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2007年3月 1日 (木)

多摩市(東京都)の坂-1

2007年3月1日

聖蹟桜ヶ丘駅(京王線)・・・川崎街道・・・観蔵院・霞ケ関橋(大栗川)・・・いろは坂・・・金比羅宮・・・山神社・観音堂跡・・・寿徳寺・・・あたご北通り・・・あたご切通し・・・愛宕神社・・・(地蔵坂)・・・高蔵院・地蔵堂・・庚申塚通り・・・あたご一息坂・・・旧鎌倉街道・・・(多摩市役所)・・・大六天祠・・・沓切坂・・・熊野神社・・・熊野橋(乞田(こつた)川)・・・ひじり坂・・・(多摩中央病院)・・・寺坂①・高西寺・・・春日神社・・・桜ヶ丘公園・・・連光寺坂(寺坂③)・・・対鴎台公園・・・寺坂②・・・大栗川・・・聖蹟桜ヶ丘駅

 いろは坂といえば日光、切通しは鎌倉を思いだしますが、ここの「いろは坂」も曲がりくねったけっこうな長い坂で、あたご切通しも切通しの感じが残っていて納得です。高蔵院の前の小さな坂の坂下には六地蔵の小堂、高蔵院には子育地蔵が祀られています。バス停に地蔵堂もあるので、この坂を地蔵坂と呼んだらどうでしょう。庚申塚通りで庚申塔を探しましたが見当たらず。

 沓切坂は多摩市役所脇の鎌倉街道「上の道」の坂で、南北朝時代の戦の伝承のある坂です。ひじり坂は町名の聖ケ丘に上る新しいきれいな坂です。坂上から多摩中央病院の方へ下り、寺坂①を下って高西寺、春日神社に出ました。連光寺はこのあたりにあったのでしょうか。桜ヶ丘公園からの眺めはなかなかのものです。

 都立桜ヶ丘公園の記念館交差点まで上って、連光寺坂上に出ました。下って、乞田川の向ノ岡橋から寺坂②を上りました。坂下に小さな昔の道標が立っています。坂に沿うのが対鴎台公園で、小野小町の歌碑や明治天皇行幸記念碑があります。連光寺坂を寺坂③という説もあります。(寺坂の道筋は3通りの説があり、寺坂①②③としました。)

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc04687 いろは坂 聖蹟桜ヶ丘駅の南の霞ケ関橋(大栗川)から途中大きく曲がりながら南方向に上るいろは坂道通り。《地図

Dsc04695_1 大きくカーブする所。

Dsc04703 直線的に上る歩行者用階段

Dsc04704_1金比羅宮(いろは坂の坂上)

この辺りは、城山、天守台(関戸城)といわれ鎌倉幕府以来、物見台城塞があった。

Dsc04708 天守台近くから南東方向

Dsc04715 観音堂跡(東寺方)

廃寺になっているようだ。この辺りは「寺方大屋敷」といい、中世初期の土豪屋敷があった。

Dsc04719_2 傾きかけた観音の石仏(観音堂門前)

Dsc04723 山神社(観音堂の前)

Dsc04727寿徳寺(桜ヶ丘4-26、山神社の南側)

Dsc04734_1道標

Dsc04735 あたご切通し 愛宕2丁目と3丁目の間を愛宕北通りから南に上り、下る。《地図

Dsc04736 坂上から

下って鎌倉街道の方へ。

Dsc04741_2 坂下近くから

Dsc04745_1愛宕神社(愛宕1丁目64)

Dsc04749_1高蔵院(和田728)

Dsc04747子育観音(高蔵院)

Dsc04756 地蔵坂(高蔵院の前)《地図

左側に地蔵堂

Dsc04754_1 坂下の地蔵

Dsc04757_1 地蔵・庚申塔(157号線の落川バス停近く)

Dsc04758_1あたご一息坂 鎌倉街道の乞田交差点から北西に上る。《地図

Dsc04759_1 坂下から

Dsc04763_1 古市場あたり(関戸6丁目の多摩市役所あたり一帯の旧鎌倉街道沿い)

