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2006年10月 9日 (月)

出雲の坂-4「黄泉比良坂」

2006年10月9日

松江駅(山陰本線)→揖屋駅・・・揖夜神社・・・東泉寺・・・国道9号・付谷入口バス停・・・追谷坂・・・道祖神・・・黄泉比良坂碑・・・追谷坂・・・東出雲中央公園・・・付谷・・・意東川・・・意東港・・・宗泉寺・・・筑陽神社・・・長池・・・揖夜神社・・・揖屋駅

 「黄泉比良坂(よもつひらさか)」の「比良」は崖のことで、黄泉国と現世との境をなす断崖の意味。 『古事記』には、「イザナミに会いたくて黄泉の国まで追って行ったイザナギが見たのは蛆(うじ)がわいたイザナミの体。驚き逃げ帰るイザナギを黄泉国の醜女、軍勢が追い、現世と黄泉国との境の黄泉比良坂のふもとまで来た時、イザナギがそこに生っていた桃の実を投げつけると黄泉の軍勢は退散した。最後にイザナミ自身が追いかけて来た。そこでイザナギは大きな千引きの岩をその黄泉比良坂に引き据えた。その岩を挟んで夫婦離別のことばを交わした。イザナミは、「私はあなたの国の人々を一日千人絞め殺しましょう」 するとイザナギは「私は一日に千五百の産屋を建てるだろう」と答えた。それでイザナミ命を名づけて黄泉津大神といい、男神(イザナギ)に追いついたので、道敷大神(ちしきのおおがみ)と呼ぶともいう。また黄泉の坂を塞いだ岩は、道反之大神(ちがえしのおおかみ)と名づけ、また黄泉国の入口を塞いでおられる黄泉戸大神(よみどのおおかみ)ともいう。かのいわゆる黄泉比良坂は、今の出雲国の伊賦夜(いふや)坂という坂である」  『古事記』の「黄泉国」より(講談社学術文庫の次田真幸の訳を参考)

 『東出雲町の比良坂神蹟保存会』の「黄泉比良坂物語」によれば、「イザナミが黄泉の国に隠れた後をつけて(イザナギが)通った谷を、今つけ谷(付谷)といい、山坂道を追っかけ上がった坂は追谷坂(大谷坂)と呼ばれている。その峠には塞の神(道祖神)が祀ってあり、そこを越した所がヨミジ谷であって、ここに神蹟伝説の碑が建っている」

 以上からイザナギの足取りを順に考えてみると(もちろん神話と現実の世界をごちゃ混ぜにしていることは十分承知の上で) 「イザナミを追って、付谷から追谷坂を上り、ヨミジ谷へ下り黄泉比良坂を下り(上りかも知れない)黄泉国へ行った。そして黄泉国の醜女、軍隊、最後にイザナミにも追われ黄泉比良坂を駆け上り、その入口に千人引きの岩(道反之大神・黄泉戸大神)を引き据えた」 ということになるのでは。

 また、古事記は、「黄泉比良坂は、今の出雲国の伊賦夜坂」といっている。古事記が選録された和銅5年(712)には出雲国に伊賦夜坂という現実、現世の坂があったのだろう。天平5年(733)に完成した出雲国風土記の意宇郡のところに「伊布夜の社」がある。これは現在の東出雲町の揖夜神社のこと。イザナミ命を祀るこの社は斉明紀にも天皇崩御の予兆に関わる言屋社(いふやしゃ)として登場し、この社と死との関係の深さを表している。今の揖夜神社から地元で黄泉比良坂と呼んでいる所までは直線距離で1km位ある。伊賦夜坂は揖夜神社(伊布夜の社)にもっと近い位置にあった(ある)坂なのだろう。神社周辺に坂はあるがどれが「伊賦夜坂」なのか、「伊賦夜坂」の道筋だったのかは分からない。揖夜神社境内にも小高い所(夜見路庵の所とか稲荷社の上の所)があり、伊賦夜坂は揖夜神社境内にあった坂かも知れない。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc05924揖夜(いや)神社(東出雲町揖屋)

イザナミ(黄泉津大神)を祀る。『出雲国風土記』の「伊布夜の社」のこと。

Dsc05919 説明板

Dsc05932 夜見路(ヨミジ)庵への坂(揖夜神社境内)

「夜見路」とは「黄泉路」のこと。

Dsc05931 説明板

「国道9号線の約300m南方にある小丘が黄泉比良坂であると伝えられ、この付近には意東へ越える古路があり、その道を夜見路庵越と呼んだり、近くの谷を最近まで夜見路谷と言っていました」とある。

Dsc05934 夜見路庵

Dsc05943 東泉寺(出雲十三仏霊場第九番)

右・大師堂 左・本堂

Dsc05940 不動明王

Dsc05942 足洗大師

Dsc05941「足洗い大師」説明板

Dsc05949 「付谷入口」バス停

国道9号線

Dsc05952 バス停から少し国道9号を北に進み、右へ曲がる。

Dsc05957黄泉比良坂(伊賦夜坂)へ向う追谷坂の上り口。

Dsc05960 追谷(おいたに)坂(坂上方向)《地図

傾斜のゆるい山道の感じ。

Dsc05984 追谷坂(坂途中から坂下方向)

Dsc05975 追谷坂上の道祖神?

追谷坂を上った時は注意していたが見過ごした。坂を下ってヨミジ谷の所で、後から来た土地の女性にしっかりと位置を聞いたのでこれに間違いないはずだが。風化して崩れかけている。

Dsc05980 道祖神の本体の石か?

Dsc05961 追谷坂上からヨミジ谷へ下る坂。

Dsc05963 ヨミジ谷下の池

Dsc05966 黄泉比良坂入口

このあたりか《地図》 自信はないが。

Dsc05969「道反之大神」(ちがえしのおおかみ)・「黄泉戸大神」(よみどのおおかみ)

イザナギが黄泉比良坂を塞いだ千引きの大岩。

Dsc05970 岩の後ろ側

道の跡か見学者の踏み跡か。少し行くと途切れてしまう。

Dsc05967 説明板

「・・・・生の国と死の国の境とせり千引の大岩なり。これより西420mに道祖神あり。追谷坂と呼ぶ急坂を下れば揖屋付谷に通ず。東400mに峠あり、夜見路越えして中意東馬場に通ずる古道なり。ここの神を塞坐黄泉戸大神(さやりますよみどのおおかみ)なり」

Dsc05968 「神蹟伝説の碑」

Dsc05986 追谷坂の坂下から東出雲中央公園へ上る坂

この坂を上って、中央公園から下った所が付谷。

Dsc05999 坂上

右側が中央公園

Dsc05992 中央公園から中海

Dsc06003 中央公園から付谷へ下る坂《地図

Dsc06008付谷あたり

上は山陰道

Dsc06009 意東川

Dsc06015 意東港近くの町並み

Dsc06021 意東港

Dsc06017 意東港から

後ろの山は大山か?

Dsc06035 筑陽(ちくや)神社(東出雲町下意東)

『出雲国風土記』の「調屋の社」

Dsc06033 説明板

Dsc06036 境内の土俵

10月16日の秋祭の時に奉納相撲がある。

Dsc06042 長池

山陰本線と国道9号の間の池。

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