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2006年11月10日 (金)

海老名市の坂-2

2006年11月10日

海老名駅・・・音坂・・・国分寺・・・相模国分寺跡・・・桜坂・・・伊勢山大神宮・・・望地(もうち)の坂・・・赤坂・・・南坂・・・堂坂・・・しんえむ坂・・・四十坂・・・ひさご塚古墳・・・山王坂・・・八坂神社・・・上(かみ)の坂・・・海老名駅

 横浜厚木線の音坂、望地の坂は車の通行が途切れずなかなか写真とれません。赤坂は渡辺崋山も通った大山街道で南坂へと続いていました。四十坂は古東海道の道筋ですが、今は昔の面影は少しもありません。坂下から東へ小園橋(目久尻川)までのゆるやかな下りの道の方が古さを感じます。山王坂は坂上の鳳勝寺の墓地から八坂神社あたりまでは未舗装の坂で、山王山の雑木林沿いの暗さの残る坂です。上の坂は昔は左右から真竹やケヤキに覆われた暗闇坂だったそうですが、今は道幅も広い明るい平凡な坂になっています。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc00871_1 音坂(歩道橋の上から坂上方向) 横浜厚木線の国分坂下から北東に上る。《地図

坂上の民家の裏手に車井戸があり、朝夕となく水を汲む滑車の「からから」という音、油のきれた「きい」や、桶が水面を「ぽおん」と叩く音が聞こえたことによる。『海老名の坂』

Img_4320 【坂標】音坂

Dsc00876 国分寺(国分南1丁目)

現在の国分寺

Dsc00875 梵鐘

国指定の重文。鎌倉時代の末期、海老名氏の一族の国分季頼が名工物部国光に鋳造させた鐘。

Dsc00874 説明板

Dsc00878_1海老名の大けやき(国分寺の西側)

Dsc00879 説明板

Dsc00882 相模国分寺跡(国分南1丁目、国分寺の北)

Dsc00881 説明板

Dsc00880 配置図

Dsc00883 国分寺跡前の道祖神など

Dsc00884 桜坂 国分南7-8と7-7の間を北東に上る。《地図

かつて坂上に二本の太い山桜が生えていた。『海老名の坂』

Dsc00892 坂上にあった地神塔(今は伊勢山大神宮内)

五角の石柱で、正面に「天照大神」右から「倉稲魂命」「埴安媛命」「少名彦命」「大己貴命」と刻まれている。五穀豊穣の地神(ぢじん)様と呼んでいた。『海老名の坂』

Dsc00889_1 坂上から

Dsc00891 伊勢山大神宮(国分南2丁目)

Dsc00896 史跡逆川碑(横浜厚木線の東国分の交差点)

Dsc00895 逆川由来

Dsc00894 付近の地図

Dsc00897_1 大山街道の目久尻川に架かっていた石橋の一部。宝暦年間(1751~1764)の物。

Dsc00899 道祖神

望地の坂下近く

Dsc00900 望地(もうち)の坂 横浜厚木線(厚木街道)の目久尻橋から東に上る。《地図

望地は、①鏡餅形の土地。②小さい盆地、谷。③傾斜地 ④平坦地 などの意があるが、②の説を支持する。『海老名の坂』

Dsc00912 坂上から

Dsc00901_1 赤坂 望地の坂上の望地交差点から北東に上る。《地図

切通しの部分に赤褐色のローム層が露出していたことによる。この坂は矢倉沢往還(伊勢原市までは大山街道)で、天保2年(1831)に渡辺崋山が江戸から大山街道を上り、ここから早川村(綾瀬市)に住む藩主の父の三宅康友の側室だったお銀様の生家を訪ねた。崋山は幼時にお銀様にかわいがられた謝恩と、お銀が生んだ友信から生母の安否を探ってという依頼のためであった。『海老名の坂』 「游相(ゆうそう)日記」にこの日のことが書かれていて、劇的シ-ンの連続で圧巻中の圧巻だという。

Dsc00905 渡辺崋山ゆかりの道

崋山が家老を務め、幽閉され自刃した田原城下へは、『田原街道②』で訪れた。

Dsc00906 不動明王(赤坂の坂上)

塔身に右神名川道、左江戸道 宝暦6年(1756)などが刻まれていて赤坂は交通上の一要点だった。『海老名の坂』

Dsc00911_1 坂下方向

Dsc00917 南坂 望地1-3と1-6の間を東に上る。望地の坂の南側。《地図

望地地区の南部の坂の意。大山街道、矢倉沢往還、青山街道、江戸道など行き先の目的地によって、いくつもの名をもつ昔の主幹道路だった。坂上は縄文時代の住居跡が発掘された望地遺跡。『海老名の坂』

Dsc00916 坂上方向

Dsc00915 坂下から

Dsc00914_1 道祖神

南坂の坂下近く

Dsc00922 堂坂 国分南1-26と1-27の間を南に上る杉久保座間線。《地図

坂上近くに薬師堂(国分寺造営に続き聖武天皇が諸国に造らせた薬師院)があった。また、国分尼寺の草庵の阿弥陀堂が坂下にあったことによるという説もある。『海老名の坂』

Dsc00926 坂上から

Dsc00929 しんえむ坂 国分南4-4と4-5の間を北東に下る。《地図

このあたりの地主だった金子新右衛門という人の名を宛てて「新右衛門坂」と呼んだのが、いつのころからかこれが訛って、「新(しん)(右)衛(え)む坂」となったらしい。

Dsc00932 坂下から

Img_4326 四十坂(坂上方向)

坂下の小園橋近くから

Img_4328 小園橋を渡った所の綾瀬市の説明板

「四十坂」・「古道」とある。

Dsc00935_3 坂の途中から坂下方向

Dsc00936 四十坂(坂上方向) 杉久保座間線の国分南3丁目のひさご塚公園の東角から北に下りカーブして東方向に小園橋まで下る。《地図

古東海道にかかる坂で、相模国分寺志という書に「古老の伝ふる所によれば、往昔はここに関門の設があって銭四十文を徴し、人馬の通行を許したといふ」『海老名の坂』

Dsc00951 ひさご塚古墳

4~5C初頭の前方後円墳。左が前方部。地元ではひょうたん山の愛称で呼ばれている。

Dsc00949 説明板

Dsc00948 平面図

Dsc00947

昭和25年頃の写真

Dsc00952_1 山王坂 勝瀬の八坂神社と大谷の間を北東から南東に上る。《地図

山王様が祀られている山王山を越す坂。

Dsc00953 坂上方向

右側が山王山。山の南西部の奥まった所に山王様の石祠があるらしいが未確認。

Dsc00957 坂下方向

Dsc00955_1 八坂神社

Dsc00963_1 上の坂(坂上から) 杉久保座間線の大谷のコジマ電気店の交差点から東に上る。《地図

大谷地区のいわゆる九里の土手にかかる坂で、最も北方にある坂なのでこの名がある。『海老名の坂』

Dsc00961_1 道祖神・大山道標

坂上

Dsc00960_1 道祖神の右側面

「上之坂改修記念」とある。

Dsc00965_1 坂下から

Dsc00966

坂下の観音堂

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