横須賀市の坂-12
2007年2月19日
衣笠駅(JR横須賀線)・・・三崎街道・・・甚四郎坂・・・清水垂坂・・・(新)衣笠トンネル・・・ニノ宮の坂・・・鼓人橋?・・・満昌寺・御霊神社・・・近殿(ちかた)神社・・・百段階段・・・せえもん坂・清雲寺・・・ドングリ山の坂・・・満願寺・・熊野神社・・・常勝寺・・・御霊神社・・・北久里浜駅(京浜急行線)
今日歩いたところは三浦氏にゆかりのある事蹟が多くありました。前回たどった道筋と同じく衣笠トンネルを抜け、衣笠城址のバス停そばから二ノ宮の坂を下りました。坂上に三浦大介義明の守護神という矢取不動尊の小祠があります。坂下が鼓人橋のはずですが橋の名の表示がないので違っているかも。そうすると二ノ宮の坂の道筋も変わってくることになります。
三崎街道のインター入口交差点から東に行くと、義明山満昌寺、御霊神社、近殿神社といずれも三浦氏にゆかりのところです。近殿神社の脇から百段階段の方へ上る坂のコンクリートの壁に空いている多くの排水孔は雀達のかっこうな休憩所といった感じです。百段階段を上り下りして大通りの南側の清雲寺へせえもん坂を上りました。この寺も三浦氏ゆかりの寺です。清雲寺の東側の腹切松公園に「三浦大介戦死の所」と「腹切の松」というのが立っていました。偶然に見つけたもので、三浦大介義明は衣笠城で討死したものとばかり思っていましたが、こんな伝承もあることを知りました。
横浜横須賀道路を越え、ドングリ山の坂を目指しましたがなかなか分からず何度も同じ所に出てしまい苦労しました。ドングリ山の坂上は石段で、細い坂の東側は梅林です。下って進むと満願寺で、ここも三浦氏ゆかりの寺です。横須賀葉山線に出て、北へ佐原インター近くの常勝寺、御霊神社に寄り、京急北久里浜駅に向いました。
【地図】写真をクリックすると拡大します。
二ノ宮の坂 三崎街道の衣笠城址バス停から西方向に鼓人橋に下る。《地図》
右側の小祠が「矢取不動尊」、坂名の由来不明。
台座に三浦大介守護とある。
この橋が鼓人橋でなければ二ノ宮の坂の道筋も違ってくる。橋の名の表示はなし。
義明山満昌寺(大矢部1-5)
建久5年(1194)源頼朝の意志により、三浦大介義明追善のため建立されたと伝える。寺の裏山の矢部山には鎌倉時代末期に彫られた磨崖仏がある。
近殿(ちかた)神社(大矢部1-9)
三浦義村(義明の孫)を祀る大矢部の鎮守。
左の壁の多くの排水孔に雀が入っていた。
百段階段 近殿神社の西側から北方向に老人ホームグリーンヒルの西側に沿って上る階段坂。139段あるそうだ。《地図》
せえもん坂 大矢部5-9?の清雲寺に沿って上る。《地図》
坂名の由来不明。清雲寺の「せいうん」が訛ったのだろうか?
右側は清雲寺
清雲寺(大矢部5-50)
三浦氏の初代為通、二代為継、三代義継の墓がある。
「三浦大介戦死之所」の碑(左の石柱)と腹切の松(大矢部5-18?の公園内)
三浦大介義明は治承4年(1180)の衣笠合戦で討死したとされているが、ここまで逃れ切腹したという伝承があるようだ。
文字が薄れて読みづらい。『腹切松の伝説』
ドングリ山の坂 大矢部4-44の大矢部町4丁目町内会館の前の石段から下る細い坂。《地図》
左は梅林、右の斜面を「ドングリ山」と呼んだ。『坂道風土記 三浦半島』
三浦義明の末子の佐原十郎義連が開基という臨済宗の寺。三浦三十三観音第十八番札所。
熊野神社(満願寺の東側)
御霊神社(常勝寺の北側)
祭神は鎌倉権五郎景政。
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コメント
私のブログの写真が貴殿のレポートのお役に立てば嬉しいです。どうぞご自由にお使いください。
投稿: 市川様へ(坂道散歩から) | 2011年1月13日 (木) 08:10
私は県内の大学に通う大学生です。
このたびは大善寺の矢取不動尊の調査のため本ホームページにたどりつきました。
2007年2月19日の記事にある、
大善寺の矢取不動尊の分神である小祠の写真ですが、
小祠は何度か位置変更がなされているとのことで、移動前の小祠の写ったこの写真の画像を
貴重な材料として私個人の学校の課題レポートに掲載する許可を頂きたくコメントしました。
よろしくお願いします。
投稿: 市川 | 2011年1月12日 (水) 19:42