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2007年8月29日 (水)

新座市(埼玉県)の坂-2

2007年8月29日

Dsc01414 北朝霞駅(JR武蔵野線)バス→道場(どうじょう)・・・歴史民俗資料館・・・清戸道(馬喰橋通り)・馬喰橋(黒目川)・・・堂坂・・・嵯峨山通り・・・石神緑地・・・上(かみ)の坂(上の写真)・・・瀧見観音堂(浄明寺)・・・氷川神社・・・水道道路・野火止用水史跡公園・・・野比止用水・・・稲荷社・・・野火止用水・・・(平林寺)・・・中央図書館・・・こもれび通り・・・野火止用水・・・川越街道・・・新座駅(武蔵野線)

 奈良時代に新羅からの渡来人たちにより開かれて新羅郡が置かれ、後に新座(にいくら)郡となった古くからの歴史のある新座市の坂道散歩です。道場バス停のある片山県道は清戸道の一つの道筋らしく、地蔵の小祠や庚申塔などが並び、馬喰橋などの古めかしい名前も残っている。堂坂を上り西方向に嵯峨山通りを進み、石神緑地の上から瀧見観音堂の上を通り上の坂の坂上に出る。

 この坂が観音坂だと思っていたが、門前で掃除をしている老人(住職?)に尋ねると、聞いたことがないといい、近くの坂名も知らない様子。瀧見というから滝があったのかと問うと、滝はなく、瀧見は仏教の用語だという。肩透かしを食わされたようでちょっとガッカリ。後で調べると、観音堂の近くにある坂は上の坂(西側)とオケヤの坂(東側・未訪)で、観音堂には滝を背にした観音像があるらしい。

 上の坂の坂上から氷川神社へ寄り、野火止用水史跡公園へ向う。史跡公園のそばに厩舎がある。引かれて道を歩いている馬はサラブレットの競走馬のように恰好がいい。東京競馬場が近いから競馬の厩舎かと思ったが、近くの乗馬クラブの馬のようだ。かつてはこの馬たちも現役の競走馬だったのかも。

 史跡公園から野火止用水沿いを行き、平林寺の前を通り中央図書館の寄り、こもれび通りから野火止用水沿いに川越街道に出て新座駅に向った。

 写真をクリックすると拡大します。

Dsc01376歴史民俗資料館(片山1-21)

Dsc01378 地蔵さん(道場バス停近くの片山県道沿い)

Dsc01380 馬喰橋通り

清戸道で正面は黒目川の馬喰橋 《地図

Dsc01383 庚申塔(馬喰橋から堂坂へ向う途中の角)

右は天?元年の銘がある。天和、天明、天保のどれかだろう。左は崩れて欠けているが庚申塔か。

Dsc01387 堂坂(坂上方向) 堀ノ内2-9と石神2-3の間を北西に上る。《地図

坂の近くにある釈迦堂(共同墓地(浄明寺?)らしい。未訪)に因む坂名か。

Dsc01388 坂下方向

Dsc01410_2 上(かみ)の坂(坂上方向) 石神5-9と東久留米市神宝町2丁目の間を北に上る。《地図

坂名の由来不明。坂の西側に東久留米市の神山堂公園がある。この坂を堂坂と呼んでいるのだろうか? 

Dsc01408 瀧見観音堂 《地図

滝を背にした唐仏の観音像があるという。宝永年間に村人が石神村の清水という所から掘り出したという昔話がある。『新座の民話-滝見の観音さま

Dsc01415 氷川神社(西堀1-4) 《地図

Dsc01418_2 新座乗馬クラブ?の厩舎(史跡公園そばの水道道路沿い)

Dsc01424野火止用水史跡公園(本多1-19?) 《地図

Dsc01422 案内図

Dsc01421 説明板

Dsc01426平林寺(へいりんじ)山門

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2007年8月18日 (土)

大和市の坂ー5

2007年8月18日

Dsc01286_2 大和駅・・・大尽の坂(右の写真)・極楽寺・・・(厚木街道)・・・ノボさんの坂・・・山(さん)神社・・・村田の坂・・・屋根屋の坂・・・デンブクの坂現金坂①跡あたり・・ニーヤの坂・・・大坂⑦・・・稲荷社・稲荷坂跡(日本飛行機敷地内)・・・押し上がりの坂跡(日飛入口の坂・日本飛行機敷地内)・・・大下さくら橋・堂の坂・やまと冒険の森・厚木飛行場・・・辻の坂・・・晃風園・丸山の坂跡あたり・・・中央7丁目市民の森・現金の坂②跡あたり・・・大和駅

