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2007年11月12日 (月)

川越市の坂-1

2007年11月12日

新河岸駅(東上線)・・・地蔵院・・・旧川越街道・・・春日神社・・・河岸街道・道標道祖神・・・旧川越街道・・・一騎坂・・・烏頭(うとう)坂(旧川越街道)・熊野神社・・・国道16号・・・浅間神社古墳・・・愛宕神社古墳・・・仙波河岸史跡公園・・・仙波氷川神社・・・旧川越街道・・・妙善寺・・・菅原神社・・・川越八幡神社・相撲稲荷・・・三変稲荷神社古墳・・・喜多院・慈眼堂古墳・・・出世稲荷・・・大手門跡(川越市役所前)・・・川越城富士見櫓跡・・・本丸御殿・・・大手門跡・・・札の辻・・・時の鐘・・・法善寺・・・連馨(れんけい)寺・・・熊野神社・銭洗い弁天・・・川越駅(東上線)

 快晴の気持ちいい天気の中、川越駅の一つ前の新河岸駅で降り、旧川越街道沿いにあちこち寄りながら終着点の大手門跡まで歩く。と言うものの坂は2つだけ。古墳の方が多い坂道散歩だった。

 新田義貞が駆け下りたという急坂の一騎坂は今はさほどの傾斜もない、車の往来の絶えない普通の坂になっている。旧川越街道の、道興准后の歌にも詠まれ、明治時代までは荷車の後押しが駄賃をもらっていたという烏頭坂も長いがなだらかな坂で、坂上の現川越街道との交差点は車が数珠つなぎだ。とにかく車が多い。旧川越街道も、蔵造りの家並みが残る一番街通り、中央通りも車が渋滞していて散策には目障りだ。

 旧川越街道の終着点の大手門跡から右へ入り、川越城富士見櫓から本丸御殿跡へ回り、大手門跡の戻り、高札場があった札の辻から南へ、時の鐘などがある川越のメインルートを歩く。和様のレトロの建物が並んでいていい景観を残しているが、平日でもかなりの人出で、車も通りに連なっていて歩くのに疲れる。やっぱり観光客が来ない静かな坂道散歩の方がいい。

  【ルート地図

 写真をクリックすると拡大します。

Dsc03959 春日神社(砂新田137)

慶安年間(1648~52)の建立と伝える。古墳の上に建てられているともいわれる。

Dsc03962 道標道祖神(旧川越街道と現川越街道の間の河岸街道沿い。御代橋の一本手前(南側)の通り。)

右側面に、「新河岸街道」 左側面に「扇河岸道」とあり、嘉永3年の建立という。

Dsc03965 御代橋から不老川(上流方向)

Dsc03967 旧家(旧川越街道沿い)

Dsc03972 一騎坂(坂上方向) 岸町2-25と3-1の間を北西に上る。坂上に城南中学校。《地図

鎌倉幕府打倒の兵をあげた新田義貞が上野国新田から鎌倉へ向う途中、ここまで来ると道が狭いうえ、急坂なため、先頭の馬が止まって動かなくなった。馬上の武士もあまりの急坂と、眼下に広がる広漠たる草原や森林に、思わず馬を進めるのをためらった。すると、新田義貞が先頭に出るや、馬に鞭をあて、疾風のごとく駆け降り、見本を示したという。家来も続々と坂を駆け降り、鎌倉を目指したという。『小江戸川越歴史散歩』より。今は急でもなく、眼下に広がるのは草原、森林でもなく絶え間なく続く車の波だ。この写真を撮るまでに、10分以上?待った。

Dsc03974 坂上から

Dsc03981 烏頭坂 岸町2-4と2-22の間を北西に上る旧川越街道。《地図

川越街道最後の坂。「うとう」は海鳥の「善知鳥」、うとうの嘴のように突き出している地形上の坂なのでこう呼ばれる。このあたりは江戸初期には宇戸沢村といっていたらしい。「うとう坂」は各地にある。

