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2007年4月 5日 (木)

あきる野市の坂-2

2007年4月5日

Dsc06872_1 武蔵増戸駅(五日市線)・・・五日市街道・伊那坂(旧五日市街道)・・・岩走神社・山王社・・・新秋川橋(秋川)・・・大光寺・高尾神社(右の写真)・・・小峰公園(桜尾根~馬頭観音~ホオジロ尾根)・・・秋川街道・・・小林坂・・・武蔵五日市駅

 昨日とはうって変わっての春らしい好天でした。五日市線の車窓から雪の富士山の頭もくっきり望めました。
 武蔵増戸駅から伊那福生線に出て西へ成就院を過ぎ、五日市街道の新秋川橋東交差点に出ました。ここから伊那坂が北方向に岩走神社の方へ下っています。新秋川橋を渡り南へ入ると上り坂となり、大光寺、高尾神社から「かたらいの路」へ入ろうとしましたが、工事中で通行止め。留原交差点から秋川街道を南に少し行き、小峰公園の桜の見ごろは過ぎた桜尾根へ入りました。途中、庚申塔などの石造物が並ぶところがあり、桜尾根の終点には立派な馬頭観音が立っています。この道筋は小峰峠を越え、八王子へと続く古い八王子道だったのでしょう。ホオジロ尾根を下って秋川街道へ出て、長い小林坂を下って武蔵五日市駅に向いました。

 *小林坂は「あきる野市の坂-1」に記載。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc06833 子育地蔵(伊那福生線沿い)

Dsc06841 成就院前の坂(伊那1568)

文明元年(1469)開基という真言宗の寺。

Dsc06843 伊那坂 五日市街道の新秋川橋東交差点から北西に下る旧五日市街道(古くは伊那道) 坂下近くに岩走神社。《地図》 

古くは「宮沢坂」とも呼ばれた。伊那は昔から伊那石といわれた石材の埋もれていたところで、石材処理に秀でた技術を持っていた信州伊那谷高遠付近の石切職人(石工)が、この伊那石に目を付けて移住し、石造物の製作に従事していた。これらのことから「伊那」という地名は、移住職人が生地「伊那」の名を取って名付けたのだ、などと書かれたものもあり(例えば新篇武蔵風土記稿)、これを定説のように思う者もあるが、これには異論がある。「イナ」という地名は各地にあり、何れも岩・石に関係あるところで、「イナ」は岩石に関係ある地形の呼び名であることが分かる。五日市町の伊那も古くから石材の産地だったので、それに因んだ地名と思う。『五日市町の古道と地名』

Dsc06848 坂上方向

Dsc06854 山王社へ上る坂

岩走神社前

Dsc06852 岩走神社裏手の秋川に注ぐ流れ。

昔はもっと急流で「岩走」神社の由来となったのだろうか?

Dsc06850岩走神社(伊那1575)

Dsc06855 新秋川橋から武蔵五日市駅方面に下る五日市街道。

Dsc06864 大光寺(高尾218) 《地図

Dsc06863 大光寺説明板

Dsc06867高尾神社(高尾660)

祭神は、迦具土神。創立年代、由来不明。

Dsc06876 桜尾根(小峰公園

Dsc06884 庚申塔(右下・寛政2年(1790))・?番供養塔(中央上)・左は文化8年(1811)の石造物。

Dsc06893 馬頭観音(桜尾根の終点の八王子市との境近く) 文政5年(1822)の建立。

ここから今熊山への道もある。

Dsc06904 小林坂(新道)

坂途中から

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