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2007年5月26日 (土)

福生市(東京都)の坂-1

2007年5月26日

福生(ふっさ)駅(青梅線)・・・新奥多摩街道・・・堂坂・薬師堂・神明社・・・加美上水橋(玉川上水)・玉川上水旧堀・・・新堀橋・金毘羅神社・・・かに坂下の写真)・かに坂公園・・・長徳寺・田村酒造・・・宮本墓地(福生霊苑)・かに坂地蔵・・宮本橋・観音堂・・・奥多摩街道・・・せせらぎ通り・・・ほたる公園・・・富士見公園・・・(五日市線)・・・福生院・・・清水坂・・・明神坂・・・熊川神社・・・せせらぎ通り・・・(睦橋通り)・・・千手院・・・睦橋通り・・・八雲神社・真福寺・・・王坂(旧日光街道)・稲荷社・・・拝島駅(青梅線)→牛浜駅・・・地蔵坂・・・牛浜駅

 【ルート地図】①(福生駅~拝島駅)・【ルート地図】②(牛浜駅~地蔵坂)

 犬も歩けば何とやらで、今日は歩いていて偶然、予定外の新しい坂を見つけました。堂坂と清水坂です。福生駅から新奥多摩街道を羽村方向へ行き、街道沿いの神明社に寄りました。神社前の小公園の「堂川の湧水」の説明板に堂坂が載っていました。脇に復活した湧水が流れています。
 西に奥多摩街道を渡り、玉川上水の加美上水橋から北の新東京百景の新堀橋までDsc09474_1行き、多摩川と玉川上水の間のかに坂公園へ入りました。ここから玉川上水の方へ上るのが「かに(蟹)坂」で、面白い民話の由来話があります。民話に出てくる「かに地蔵」があるという宮本墓地を探すのに一苦労。宮本墓地内でも地蔵を探してウロウロ。墓地の一角に古い庚申塔や寒念仏塔などが立っている所の奥の地蔵さんがそれらしいと見当をつけましたがはっきりせず、なおも墓地内をウロウロ。怪しまれたのか管理事務所の人(らしい)に声を掛けられ、色々話を聞いてやっぱり見当をつけたのが「かに地蔵」のようで一安心。

 宮本橋(宝蔵院橋)、観音堂(宝蔵院跡)と民話にゆかりの所を通って、奥多摩街道を南東に進み、福生第7小学校へカーブする坂を下り、せせらぎ通りに入りました。奥多摩街道の通る拝島段丘のハケ下の道で、小川が流れる気持ちのいい道です。所々から段丘上へ坂が上っていて、清水坂、明神坂もその一つです。せせらぎ通りを進んで睦橋通りを越え、地蔵坂にあった地蔵さんがおさまっているという千手院に寄りました。地蔵さんは立っていましたがそれが地蔵坂の地蔵だったかは誰も聞く人は見当たらずはっきりしません。(聞いても分かる人はいないでしょう。寺の住職なら分かるかも) 

 睦橋通りを東に上り、拝島駅近くの旧日光街道へ入りました。今はゆるやかな上り坂で、これが山王坂です。今は坂上の青梅線で行き止まりの角の稲荷社の所に昔、牛頭天王社があったそうです。拝島駅から青梅線で一駅の牛浜駅から市民会館沿いの五日市街道の地蔵坂へ向いました。今はただの広い車道で傾斜もゆるく地蔵さんが立っていて縁日は老若男女で賑わったという昔の面影はまったくない坂で、予想していたとはいえ、ちょっと寂しくもありガッカリもしました。

 写真をクリックすると拡大します。

Dsc09446 堂坂(坂上方向) 新奥多摩街道から神明社の北を南西に下る。 【ル-ト地図】①の①

昔、坂上近くに念仏堂(薬師堂とも)があった。昭和38年頃まで、坂下の神明通りを坂のふもとを水源とする堂川が流れていた。

Dsc09449 坂下方向

Dsc09441 堂川湧水由来

「堂坂」も出てくる。

Dsc09444 堂川湧水(神明社の下の公園内)

