川崎市の坂-5
2007年3月20日
柿生駅(小田急線)・・・稲荷坂跡あたり・・・瘡守(かさもり)神社・柿生トンネル跡・・・下駄切り坂跡・長福院・・・真福寺交差点・・・白山神社・・・島田生長の森緑地・しぶと坂・・・裏門坂・・・日吉の辻・・・山王社(日枝神社)・・・延命地蔵尊(動物霊園)・・・王禅寺・・・金子稲荷・琴平神社・・・早野川・・・子ノ神社・・・神明社・・・稲荷森稲荷社・・・月読神社・・・不動院・・・真福寺川・・・柿生駅
武州柿生の王禅寺周辺(麻生区)を歩きました。稲荷坂は上麻生5-20の東急バス折り返しの所から上る上麻生随一の難所の坂で、坂の途中に造立稲荷大明神があったそうですが、坂の跡形もなく、稲荷社も見当たりません。今は折り返し場所の北側に新しい坂が上っています。
下駄切り坂も途中で途切れ、真福寺も明治時代に廃寺となっています。しぶと坂も緑地内の遊歩道といった感じです。坂道散歩というより寺社巡りの半日でした。
*参考HP『伝承麻生の里』(閉鎖か移動したようだ)
【地図】写真をクリックすると拡大します。
御化粧領から御霊屋(みたまや)領となった。農業の自然条件に恵まれず、余業として柿が栽培され、禅寺丸(ぜんじまる)と呼ばれ江戸(東京)にも出荷された。
稲荷坂は右側の崖を上っていたのでしょう。
皮膚病の神
今は切通しの坂になっている。
幅6m・全長60m。
真福寺地区から柿生駅前の中心地に出るには麻生川に沿って遠回りの道で不便だった。大正の初めころからバス停の森が丘から山へ登り、尾根を越えて長福院前に出る学校道が造られた。急な山道で下駄の鼻緒が切れやすく、誰がいうともなく「下駄切り坂」といった。『伝承麻生の里』
右側が長福院
白山神社(白山4-3)
加賀の白山神社の末社
しぶと坂(坂下から) 白山神社の向いの島田生長の森内を北東方向に上る。《地図》
「しぶと」は死人の訛ったもので、一説には鎌倉攻めのときの戦死者を運んできたところといわれている。『伝承麻生の里』
裏門坂 王禅寺ふるさと公園(王禅寺528)の裏門坂交差点から東に上る。《地図》
王禅寺の裏門の坂道。
山王社(日枝神社)
王禅寺仁王門(王禅寺940)
「柿生」という地名はこれによるとも言われている。
琴平神社(王禅寺東5-46)
「がまんさん」と呼ばれる山伏4人が支えている。
琴平神社前
王禅寺観音講中とある。
子ノ神社(麻生区早野の早野川沿い)
文政7年(1824)の銘(中央)
王禅寺村の鎮守5社の一つ。 王禅寺村の鎮守5社の一つ。天文3年(1534)皇太神宮の別宮の月読宮の分霊を勧請して創建。
地神塔・庚申塔(麻生不動院境内)
麻生不動院(正面の坂上)から真福寺川へ下る坂
木賊(とくさ)不動とも呼ばれ、「火伏せの不動」としても有名。1月28日の縁日にはダルマ市の店が出る。
真福寺交差点の近く
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