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2007年9月 6日 (木)

酒田市(山形県)の坂

2007年9月6日

Dsc01846_3  酒田駅(羽越本線)・・・本間美術館・・・福稲荷神社・・・八雲神社・・・妙法寺・・・竜厳寺・・・浄福寺唐門・・・秋田街道・願掛稲荷・相馬楼・舞娘坂(右の写真)・・・日枝神社参道・光丘文庫・日枝神社・旧白崎医院・・・日和山公園・皇太神社(神明様)・酒田港金刀比羅神社・・・神明坂・・・芭蕉坂・・・船着場近く・・・芭蕉坂・・・日枝神社随神門・・・・下小路坂(日和山通り)・海向寺・・・寺島彦助宅跡・・・実生橋(新井田川)・・・三居稲荷・山居倉庫・・・酒田奉行所跡・・・秋葉神社・・・本間家旧本邸・・・薬師神社・・・近江屋跡・・・鐙屋・・・伊東不玉邸跡・・・市立資料館・・・天正寺・・・清亀園・・・日枝神社・・・神明社・・・村社(伏見)稲荷神社・・・稲荷社・・・福徳稲荷神社・・・酒田駅

  【ルート地図

 酒田駅前は寂れている。真っ昼間なのに開いている店が少ない。新幹線が通っていないからか。台風が来る前のフェーン現象なのか今日も暑いが、空気が乾いているのが救いだ。相馬楼の前の坂を「舞娘坂」というのは知らなかった。後日、相馬楼のホームページで見つけた坂名だ。相馬楼でつけた坂名だろう。写真を撮っておいてよかった。舞娘坂の坂上から日枝神社の鳥居をくぐり石段を上り、光丘文庫、日枝神社社殿、旧白崎医院から皇太神社へ。このあたり一帯は日和山公園として整備されている。

 皇太神社(神明様)の石段下から真っ直ぐ下る神明坂の石段、右へ細い芭蕉坂が酒田港の方へ下っている。松尾芭蕉は元禄2年(1689)6月13日(陽暦7月29日)に鶴岡から川舟で酒田へ着いた。御米置場付近の船着場から芭蕉坂を上り、鶴岡街道と呼ばれる出町・六間小路を通って町中へ出て、伊東不玉宅へ向ったようだ。6月25日に酒田を立つまで、この間15日から象潟へ行き18日夕刻に酒田に帰着しているから酒田には9泊した。寺島邸・近江屋で句会なども催し、「奥の細道」にも二句残すが、酒田での記事は短い。

 下小路坂(日和山通り)を下り、芭蕉ゆかりの寺島邸跡・近江屋跡・不玉亭跡や、観光スポットの山居倉庫、本間家旧本邸、鐙屋などに寄りながら町中を歩いた。駅前とは違い平日なのに観光客も出ていて新旧入り混じった活気のある酒田の町だった。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc01827 本間美術館(御成町7)

Dsc01829 八雲神社(御成町交差点の所)

Dsc01830 妙法寺(相生町2-1)

「奥の細道」で酒田を訪れた芭蕉が泊まった医師伊東不玉の墓(再建)がある。

Dsc01832 妙法寺前の切通しの道

正面が妙法寺

Dsc01836 浄福寺唐門(中央西町4)

宝暦年間(1751~64)の建造で、寛政12年(1800)本間光丘が寄進したと伝う。

Dsc01839説明板

Dsc01841 秋田街道(相馬楼の東側)

芭蕉はここを通り象潟へ向ったのだろう。正面の木の下は願掛稲荷。

Dsc01843 舞娘坂(坂上方向) 相馬楼の前を北西に上る。正面が相馬楼 《地図

相馬楼のHPの住所の後に「舞娘坂」とある。相馬楼でつけた坂名か。「まいこ」と読ませるのだろう

Dsc01845 相馬楼(日吉町1丁目)

江戸時代からの料亭。今、JR東日本のCM(吉永小百合の)に出ている。

Dsc01844 舞娘坂(相馬楼の前の所)

Dsc01847 日枝神社へ(舞娘坂の坂上)

Dsc01850 光丘文庫(日吉町2-7)

Dsc01849 「光丘文庫」説明板

Dsc01852 日枝神社(日吉町2-7)

社殿は天明4年(1784)に本間光丘が寄進したという。

Dsc01857_2 旧白崎医院(南新町1-6)

大正8年(1919)建てられた木造洋風の外科医院。酒田大火(昭和51年10月29日夕刻発生)の後、昭和55年にここに移築、保存された。

Dsc01855 「旧白崎医院」説明板

Dsc01863日和山公園(南新町1丁目)から六角灯台(旧酒田灯台)、日本海方向。

Dsc01868 皇太神社(神明様)

Dsc01867 酒田港金刀比羅神社(皇太神社境内)

船頭たちの信仰が厚かった。

Dsc01869 神明様(皇太神社)から神明坂・芭蕉坂の坂上方向を望む。

Dsc01871 皇太神社石段下

左に旧出町の標柱が立つ。芭蕉坂・神明坂の坂上の所。この石段も神明坂に含まれるかも。

「旧出町」説明文:「明暦図や天和3年(1683)巡見使覚書には猟師町と出ている。元禄以降船場町が栄えると共にできたものであろう。 ここから秋田町に至る通りを鶴岡街道といい、鶴岡から赤川を下ってくる旅人で賑わった。芭蕉翁もここを通ったものと思われる。」

