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2007年4月10日 (火)

取手市の坂-3

2007年4月10日

Dsc07167_4 稲戸井駅(関東鉄道常総線)・・・御嶽神社・・・香取八坂神社・・・高源寺・・・東光寺(第50番)・・・高井城址公園・高井城址・・・妙見八幡宮・・明音寺(第52番)・・・小貝川排水路の方へ下る切通しの坂(右の写真)・・小貝川・・・水神岬公園・水神社・・・延命寺・・・仏島山古墳・・・大日山古墳・岡神社・・・甚五郎池・・・のぞみの坂・・・月読尊・・・熊野神社・阿弥陀堂(第78番)・・・山ノ坊いろは坂・・・永山公民館へ下る坂・・・稲戸井駅

  【地図

 今日も坂道散歩にはうってつけの日和でした。『取手の坂道愛好会の資料』をもとに、坂道と平将門ゆかりの地を散策しました。

 稲戸井駅から県道守谷藤代線を北東に行き、北に入り香取八坂神社からケヤキ地蔵の高源寺に寄りました。大きなケヤキの空洞の根本に地蔵さんが鎮座していました。高源寺から高井城址公園へ坂を下り、高井城址へ上って東側の妙見八幡宮の脇の道を進むと、切通しの坂が小貝川排水路まで下っています(上の写真)。

 小貝川のサイクリングロードに上って、東に行き水神社が祀られている水神岬公園から岡堰を眺め、親王山延命寺から仏島山古墳、大日山古墳(岡神社)と、いずれも平将門の伝承のあるところへと進みました。仏島山古墳の近くには大きな地蔵と野仏が立っています。大日山古墳のある丘の南側のふもとの未舗装の道を西方向に行き、老人ホーム「ふれあいの郷」の中の甚五郎池を見て、高井小学校に沿って、めぞみの坂を上りました。坂下に戻り、南に上ると辻のところに真新しい月読尊と庚申塔が立っています。後ろに隠れるように元の崩れた石と庚申塔があります。月読尊の後ろの庚申塔は、まだ十分な形をしているのに後ろに置かれるのはいかがなものでしょう。すぐ近くのめぐみ幼稚園は今日が入園式、子どもの手を引いている両親も皆若い。

 めぐみ幼稚園の先から右に入り、北西方向に進むと、これも新しい熊野神社と阿弥陀堂に出ました。さらに北に行くと細い未舗装の気持ちのいい坂となり、守谷藤代線近くまで下っています。熊野神社まで戻り、海老原医院前の山ノ坊いろは坂を下って上りました。途中、大きく3回カーブするので、「いろは」坂なのでしょう。坂上の菜の花畑が見事でした。坂上近くから右(北方向)に永山公民館までの坂を往復してから西に稲戸井駅に向いました。

 写真をクリックすると拡大します。

Dsc07110香取八坂神社(下高井)

高井城主の相馬小次郎の氏神だといわれている。

Dsc07126高源寺山門(下高井・香取八坂神社の隣り)

平将門が釈迦如来の霊験によって建立したと伝える。高井城主、相馬(高井)胤永の菩提寺でもある。

新四国相馬霊場第49 番札所

Dsc07119 地蔵ケヤキ(高源寺境内)

樹齢1600年、根回り約10m、樹高約15mで、根元の空洞に、子育地蔵尊が安置されている。

Dsc07115 地蔵ケヤキ説明板

Dsc07117 空洞の根本に子育地蔵さん

火事でできた空洞らしい。

Dsc07133 第50番(東光寺)

Dsc07138 高源寺から高井城址公園へ下る坂

Dsc07146 高井城址公園

長治元年(1104)に将門の後裔・信太小次郎重国が、常陸信太郡からきてこの城を築き相馬家を称し、天正年間(1573~1591)にその子孫が高井氏を称したという

Dsc07143高井城址説明板

Dsc07151 高井城復元図

Dsc07154妙見八幡宮(下高井・高井城址の南側)

相馬家の氏神社

Dsc07156 第52番(明音寺)

Dsc07171 妙見八幡宮脇から下る坂

坂下の小貝川排水路近く

Dsc07188 水神岬公園

Dsc07185 水神社(水神岬公園の中)

鳥居が小貝川に向って立つ。

Dsc07189岡堰を臨む

寛永(1630)7年関東郡代伊那半十郎忠治により造られた。福岡堰、豊田堰とともに関東三大堰の一つ。

Dsc07197親王山延命寺

将門が信仰していた地蔵尊のおつげによって創建されたと伝える。自ら「新王」の位について敗れた将門にふさわしく、「親王山」という山号。

Dsc07201_1駒形様

将門が戦死したときに乗っていた馬を埋めたところと伝えられ、風を引いたときなどに参るとすぐに治るといわれて、信仰されてきたそうだ。

Dsc07207 地蔵と野仏説明板

Dsc07210 地蔵(右後ろに野仏)

寛文6年(1666)建立の高さ170cmの大きさ。

Dsc07208 野仏

延宝8年(1680)年の銘。地蔵の後ろにあるので、裏地蔵とも呼ばれている。

Dsc07212仏島山古墳

直径30mほどの円墳で6Cの築造。地元では昔から将門の墓といわれてきた。

Dsc07211説明板

Dsc07215 古墳上の小祠

Dsc07214 小祠の前扉を開けると「将門神社」と書いてある。

Dsc07268 大日山古墳(岡神社)への坂

Dsc07230説明板

Dsc07228 岡神社(大日山古墳の墳頂)

直径18mの円墳上。この古墳も将門の墓と伝えられてきた。脇の広場は愛妾の桔梗が住んだ朝日御殿があったという。将門の敗死を聞いて桔梗が入水した沼のところは「桔梗田」として共同管理されている。

Dsc07234 甚五郎池

老人ホーム「ふれあいの郷」内。別名を「相野谷湖」

Dsc07237 のぞみの坂 下高井の高井小学校の北側に沿って北西に上る。《地図》 

Dsc07241 坂下方向

Dsc07250高井小学校の南側へ下る坂

Dsc07251 月読尊・庚申塔(坂上近く)

ろに庚申塔や崩れた庚申塔がある。

Dsc07259熊野神社(野々井639?)

Dsc07261 第78番阿弥陀堂(熊野神社隣り)

Dsc07272 石仏(野々634あたり)

左の石仏に「山ノ坊坪講中」とある。

Dsc07262 石仏から北へ県道藤代線の方へ下る坂。

Dsc07277 山ノ坊いろは坂 野々井636の海老原医院の南側を南西から北西にカーブして下って上る。《地図

このあたりの小字名が「山の坊」で、天明年間(1781~88)西蓮寺という大きな寺があった。常総線の踏切あたりの山門から参道が続き、宿坊・修験僧も多く、にぎわっていたが後年、廃仏毀釈で無住となり荒廃した。『取手の坂道愛好会の資料』

Dsc07280 下って上る。

Dsc07284 少し下ってまた上り

Dsc07289 坂上近く

Dsc07291 永山公民館へ下る坂

 

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