  【ルート地図

 焦げるような暑い日が続いたがようやく一段落して今日は涼しい。久しぶりの坂道散歩は大和市の下草柳地区を歩く。引地川の方へ下る似たような坂と、今は消滅してしまった坂が多く、面白味のある坂には出会えなかった。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc01285大尽の坂(坂上から) 草柳1184の極楽寺の前を北東に上る。《地図

別名を脇の坂。ハチクマ大尽の家の近くの坂。家のそばを通りにくかったので、この「脇の坂」を通ったという。『大和市の地名』

Dsc01288 極楽寺

Dsc01287 坂下方向

右が極楽寺

Dsc01292 ノボさんの坂 草柳1-22の横浜銀行グラウンドの北側から北東に上る。《地図

「ノボさん」と呼ばれる人の家が坂の近くにあったのだろうか?

Dsc01293 坂下方向

正面は横浜銀行グラウンド

Dsc01301 山(さん)神社(中央5-6)

下草柳の鎮守。今日は祭礼日。

Dsc01302 村田の坂(坂下方向) 横浜銀行グラウンドの南側から北東に上る。坂下は引地川。《地図

Dsc01306 坂上方向

Dsc01307 屋根屋の坂 横浜銀行グラウンドの東側から草柳1-21の間を東方向に上る。《地図》(道の標示は途切れているが石段の部分)

「屋根屋」という屋号の家が坂のあたりにあったのだろう。

Dsc01311 階段上から

Dsc01312 車道を横断しさらに上る。

Dsc01316 デンブクの坂(坂下方向) 草柳1-4と1-5の間を北東に上る。《地図

日蓮の太鼓をたたく家があったという。『大和市の地名』 現金坂①(私道で通行料をとったという坂)はこの近く(やなぎ幼稚園あたりか)にあった坂。

Dsc01320 坂上方向

Dsc01322 ニーヤの坂 草柳1-13と1-15の間を北東に上る。《地図

「ニーヤ」という屋号の家の近くの坂。『大和市の地名』 

「ニイヤ」だろう。坂上を東に進んだ大坂の坂上の草柳1-8に「にいやハイツ」がある。「新谷」か「新屋」「新矢」か。

Dsc01324 坂下方向

坂下は引地川でその向うは日本飛行機(株)の敷地。

Dsc01330 大坂⑦(坂上から) 草柳1-11の草柳2号公園と草柳2-23の間を北東に上る。《地図

赤土で雨が降るとツルツル滑って苦労した。生活の道で、一番大きな坂。『大和市の地名』

左側の木が茂っている所が旧山神社のあった場所か?

Dsc01334 坂下方向

Dsc01336 坂上方向

Dsc01335 「草柳夏まつり」

草柳2号公園

Dsc01342 稲荷坂跡 草柳2公園の西側の引地川の草柳4合橋を渡った所の稲荷社から厚木海軍飛行場方面に向って上るS字状の坂だった。くねくねした急坂で一本椹(さわら?)へ行き着く道だった。《地図

稲荷社までは行けるが、坂は日本飛行機の敷地内でフェンスで囲まれ行き止まり。

Dsc01340 稲荷社

Dsc01352 堂の坂(坂上方向) 草柳3丁目の大下さくら橋から「やまと冒険の森」の南側を厚木飛行場へ上る坂。《地図

坂の途中にお堂があったが、今は道路でなくなった。『大和市の地名』 この道路は新しく造られたようで、大下さくら橋も引地川の上の高架橋で坂自体の傾斜もゆるい。以前は引地川から上る急坂だったのだろうか。

Dsc01353 坂下方向

Dsc01359 辻の坂 草柳3-2と3-7の間を東に上る。一部石段の坂。《地図

「辻」は石段下の四つ角の所のことか?

Dsc01361 坂下方向

Dsc01364丸山の坂跡あたりの坂(中央6-12と6-14の間)《地図》 坂上からさらに草柳4号公園の方へ上っていたのか。

晃風園のそばを通って六軒へ行く急坂だった。切り通しで木が覆いかぶさっていた。『大和市の地名』

Dsc01365_2 晃風園(左側・中央6-15))前の坂

Dsc01375 現金坂②跡あたりの中央7丁目市民の森(中央7-15)《地図》 このあたりを通っていた坂か?

六軒村から小菅家の脇を通り桜ケ丘の桜株へ通じていた。谷坂で降りてすぐ登る短い坂の意。『大和の地名考』 谷坂の位置、文の意味が分からない。

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