Dsc01872 神明坂 皇太神社の下から南に下る石段。《地図

【坂標】の説明文:「皇太神社(神明様)はもと下台町の北にあったが享保19年(1734)焼失後、元文5年(1740)に現在地へ建てられた。坂の石段は文化14年(1817)本間家四代光道が市街と湊との交通を便利にすることと、荷物運搬者の苦労を軽くする目的から作られ、神明坂と呼ばれるようになった。」 芭蕉が訪れた時は日和山公園あたりは砂山で皇太神社も神明坂の石段もなく、芭蕉坂を上り今の皇太神社の下に出て、鶴岡街道から伊東不玉宅へ向ったのだろう。

Dsc01876 芭蕉坂(坂上から) 《地図

皇太神社の下から北西方向に下る。

【坂標】の説明文:「昔、鶴岡・酒田間は赤川を走る日通し船で主に往来していた。旅人は御米置場付近から上陸するとこの坂を歩き、鶴岡街道とよばれる出町・六間小路を通って町へ出た。古い石段はそれを物語る。俳聖芭蕉も曽良とともにこの坂を歩いて伊東不玉宅を訪れたのであろう。」

Dsc01895 坂上

芭蕉が歩いた鶴岡街道は白い建物の右の道か?この道は今は秋田街道とぶつかる所まで続く。建物の左は皇太神社への石段。当時は神社も石段もなかったが、ここを上って神社裏から今の日枝神社随神門前を下る日和山通りが鶴岡街道なのか。この道は秋田街道を横切り真っ直ぐ伸び、伊東不玉邸の北側を通るが。

Dsc01881 石畳の道はここまで。

Dsc01886 さらに道なき道を進む。右側は日和山公園下。

Dsc01887 真っ直ぐ行くと酒井港に突当たる。

芭蕉と曽良は鶴岡から船で赤川を下り、このあたりにあった船着場で降り、芭蕉坂を上ったのだろう。(赤川は当時は最上川に合流していた。)

Dsc01897 皇太神社境内から日和山通り(鶴岡街道?)へ

芭蕉坂、皇太神社境内を上り、日枝神社の随神門の前へ続く道。

Dsc01900 随神門

天明7年(1787)に本間光丘が寄贈したというから芭蕉の時代にはなかった。

Dsc01899説明板

Dsc01901 下小路坂(坂下方向) 随神門の前あたりから南東に下る日和山通り。《地図

これが鶴岡街道か? 芭蕉はここを下り、秋田街道を横切り、伊東不玉宅へ向ったのだろうか。 坂上南側の町名だった「下小路」による坂名か。

Dsc01914 坂下から

Dsc01905海向寺(下小路坂の坂上近く)

即身仏堂に忠海上人、円明海上人の二体の即身仏(ミイラ)が安置されている。右の堂は粟嶋水月観音堂(あわしまさま)。

Dsc01907 海向寺縁起

Dsc01908 「あわしまさま」由来

女性一代の守り観音。

Dsc01918 寺島彦助邸跡 本町3-6 《地図

元禄2年6月14日(陽暦7月30日)に芭蕉が句会を開いた酒田湊御城米浦役人の寺島彦助、俳号「安種亭令道」の屋敷跡。

Dsc01922 三居稲荷神社(山居町1-2)

山居倉庫の裏側。

Dsc01921 説明板

Dsc01930山居倉庫(新井田川から)

NHK朝のTVドラマ「おしん」のロケ地に使われた。

Dsc01925 明治26年酒田米穀取引所の附属倉庫として建造され今も現役の倉庫として活躍。

Dsc01923 倉庫とケヤキ並木。

ここはよく出てくる構図だ。

Dsc01939 酒田奉行所跡(本町1-5)

Dsc01935 説明板

Dsc01936 鳥瞰図

Dsc01938 奉行所の敷地跡

Dsc01942本間家旧本邸(二番町12)

「本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に」と歌われた大地主。

Dsc01950 説明板

Dsc01951 伏龍(がりゅう)の松

樹齢400年以上の赤松。「門かぶりの松」とも。

Dsc01948

向い側の本間家別館の「お店」

Dsc01956 薬師神社(二番町12、本間家の北側)

Dsc01957 「薬師の森」由来

Dsc01958 酒田大火の時、空洞から火が入った欅。今は上の方から若木が出ている。

Dsc01961 「玉志近江屋三郎兵衛宅跡」の標柱

芭蕉が6月23日に句会を開いた近江屋三郎兵衛宅跡。酒田の発展に尽くした酒田三十六人衆の一人。

Dsc01960 近江屋宅跡 中町1-13の荘内証券の前。《地図

Dsc01963 鐙屋(中町1-14)

酒田を代表する廻船問屋

Dsc01964 伊東不玉亭跡(中町1-11)《地図

『奥の細道』に「川舟に乗りて酒田の湊に下る。渕庵不玉と云ふ医師(くすし)の許を宿とす。」とあるが、芭蕉が九泊したとは断定できないのでは?『曽良旅日記』には、(13日は)「留守にて明朝逢」とある。芭蕉が来訪することが分かっていて泊まったか、その日は他で宿をとったかだろう。

Dsc01965 上の3句の英語訳

全く俳句の味わい、風情が出ない。

Dsc01966_2 不玉亭跡 

Dsc01970 天正寺(相生町1-6)

Dsc01973 清亀園(浜田町1-11)

大地主の伊藤四郎右衛門家の別荘だった。

Dsc01972 清亀園庭園

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