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2007年9月 5日 (水)

上山市(山形県)の坂

2007年9月5日

Dsc01791_2  かみのやま温泉駅(山形新幹線)・・・眉川橋(前川)・足湯・・・三島坂・(上山城)・三島神社・・・古峯神社・・・観音坂・湯の上観音寺・愛宕神社・・・御館坂・・・月岡神社・御館坂・・・清光院・・・鶴の休み石(温泉発祥の地)・・・鶴舞坂・・・寿仙寺・鶴舞坂・中之坂・・・上山藩校明新館・武家屋敷・・・湯出坂・・・袖摺坂・・・天神坂袖摺坂・・・沢庵坂・・・春雨庵・松山地蔵・・・沢庵坂・・・栗川稲荷神社・・・安産地蔵堂・・・弥生橋(荒町川)・・・八幡神社・紅花地蔵尊・・・二日町共同浴場・・・願成寺・・・湯出坂・・・武家屋敷通り(中之坂上)・・・月待坂(上の写真)・・月岡神社・・・上山城・・・法円寺・・・市神様(市神石憧)・・・眉川橋・・・かみの山温泉駅

  【ルート地図

 上山城の周辺のかみのやま温泉街の坂道散歩です。城を中心に起伏のある静かな温泉町で散歩にはうってつけの所だが、今日は蒸し暑いのが玉に傷。昨日あたりから暑さがぶり返したそうで、台風のせいなのか。坂は多いが狭い範囲なので半日かけて汗びっしょりになりながら、途中二日町共同浴場で一風呂浴びて小休止などしてゆっくり回った。名のある坂には木製の坂標が設置してあって歩きやすいが、説明文が裏面に書いてあり読みづらい。興味がなければ裏までは見ないだろう。後ろの建物の塀や壁との間がなく読めないものもある。設置者も設置年月も書いてなく説明文もいまいちの感じだ。

 三島坂は月待坂へ続き、観音坂の坂上あたりから御館坂へ入る。鶴舞坂、中之坂、湯出坂は武家屋敷が残る同じ道筋。天神坂から袖摺坂、沢庵坂へと続く道は上山で一番古い道筋という。確かに曲がりながらゆるやかに上り下りする道には県道や車道で途中分断されてはいるが昔の面影が所々残っている。

 月待坂を最後に坂上の月岡神社境内から上山城に入る。十日町商店街の通り(羽州街道)を駅に向う途中に小さな市神様があった。永享3年(1431)造立でもとは松山(春雨庵や松山地蔵尊のある地区)にあったのを寛文の頃ここに移したという。行きにここは通ったのに気づかないほどで商店のかたわらにひっそりと祀られていた。

  写真をクリックすると拡大します。

Dsc01629 足湯(眉川橋の脇)

かみのやま温泉には5ヶ所の足湯がある。

Dsc01632 三島坂(坂下から) 十日町と沢丁の間から曲がりながら上山城、三島神社の方へ上る。《地図

【坂標】の説明文 「三島神社は城主土岐山城守頼行により上山城(月岡城)の守護神として萬治二年(1659)に奉られた。」
坂上に三島神社がある。右奥は上山城。

Dsc01634 坂下方向

Dsc01807_2坂上方向

上山城へ上る石段の所から。坂上を行くと月待坂の坂上に出る。

Dsc01643 三島神社

Dsc01644由緒

Dsc01649 古峯神社の庭園から

Dsc01650 古峯神社

火伏せの神。奇習「カセ鳥」が行われる。

Dsc01659 観音坂(坂下から) 十日町の湯の上観音寺の前を北西に上る。《地図

正面の石段上が湯の上観音寺、右は下大湯共同浴場。

Dsc01658 坂上方向

Dsc01664 湯の上観音寺(十日町9)

最上三十三観音第十番札所で室町時代から賑わった。

Dsc01661 最上四十八地蔵の第十四番延命地蔵菩薩(観音堂境内)

Dsc01666_2 愛宕神社(十日町11)

寛永5年(1628)第三代城主土岐頼行により建立。

Dsc01681 御館坂(坂の途中から坂上方向) 元城内の市民会館の南側から南西に上る。坂上は月岡神社境内。《地図

【坂標】 元禄5年(1692)、幕命により上山城(月岡城)の天守閣が取り壊された後、歴代城主の屋敷はこの坂の西側(市民会館付近)に建てられ、このあたりを御館と言っていた。

Dsc01683 坂下方向

Dsc01684 坂上方向

坂上は月岡神社境内

Dsc01688 月岡神社(元城内3)

元禄10年(1697)城主松平信通の建立。

Dsc01690_2 清光院(軽井沢1)

Dsc01679 温泉発祥の地(湯町)

