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2006年11月29日 (水)

相模原市の坂-3

2006年11月29日

橋本駅 バス→塚場坂上・・・新道(しんどう)坂・・・神明坂・・・九沢橋(鳩川)・・・下九沢御嶽神社・・・宮山坂?・宮山坂公園・宮山公園・・・しも坂・・・上溝バイパス・・・姥川(幸来橋)・・・姥坂・・・姥坂跨線橋(相模線)・横山丘陵緑地・・・せどむら坂・・・(相模線)・・・榎神社・・・横山公園・・・上溝駅前・・・馬坂・・・八幡坂・亀ケ池八幡宮・・・わだ坂・・・上溝駅(相模線)

 新道坂は大山道の道筋で、坂下の九沢橋近くの一角に稲荷の小祠、庚申塔、道祖神などが集められ安置・保存されています。この坂を下り、赤坂、しろ坂と下って相模川に出て、滝の渡し、久所の渡し、望地の渡しで渡って大山へ向ったそうです。しも坂の坂上から上溝バイパスを下った作ノ口交差点近くが姥川の源流です。ここで伝説の照手姫が産湯をつかったと伝えられています。姥坂の南側の横山丘陵緑地や榎神社も照手姫にゆかりのある所です。

 せどむら坂は赤土の崖の間を上る細く、昔の面影の残る坂です。途中、横穴が二つ口を開けていました。坂上から相模線に沿って南方向に行くと榎神社で、その南側が野球場や陸上競技場などのスポーツ施設の横山公園です。公園内を通り、上溝駅から南に陽光台小学校を過ぎ、馬坂の坂上に出ました。坂上に馬坂懐古の歌碑が立っています。今は坂の近辺の家だけに使われている道のようです。

 馬坂下から広い通りを下り、姥川の丸崎橋を越えると八幡坂のゆるい上りで、左側が亀ケ池八幡宮です。境内の夫婦銀杏は見事です。八幡宮から姥川の藤橋の方へ下るわだ坂は「和田義盛の榎」の伝承のある坂で、榎神社の「照手姫の榎」と共通点のある同じような話です。伝承の話の元は同じだったのかも。榎神社の榎は二代目で、わだ坂の和田榎は今はなく、傾斜のゆるい短い坂で坂上には大きなみかん?の木が立っていました。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc01469_1 新道坂 下九沢の相模原大磯線の中ノ原交差点から南西に下る。《地図

大山道で、改修され新しくなった坂。改修以前は細く急な坂で、祭りの神輿が上りきれず苦労した。『さがみはらの地名』

Dsc01470 坂下近くから

Dsc01473 神明坂 新道坂の途中から東に上る。《地図

坂のふもとに神明さまに祠があることからの坂名。『さがみはらの地名』 神明の祠を確認するのを忘れた。

Dsc01474 坂下近くから

左の石段が神明さまの祠へ上るのだろうか。

Dsc01472 地蔵さん(坂下)

Dsc01476 坂上方向

Dsc01482_1 地蔵さん?

新道坂の坂下近く

Dsc01486 庚申塔・道祖神など(九沢橋近くの一角)

庚申塔は安永9年(1775)建立。もとは北方330mの所にあった。

Dsc01491 下九沢御嶽神社(下九沢1336)

もとは蔵王大権現といった。応永元年(1394)の勧請と伝える。

Dsc01493 由来書

Dsc01495_1 御嶽神社前から北東に上る坂。

Dsc01496宮山坂?(坂下から) 前記の坂の途中から宮山坂公園の方へ上る坂。

Dsc01499 坂上近く

Dsc01508 しも坂 下九沢の上溝バイパスの下の原交差点から西方向に下る。《地図

坂下の集落を「みやしも」といいこの名がついた。

Dsc01504_1 坂下から

Dsc01505 坂下方向

Dsc01506_1 坂上方向

Dsc01512 大山道

上溝バイパスの作の口小学校の東側あたり。右が旧道か。かつては急坂で難所だったという。

Dsc01514_1 姥川(幸来橋から) 姥坂の坂下を進んだ所。

姥川の源流近く。照手姫が産湯をつかったという伝承の地はこのあたりか。

Dsc01516 姥坂(坂上方向) 下九沢と上溝1丁目の横山丘陵緑地の間を東方向に上る。《地図

坂下の姥川による坂名。坂上は相模線の姥坂跨線橋。

Dsc01520 坂下方向

Dsc01527_1 横山丘陵緑地(照手姫伝説も載っている)

照手姫遺跡の碑

Dsc01529_1 せどむら橋に立つ地神塔・道祖神など

一番背が高いのはせどむら坂の改修記念碑のようだ。

Dsc01545_1 せどむら坂 上溝1-16の間を南東からカーブして北西に上る。坂上は相模線の近く。《地図

坂下の集落の名による坂名。

Dsc01535 坂下から

Dsc01538 坂上方向

Dsc01540 坂途中の横穴

Dsc01544 カーブして上る

Dsc01554 榎神社 横山台2-16

伝説の照手姫を祀る。榎は二代目。初代は照手姫がさした杖が根付いた「逆さ榎」だったと伝えられる。

Dsc01553_1 説明板

Dsc01556_1 上溝駅前の坂

歩道橋の上から

Dsc01561_1 馬坂の坂上近く

陽光台4-1と4-2の間の坂。

Dsc01562 馬坂懐古碑

「兄が曳き 吾後押しぬ荷車の 堆肥の匂いなつかしきかな」 読人不識

武田の軍勢が小田原城を攻撃する際に上溝村の農民も加勢しようと、この坂を馬を伴って滑りながら通ったという話もある。『さがみはらの地名』

Dsc01564_1馬坂(坂上から) 陽光台4-1と4-12の間を北西に下る。《地図

Dsc01566 坂下方向

Dsc01568 坂下から

Dsc01569 馬坂下から亀ケ池八幡宮の方への坂

Dsc01583 八幡坂 上溝の亀ケ池八幡宮の北側を西に上る。《地図

Dsc01582 坂上から

Dsc01587 亀ケ池八幡宮(上溝)

Dsc01591_1 夫婦銀杏

左が男木・右が女木。枝葉が重なり合って一本の木のようで、夫婦銀杏の名にピッタリ。

Dsc01579 わだ坂 亀ケ池八幡宮の北側から北方向に藤橋(姥川)の方へに下る。《地図

源頼朝の重臣和田義盛は横山党と婚姻関係にあったため相模原にもしばしばやって来た。ある日、この坂のたもとで弁当を食べ、その箸を地面にさすとそれが根づき、大きな榎(和田榎)に成長した。その和田榎があったので「和田坂」という。『さがみはらの地名』

Dsc01574 坂上から

Dsc01581_1 坂上のみかん?の木

Dsc01577 坂下の藤橋(姥川)から

和田義盛が藤の蔓(つる)でつくったので、「藤坂」という。『さがみはらの地名』

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