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2007年3月16日 (金)

川崎市の坂-1

2007年3月16日

二子新地駅(田園都市線)・・・大山街道・・二子の渡し跡・・・二子神社・岡本かの子文学碑・・・大貫家跡・・・光明寺・・・国木田独歩歌碑・・・タナカヤ呉服店・・・(府中街道との交差点)・・・灰吹屋薬局・・・ニケ領(にかりょう)用水・大石橋・・・大山街道ふるさと館・・・稲毛屋・太田屋・・・溝口神社・・・栄隆寺・・・片町庚申塔・・・ねもじり坂・・・笹の原子育地蔵(ここまで大山街道で続きも下に記載)・・・大蓮寺・・・久本神社・・・旧岡家門・・・馬坂の庚申塔・・・兎坂・・・馬(ま)坂・・・武蔵溝ノ口駅(南武線)

 大山街道を多摩川の二子の渡しを渡った川崎市高津区の二子新地駅から歩きました。二子宿は多摩川から下宿、中宿、上宿と並び、溝口宿が続いていた。街道沿いの町並みには、蔵造りの商家などが残っていて見どころが多いのですが歩道と車道が分離してなく車の往来も多く、のんびり散策できないのが残念です。

 江戸時代、相模川の鮎を運ぶ「鮎かつぎ」が唄を歌って通ったねもじり坂は、今はゆるやかですが長い坂で坂上を進むと笹の原子育地蔵のお堂に出ます。ここで大山街道から離れ東に行き、坂を下って鶴見溝ノ口線の手前の旧道の大蓮寺、久本神社に寄りました。神社の北側の崖は久本横穴墓です。旧岡家の門前を西に行くと突当たりに馬坂の庚申塔が立っています。ここも古くからある道筋なのでしょう。庚申塔から左(南から西方向)に上るのが馬坂です。「うま」ではなく「ま」坂です。庚申塔から右に(北から西方向)細い未舗装の道が上っています。これが兎坂で、なるほど兎でも出そうな獣道と言ったらちょっと大げさですが。曲がりながら上り、坂上から舗装された道を進むと急坂の上に出ました。斜度26%の道路標識が立っている見事な坂です。ここが馬坂の坂上でした。このあたりを久本山と呼ぶのでしょう。下って庚申塔のところへ出て、溝の口駅に向いました。

参考:『高津区を歩こう

*大山街道(赤坂御門跡→二子の渡し跡)

 写真をクリックすると拡大します。

Dsc05477_1 大山街道「二子の渡し」あたり(川崎市側から)

正面が多摩川、右は東急田園都市線

Dsc05476_1岡本かの子文学碑(二子神社そば)

上の彫刻は長男の岡本太郎の作『誇り』

Dsc05474 文学碑説明板

Dsc05472_1 多摩川の散歩道

Dsc05471二子神社(二子1-5)

Dsc05479_1 大貫家跡(二子2丁目公園)

岡本かの子、太郎の生家があった。

Dsc05483_1光明寺(二子1-10)

明治時代には二子学舎が置かれ、近代小学教育の場となった。

Dsc05481 光明寺の文化財

Dsc05485_1 タナカヤ呉服店

明治44年建築の蔵造りの店

Dsc05489 灰吹屋薬局

Dsc05490大山街道ふるさと館(高津区溝口3-13)

Dsc05491ニケ領用水大石橋

江戸時代、川崎のほぼ全域にわたる、稲毛、川崎の二ケ領を潤した用水。

Dsc05493_1 稲毛屋

Dsc05494 太田屋の蔵

Dsc05496溝口神社(溝口2-25)

Dsc05497宗隆寺

日蓮宗の寺。御会式(おえしき)には華やかな万燈がくりだす。

Dsc05498_1 片町庚申塔

道標を兼ねていた。「西大山道 東江戸道 南加奈川道」

Dsc05501_1 ねもじり坂 下作延400と445の間を南西に上る。高津区役所の南西側。《地図

「ねもじり」の由来は不明とするが、『かながわ 坂のある風景』には、「武蔵風土記稿は根もちり坂、字松安寺より笹原へ出る山丘の根通りを上がるさなり、・・・・」とあって、ねもじり坂の名が丘の根通りを登るところからついたとする。」とあります。明治の中頃まではもっと狭く急坂で、牛車や荷車は後押しがなければ登れないほどだったので、別名「はらへり坂」ともいう。

江戸時代、相模原のアユを運ぶ鮎かつぎは溝口の亀屋を人足の中継所としていました。大山道を夜中に走ってきた鮎かつぎ人夫は、朝方ねもじり坂にさしかかると歌を歌って亀屋に合図を送り、近所の人たちはこの歌が聞こえると朝のしたくをはじめたそうです。『大山道歴史ウオッチングガイド』(大山街道ふるさと館発行) この歌は、「鮎は瀬に棲む 蝉や木に止まる 人は情けの下に住む・・・」『かながわ 坂のある風景』

Dsc05502_2 「ねもじり坂」説明板

Dsc05503_1 坂下から

Dsc05507 坂下方向

Dsc05511_1 笹の原子育地蔵(ねもじり坂上を進んだ大山街道沿い)

Dsc05512_1説明板

Dsc05514_1堂の外の地蔵?さん

ここで大山街道から離れるが、大山街道の続きは下に記載。

Dsc05516大蓮寺(久本1-8)

準四国稲毛三十三所観音霊場第22番札所

Dsc05517_1久本神社(久本1-16)

明治6年、杉山神社、神明神社、八幡神社を合祀。

Dsc05525_1  旧岡家門(久本1-4)

Dsc05526_1 馬頭観音庚申塔(岡家門前)

Dsc05545 馬坂庚申塔(正面右) (久本1-10)

馬坂(左)・兎坂(右)

Dsc05528

Dsc05521兎坂(坂下から) 久本1-10の間を北から西方向に上る。 《地図》(地図には道の標示はない)

兎が通るような細い坂道だからか。

Dsc05534 坂上方向

Dsc05522_1【坂標】

Dsc05537馬坂(坂上から)

久本1-9と1-10の間を南から西方向に上る。兎坂の南側。

馬も難儀する急坂からついた名だろう。

Dsc05538けっこうな急坂だ。

Dsc05539_1 坂上方向

Dsc05543_1 坂下の馬坂庚申塔の所

正面左に上るのが兎坂

********大山街道の続き(2012年1月19日)******

笹の原子育地蔵・・・庚申塔・・・梶ヶ谷交差点・末長歩道橋・・・宮崎大塚・・・庚申坂・・・八幡坂・・・宮前平駅

Img_0368庚申塔

Img_0374梶ヶ谷交差点

馬絹方向へ進む。

Img_0379宮崎大塚 《地図

高さ5.5m、径25mの方墳と推定されているが、武器を隠した塚とか物見の塚など諸説ある。発掘調査はされておらず、造られた目的は不明だそうだ。

Img_0378塚上の馬絹大塚供養塔

Img_0384庚申坂を下る。《地図

Img_0386説明板

このあたりは起伏が多い。坂下から上り返す。

Img_0393八幡坂を下る。《地図

坂下に右に八幡神社、左は宮前平駅。

この先の大山街道は『川崎市の坂②』に記載。

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