戦国時代の小田原北条氏の時代に関戸郷の中心で市が開かれていた。

Dsc04768 大六天の小祠(沓切坂の坂上近く)

Dsc04765 沓切坂 関戸5丁目の熊野神社あたりから南西に上る旧鎌倉街道の上の道。《地図

①正平7年(1352)、新田義興が鎌倉から足利尊氏を追い、夜半にこの坂付近にさしかかった所で、音消しの馬の沓(ひずめを秘覆する)を取り、裸馬を飛ばしたとの伝承による。②関戸の戦に勝って鎌倉を目指す新田義貞軍がこの坂を通りかかった時、あまりの急坂で馬の沓が切れてしまった。「沓切」という名からは②の説の方が適当か。

Dsc04770 庚申塔(坂上近く)

正徳2年(1712)建立?

Dsc04769_1 坂下方向

Dsc04773_1 左が旧鎌倉街道(新沓切坂)

右が沓切坂(旧鎌倉街道の上の道)

Dsc04787_1熊野神社(関戸5-35)

手前の木の杭は霞ケ関南大木戸の柵の復元。

Dsc04785_1南大木戸説明板

Dsc04788ひじり坂 連光寺2丁目の熊野橋(乞田川)から南東に「聖ケ丘」へ上る。《地図

Dsc04794_1 坂下方向

Dsc05046 寺坂①(坂上方向、左側が多摩中央病院) 連光2丁目の多摩中央病院前から高西寺の方へ下る坂。《地図

寺は連光寺のこと。地元の人はこの坂を「寺坂」としている。

Dsc05048_1 坂上方向

Dsc05047_1 坂下方向

Dsc05049 庚申塔(坂の途中の道脇)

左・享保10年?(1725)
右(庚申供養塔)・寛政4年(1792) 「武州多摩郡蓮光寺村講中」とある。

Dsc05055高西寺(寺坂①の途中)

Dsc04805春日神社(連光寺1-8)

治承5年(1181)頃の建立という。

Dsc04809 若宮八幡の小祠(連光寺3-37)

Dsc04832 桜ヶ丘公園(連光寺3-25)から多摩川?

Dsc04825 中央は連光寺坂の川崎街道。

Dsc04837 馬頭観音・庚申塔(記念館交差点近く)

Dsc04840_1連光寺坂 向ノ岡大橋(乞田川)あたりから南東に上る川崎街道。《地図

連光寺村や現在の町名にもなっている連光寺はどこにあったのか? 春日神社付近か? この坂を寺坂③とする説あり。

Dsc04846 坂下方向

Dsc04860 寺坂② 向ノ岡橋(乞田川)あたりから南西に対鴎台公園に沿って上る。坂下に道標。《地図

寺は連光寺でどこにあったのか不明。この坂は春日神社の東側を通り、さらに桜ヶ丘公園の方へ続いている。

Dsc04878 坂下の道標

「南 蓮光寺村」とある。

Dsc04868_1 「小野小町歌碑」

みちのくへ父を訪ねての旅の途中で武蔵野の向ノ岡を詠んだと伝えられる。各地にある小野小町の伝承の地の一つ。『全国小野小町マップ

Dsc04867_1歌碑説明板

Dsc04875 対鴎台公園から寺坂の坂下方向

このあたりは明治天皇が鷹狩や鮎漁で訪れたところ。三条実美の別荘「対鴎荘」が昭和4年に明治天皇ゆかりの地としてここに移築された。

Dsc04871_2対鴎台公園説明板

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「神楽坂通りを神楽坂五丁目で南方に曲がった道を、登る坂道(※)」、地蔵坂。名前の由来は、「この坂の上に光照寺があり、そこに近江国(滋賀県)三井寺より移されたと伝えられる子安地蔵があった(※)」からだそうです。光照寺に訪れたのですが、肝心なお地蔵様は写... [続きを読む]

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