Dsc03980 説明板

廻国雑記」の道興准后は、餅井坂(横浜市南区)・八幡坂(新座市)の野寺でも歌を残している。

Dsc03978 坂下方向

Dsc03983 熊野神社(烏頭坂の途中の西側)

Dsc03988 烏頭坂上の歩道橋から東京方面

下に東上線が通る。

Dsc03992 浅間神社古墳(母塚) (富士見町33-1)

仙波古墳群の一つ。円墳で高さ約5m、直径42m、6世紀中頃の築造。

Dsc03990 説明板

周囲42mは直径42mの誤りのようだ。

Dsc03994 愛宕神社古墳(父塚) (富士見町21)

6世紀中頃の、2段築成の円墳。仙波古墳群の一つ。

Dsc03993 説明板

Dsc03997仙波河岸史跡公園の「仙波の滝」(仙波町4-21)

舟運(しゅううん)で賑わった仙波河岸は、明治になって開かれた。新河岸川で一番上流で、一番新しい河岸。

Dsc03998 滝の後ろの水神宮(左の小祠)と倶利伽羅竜王

Dsc03996 明治34年頃の滝の回りで憩う人たち。

茶店が出ている。

Dsc04001 仙波河岸場跡(史跡公園内)

新河岸川へ続いていた。

Dsc04003 仙波氷川神社(仙波町4-19)

仙波氏が延久3年(1071)に創建したと伝える。右の塚も小円墳の名残か。

Dsc04006_2さつまいも地蔵(妙善寺境内・菅原町9)

Dsc04005 説明板

Dsc04012 相撲稲荷(川越八幡宮境内・南通町19)

打ち身、捻挫にご利益あり。

Dsc04011 民部稲荷(相撲稲荷)由来書。

Dsc04016 三変稲荷神社古墳(小仙波町4-9)《地図

Dsc04018 4世紀後半の一辺約20mの方墳というが形は崩れている。入間郡最古の古墳の一つ。

Dsc04015 稲荷神社の後ろから

Dsc04020旧家

Dsc04026 慈眼堂(喜多院内)

古墳の上に建つ。

Dsc04025 説明板

Dsc04027_2慈眼堂古墳

6世紀の全長80mの前方後円墳

Dsc04032 どろぼう橋(喜多院境内)

Dsc04036 由来書

Dsc04041 出世稲荷(いちょう稲荷)・(松江町1-7)

いちょうは樹齢600年余り。

Dsc04039 説明板

Dsc04044 旧家(旧川越街道沿い)

Dsc04046 瘡守稲荷(久保町4)

Dsc04047川越キリスト教会(松江町2-4)

Dsc04052旧家

Dsc04054旧家

Dsc04055土蔵

Dsc04056 大手門跡碑・太田道灌像・川越市役所

戦国の武将らしく、引き締まった顔立ちでスリムな体型だ。ここは『川越・児玉往還』の起点でもある。

Dsc04058川越城富士見櫓跡(郭町2-15)

Dsc04057 説明板

Dsc04060 富士見櫓の頂上

今は晴れていても富士は見えない。

Dsc04061 櫓跡に立つ浅間神社と御岳神社

Dsc04059 川越城説明板

Dsc04064川越城図

Dsc04062 本丸御殿(郭町2-13)

Dsc04066_2時の鐘(幸町15-2)

Dsc04070埼玉りそな銀行川越支店(幸町4-1)

大正7年建築のルネサンス風の建物。国の登録有形文化財。

Dsc04072_3 田中屋(仲町6-4)

一階が喫茶店?、二階は美術館。

Dsc04073

Dsc04074 「まめ屋」(仲町5-13)

Dsc04076銭洗弁天(連雀町8の熊野神社境内の厳島神社の通称。)

Dsc04075 由緒書

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コメント

「まめ屋」(仲町5-13)
この店は、元来川越ではありません。
あそこは角地でありながら、いろいろな
食べ物屋が入ってましたが、全部だめ。
12.3年くらい前からこの「まめ屋」が入り
観光客相手に何とか持ちこたえてます。
ちょっと気になったんで、すいません。

投稿: おやじ | 2011年9月27日 (火) 06:06

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