井戸水を使って復活させた。左側が堂坂。

Dsc09432 薬師堂前の地蔵

右から六角車地蔵、延命地蔵、子育地蔵

Dsc09436 薬師堂(福生1081)

後ろは神明社。

Dsc09440 薬師堂由来

Dsc09437神明社(福生1081)

Dsc09456玉川上水旧堀

加美上水橋近く

Dsc09455 説明板

Dsc09464 新堀橋から下る坂

新堀橋は新東京百景の75。正面の鳥居は金毘羅神社。

Dsc09460 坂上方向

Dsc09472 かに坂公園から多摩川

Dsc09471 かに坂(坂下から) かに坂公園から南東に上る。 【ル-ト地図】①の②

右は「かに坂公園」

Dsc09477 坂下方向

坂名の由来は、かに(蟹)が助けてくれた娘に恩返しをするという民話『かにのおんがえし

Dsc09482 田村酒造(福生626)

文政5年(1822)創業。

Dsc09492 かに地蔵(いぼとり地蔵) かに坂に立っていたという。今は福生霊苑(宮本墓地内(福生1182))にある。 【ル-ト地図】①の③

奥(六地蔵の後ろに立つ)が元の「かに地蔵」で、手前の祠内が新らしい「かに地蔵」らしい。(福生霊苑の管理事務所の人?から聞いた話から推量。事務所の人も「かに地蔵」「いぼとり地蔵」という名前、由来は知らなかった。)

Dsc09490_1 かに地蔵

いぼとり用の小石は供えられてなかった。何の地蔵さんか今は知られていないようだ。

Dsc09488 観音堂(玉川上水の宮本橋のところ)

民話の宝蔵院跡、宮本橋は宝蔵院橋といった。

Dsc09493奥多摩街道からせせらぎ通りの福生第7小学校へ下る坂。

斜度12%の標識が立っている。

Dsc09496 坂下から

Dsc09503 清水坂

Dsc09502_2 清水坂(坂上方向) 熊川674と683の間を南東から東に上る。 【ル-ト地図】①の④

拝島段丘のハケ下(今のせせらぎ通り)から湧く清水による坂名だろう。

福生市の民話『酒とからす天狗』に清水坂が出ている。

Dsc09506 坂下方向

Dsc09511_1 せせらぎ通りから福生院(熊川716)の方へ上る坂(坂下方向)

Dsc09516 熊川神社拝殿(熊川659)

Dsc09514 本殿説明板

Dsc09519 明神坂(坂下方向) 熊川336と655の間を北西にせせらぎ通りに下る。《地図

坂上の熊川神社は昔は礼拝大明神と呼ばれていた。

Dsc09520_1 坂下のせせらぎ通りから

Dsc09523 旧明神坂か?

今は廃道のようだ。

Dsc09529 千手院(熊川20)

Dsc09526_1地蔵(千手院の墓地内)

地蔵坂に立っていた地蔵さんだろうか? 自信はない。

Dsc09533 八雲神社

Dsc09535_1 天王坂(坂上方向) 熊川の国道16号の武蔵野南橋交差点から北東に上る旧日光街道(千人同心日光道)。 【ル-ト地図】①の⑤

坂上の現在稲荷社のところに牛頭天王社があった。『福生市史資料編 民俗下』

今は坂上から先は青梅線で遮断されているが、昔は旧日光街道が続いていたのだろう。

Dsc09538 坂上から

Dsc09536_1 坂上の稲荷社

ここに牛頭天王社があった。

Dsc09537_1  稲荷社説明板

Dsc09428_1 地蔵坂(坂下方向)牛浜の市民会館前を西に下る五日市街道。右側が市民会館。坂上はJR八高線、《地図

昔は地蔵さんが立っていて縁日には市が立ち、芝居もかかって子どもも大人も縁日を待っていた。地蔵さんは2.3度引越し、今は千手院の共同墓地におさまっている。『福生市史資料編 民俗下』

Dsc09429 坂上方向

Dsc09524 せせらぎ通り

Dsc09525 

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