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2007年9月27日 (木)

新座市の坂-5

2007年9月27日

朝霞台駅(東上線)バス→池田2丁目・・・池田上橋(関越自動車道)・・・観音坂・観音堂(五領院)・・・引坂・・・稲荷神社・・・前原橋通り・・・庚申塔(片山2丁目交差点)・・・中沢の坂(産業通り)・・・中沢川・・・歴史民俗資料館・・・西坂・・・武野(たけしの)通り・・・八幡坂・・・満行寺・武野神社(旧八幡神社)・・・団子坂(餅屋坂)・・・栗原バス停→朝霞台駅

 今日は黒目川、中沢川右岸の坂道散歩で、いずれの坂も南東方向に上っている。八幡坂の坂下の満行寺は古歌に「野寺の鐘」として歌われている寺で、『廻国雑記』の道興准后もこの地に立ち寄り歌を詠んでいる。
 道興准后は横浜市南区の鎌倉街道の「餅井坂」(南区の坂-3)でもおかし味のある歌を残している。よほど坂と餅に縁があるのか、川越の「うとう坂」(川越市の坂-1)でも歌を残し、ここもすぐ近くに「餅屋坂(団子坂)」がある。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc02205 観音坂(坂上から) 片山2-1と関越自動車道の間を南東に上る。《地図》 右は関越自動車道

Dsc02216 坂上方向(墓地の所から)

坂を挟んだ墓地の前(左側の関越道の所)に観音堂があった。今は坂下の片山県道沿いに移設。

Dsc02367 坂下近くから坂上方向

Dsc02363 観音堂(坂下を進んだ片山県道沿い。隣りに稲荷社)

「五領院」というようだ。

Dsc02362 小さな観音像が安置されている。

Dsc02220 墓地の所から南西方向に入る道。

階段坂の坂下から引坂の坂下、中沢の坂の坂下近くへと続く。手前は関越道で遮断されているが古くからの道だろう。

Dsc02225 引坂(坂下から) 片山2-5と2-7の間を曲がりながら南東方向に上る。《地図

坂名の由来不明

Dsc02226_2 坂上方向

Dsc02207 稲荷神社

左は引坂上へ、右は階段坂となって下る。

Dsc02208 右の階段坂の坂上から《地図》(道の標示はない)

坂下を左に行くと引坂の坂下に出る。

Dsc02234 庚申塔と御獄神社・阿夫利神社・榛名神社の?塔

中沢の坂上の前原橋通りと産業道路と大泉通りから分かれる清戸道の片山2丁目交差点の所。大泉通りと産業道路は清戸道の道筋だろう。庚申塔は元文4年(1739)の建立。

Dsc02235 中沢の坂(坂下方向) 前原橋通りの片山2丁目交差点から北西に下る産業通り。《地図

坂下の地名による坂名。

Dsc02238 さらに中沢川の方へゆるやかに下る。

Dsc02240 中沢川(暗渠)の所の石橋供養塔? ここに石橋が掛かっていたのだろうか?

Dsc02242 台座の文

「安永5年」・「為供養石橋」などが読める?

Dsc02245 馬頭観音(歴史民俗資料館の前あたり)

右側面に「右ハ 清戸道」 左側面に「北ハ 志木 南ハ 東京」とある。

Dsc02369 西坂(坂下から) 片山2丁目と野寺3丁目の間を南東に上る。坂上を行くと武野通りに出る。《地図

片山の一番西の坂ということか?

Dsc02371                    

坂上から

Dsc02256 八幡坂(坂上から) 野寺3-9と3-12の間を北西に下る。《地図

武野神社は以前は北向きの八幡社といわれていた。

Dsc02266 坂上方向

右が武野神社(旧八幡神社)・左が満行寺

Dsc02274 武野(たけしの)神社(旧八幡社)(野寺3-11)

明治末に栗原村の浅間神社、石神村の氷川神社など近郷の5社を野寺村の八幡社に合祀した。武蔵野の「武」と野寺の「野」をとって「武野神社」と改称した。源義家が奥州征伐の時に戦勝を祈願して立ち寄ったと伝える。

Dsc02269 説明板

Dsc02276 旧本殿

寛永年間(1624~43)の建立

Dsc02263 満行寺

古歌に「野寺の鐘」と歌われるのはこの寺という。文明18年(1486年)京都聖護院門跡の道興准后は関東下向の折にこの地に立ち寄り、「おとに聞く 野寺を問へば跡ふりて こたふる鐘もなき夕哉」(「廻国雑記」)と詠んだ。当時は戦乱の世で寺は焼けてなく、鐘も土中の埋まったままだったのか。

新座の民話-野寺の鐘』

Dsc02264 説明板

Dsc02270 今の「野寺の鐘」か

Dsc02279 身変地蔵尊(八幡坂の坂下)

「身代」ではない。

Dsc02281 庚申塔(野寺2-17、団子坂の坂下近く)

弘化2年(1845)の建立

Dsc02282 団子坂(餅屋坂) 県道24号の野寺小交差点から栗原2-5と野寺3-12の間を北方向に下る。 《地図

坂上に団子屋、坂下に餅屋があったといい。上から下へ下りるときには「団子坂」と呼び、下から上へ上るときには餅屋坂といったという。『新座市史 第四巻』 今は団子屋も餅屋もない。

Dsc02285 坂下方向

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