぼ坂・安藤坂(坂上から)

「安藤坂」は、安藤紋右衛門という首切り役人の屋敷が坂のそばにあった。屋敷跡は代々たたりがあるというので今は藪になっている。『羽村郷土史研究j会ニュース』(1968.9.25 №5) 屋敷跡は今の玉川苑か?
義賊の裏宿七兵衛 安藤紋右衛門に首をはねられたともいう。裏宿七兵衛ゆかりの地は、『青梅街道⑤』に記載。

Dsc06244坂下に広がる田んぼ

「田んぼ坂」の由来。

Dsc06241_1 坂下から

Dsc06257 坂下から

右側が玉川苑

Dsc06240_1「雨乞坂」の標示

Dsc06251間坂・沢の坂(坂上から)

羽中4丁目と羽加美4丁目の間を奥多摩街道の間坂交差点から南方向に下る。《地図

Dsc06252 説明板

中世の豪族三田氏と小宮氏の領地の境で、「あいのさか」と呼び、後に「まざか」と呼び間坂集落の地名となった。坂下は白木、宮ノ下などの羽村でも古い集落。坂上の段丘は「天竺」と呼ばれる。「沢の坂」とも呼び、坂の石垣からはいつも清水が湧き、カニやイモリ、どじょうもいた。

Dsc06255 坂下から

Dsc06263 間坂下の白木の集落前

Dsc06246 玉川神社(羽中4-13の奥多摩街道沿い)

寿永年間(1182~1185年)の畠山重忠一族が信州諏訪神社から勧請したという。もとは諏訪大明神と称した。

Dsc06248 玉川神社説明板

Dsc06264 白木の民家

Dsc06272一峰(いっぽう)院(羽加美4-12)

応永31年(1424)三田雅楽之助の開基という臨済宗の寺。

Dsc06269 説明板

Dsc06276 一峰院鐘楼門

文政2年(1819)頃の建立。

Dsc06266 説明板

Dsc06278 吉祥寺跡説明板(羽加美4-6)

一峰院の末寺だった。文政2年(1819)火災で焼失。

Dsc06281 吉祥寺跡から下る坂

Dsc06292阿蘇神社(羽加美4-6)

推古9年(601)創建で、承平3年(933)平将門が社殿を造営したと伝う。

Dsc06293 由緒

Dsc06285 阿蘇神社本殿

延宝4年(1676)の再建。

Dsc06289 本殿説明板

Dsc06287 本殿から多摩川

枝ぶりが多摩川に広がっているというシイの木を見るのを忘れた。対岸はあきる野市

Dsc06303 根搦(ねがらみ)坂(坂下から) 羽加美2-1の羽加美緑地公園と羽加美3-1の間をカーブして南に下る宮地街道。《地図

Dsc06306 説明板

「根搦」という屋号を持つ名主の山林があるための坂名。

Dsc06312 坂途中から坂下方向

昔は草木が茂り、もっと細く荷車がやっと通れる程度だった。大雨の時は石が出て牛馬が難儀した。原部落の春秋の道普請にはこの坂に大半の労力が費やされた。『羽村郷土研究』(第24・25号 1972年11月20日)

Dsc06305 坂途中から坂上方向

Dsc06317 小作(おざく)坂 羽西1丁目と小作台4丁目の間を奥多摩街道の小作坂下交差点から東に上る吉野街道。《地図

別名の鳩胸坂は、坂上近くが急で鳩の胸に似ているからという。

Dsc06320 坂途中から坂上方向

Dsc06323 坂上近くから

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