正面に足湯、右に「鶴の休み石」、左に神社

Dsc01677_3「温泉発祥の地」・「鶴の休み石」由来碑

Dsc01678 鶴の休み石

長禄2年(1458)、旅僧月秀が沼地で鶴が傷を癒しているのを見て温泉が湧き出ているのを発見したという。ここはその源泉地とされる。

Dsc01691 鶴舞坂(坂下から) 湯町と鶴脛町の間を北に上る。《地図

【坂標】「肥前の僧侶月秀は長禄2年(1458)上山を訪れた時、足を痛めた鶴が沼池で傷を癒しているのを見て温泉を発見した。」

Dsc01694 坂上から

Dsc01696 寿仙寺(鶴脛町2-13)

Dsc01700 中之坂(坂上方向) 鶴舞坂の坂下から南西に上る。《地図

【坂標】「かつて上山城の西側は武家屋敷が立ちならんでおり湯町と新湯通りの中間にあるこの通りは中の町と言われてきた。」 

Dsc01701 坂下方向

Dsc01706上山藩校明新館(中之坂の武家屋敷通り)

Dsc01704 明新館説明板

Dsc01707 武家屋敷説明板

4軒の屋敷が残されている。

Dsc01711 旧曽我部家

Dsc01710旧曽我部家説明板

Dsc01714 裏側から

Dsc01722 湯出坂(坂下方向) 新湯1-1と1-3の間を北東に上る。 《地図

【坂標】「昔よりこの坂一帯は雪どけが早く温泉がでるのではと語りつがれていた。江戸時代には新之助坂と呼ばれていた。」

Dsc01725 坂上方向

Dsc01740袖摺坂(坂下近く) 新湯3と7の間を北東に上る。 《地図

【坂標】「この通りは上山で一番古い街道筋になっており昔は人の往来にくらべ道巾がせまく袖がふれ合うくらいであった。
右に曲がるあたりから沢庵坂の上りとなる。

Dsc01739_3 坂上から

今は道幅は広い。坂上で車道を渡ると天神坂が細く上っている。

Dsc01729_2 天神坂((坂下から) 袖摺坂の坂上から北東に上る。《地図

【坂標】「江戸時代までこの坂の近くに天神様(現在月岡神社に合祀)があったため「天神坂」と呼ばれるようになった。」

Dsc01735 坂上近くから

Dsc01742 沢庵坂(坂上方向) 袖摺坂の坂下あたりから南西に上る。荒町川を越え、県道を横切り、坂上に春雨庵。 《地図

寛永6年(1629)、京都大徳寺の高僧沢庵禅師は紫衣事件で三代将軍家光により上山へ流された。時の上山城主土岐頼行は禅師のためこの坂の上に庵を建て丁重にもてなした。

Dsc01748 坂上方向

県道を渡りさらに上る。

Dsc01761 坂上から

左が春雨庵

Dsc01755 春雨庵(松山2-10)

紫衣事件で上山へ流された沢庵のために藩主土岐頼行がこの庵を作り手厚く迎えた。

Dsc01762 春雨庵由緒

Dsc01759 沢庵坂の坂上からさらに上っている。手前左側に松山地蔵

Dsc01758 松山地蔵尊(上山四十八地蔵第十一番松山地蔵菩薩)

春雨庵の斜め向い側。

Dsc01768 栗川稲荷神社

Dsc01767由来

日光街道利根川沿いの葛飾郡栗橋の「栗」と「川」からつけた神社名。藩主松平家の守護神。今は商売繁盛、金運に霊験あらたかとか。

Dsc01772 安産地蔵尊

弥生橋(荒町川)近く

Dsc01779 八幡神社(二日町5)

Dsc01783 紅花地蔵尊(八幡神社境内)

Dsc01784 二日町共同浴場(八幡神社の西側)

入浴料100円

Dsc01787 月待坂(坂下から)鶴脛町1-6と新湯の月岡ホテルの間を南東に上る。《地図

【坂標】「上山城(月岡城)本丸跡は昔天神森と言われてきたがこの地から眺める名月はすばらしくこの後月岡と呼ばれるようになった。」

月は坂上あたりから眺められるのか。坂上を行くと三島坂の坂上につながる。

Dsc01789 坂下方向

正面は自然休養林がある経塚山(403m)だろう。

Dsc01800上山城(元城内3)

昭和57年に上山(月岡)城址に建設された。中は歴史・郷土資料館になっている。

Dsc01801 上山城の沿革

Dsc01806 上山城から東方向

中央下は法円寺の屋根か。

Dsc01816 市神様(市神石憧) 十日町2 《地図

Dsc01814市神石憧説明板

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コメント

上山の坂の紹介とは面白いですね。
関連記事の方で、ご紹介しておきました。

上山城さま

 コメントと、貴ブログにも紹介していただき有難うございます。山形には芭蕉が「おくの細道」で歩いた坂など、いずれまた訪れるつもりです。今後ともよろしくお願いします。

投稿: 上山城 | 2007年12月17日 (月) 18:03

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