鎌倉市の坂-3(鎌倉街道下の道②)
2007年11月21日
金沢八景駅(京浜急行線)・・・国道16号・・・県道23号・・・上行寺・・・鼻欠地蔵・・・朝比奈(朝夷奈)切通し・・・熊野神社・・・朝比奈切通し・・・三郎の滝・・・泉橋(太刀洗川と滑川の合流点)・・・切通し庚申塔・・・十二所(じゅうにそ)神社・・・もりと橋(滑川)・・・光触(こうそく)寺(塩嘗地蔵)・・・足利公方邸跡・・・浄妙寺・・・杉本寺(ここまで鎌倉街道下の道)・・・犬懸橋(滑川)・・・田楽辻子(ずし)みち・・・釈迦堂切通し・唐糸やぐら・・・逆川・・・ハイランド・名越切通し分岐・・・・・・名越切通し・・・まんだら堂跡・・・大空洞(おおほうとう)・・・逗子駅(JR横須賀線)
金沢八景駅から県道23号(金沢街道)に出て西へ、この道は六浦から塩を運んだ道で、六浦道(路)、塩の道とも呼ばれた。また鎌倉街道の「下の道」の道筋でもある。
大道中学校バス停そばに磨崖仏の鼻欠地蔵があるが風化していて、説明板がなければ通り過ぎてしまうだろう。朝比奈バス停の先で、「朝夷奈切通」の道路標識を左に曲がると切通しに向う道になる。古道の面影がよく残る切通しの途中から左に入り、鎌倉の艮(鬼門)の守護神だった熊野神社へ寄る。切通しへ戻り進むと下りとなり、道が湿って、ぬかるんで歩きにくくなる。この水の流れが太刀洗川となっていく。下って切通しの鎌倉側の入口に小さな三郎の滝が落ちている。このあたりに梶原太刀洗の名水があるはずだが見当たらず、太刀洗川が滑川に合流する泉橋へ出る。
滑川沿いに進むと金沢街道に出る手前の崖上に切通し庚申塔が立っているがこれも見つけにくい。光触寺の塩嘗地蔵の伝説は、ここを塩が通った「塩の道」であったことを物語る。杉本寺の裏山の杉本城跡に行こうと思っていたが、私有地になっていて通行不能とのこと。
鎌倉街道から分かれ、杉本寺の前の犬懸橋を渡り、釈迦堂前に田楽師が住んでいたという「田楽辻子のみち」から釈迦堂ケ谷の釈迦堂切通しへ向う。釈迦堂がどこにあったかは不明らしい。釈迦堂切通しは鎌倉七切通し(七口)には入らないが、切通しというよりは大きな岩場をくり抜いた洞門だ。(上の写真) その景観は迫力があり見ごたえがある。落石、崩壊の恐れで通行止めで、いくつも標識が立っているが、皆?平気で通っている。「赤信号、みんなで渡れば何とやら」か。
釈迦堂切通しを抜け、南に行き逆川を東に進むと川と離れるあたりから人家が少なくなり、畑の間を過ぎ、山道の上りとなる。途中、何箇所も倒木が道を塞いでいて歩きにくい道だ。あまり通られていない道のようだ。かまわず上ると、しっかりと踏み固められた道に出た。逗子ハイランドと名越の切通しを結ぶハイキングコースだ。ここまで来れば後は「逗子市の坂-4」で歩いた近くなので土地勘もある。その時は名越切通しからお猿畠の大切岸を経て法性寺へと下った。今日は切通しからまんだら堂跡、おおほうとう(大空洞)を抜けた。大空洞も釈迦堂切通しを見た後ではなんてことはない岩の間の細い道だ。逗子市小坪の長い坂を下って、披露山入口の前を通り逗子駅に向った。
【ルート地図】(下の道・南回り)
写真をクリックすると拡大します。
左下に地蔵の磨崖仏が彫られている。
朝比奈バス停の少し先で、「←朝夷奈切通」の道路標識から左へ入る。
説明板、庚申塔などが並ぶ。
鎌倉と六浦を結ぶ古道。北条泰時が改修したというから、それ以前からこの道筋は存在したのだろう。和田義盛の三男で巴御前を母に持つ、朝比奈三郎義秀が太刀で一日一夜にして切り開いたという伝説がある。
鎌倉の鬼門の北東にあたり、鎌倉守護神として祀られた。
これが太刀洗川となる。
朝夷奈切通しの碑(三郎の滝の横)
朝比奈切通しを開いたという、朝比奈三郎にちなむ滝。ここから右に分岐して十二所果樹園の方へ上るのが「七曲り(坂)」。
一番右は馬頭観音。崖上には上れない。下からよく見ないと分からない。
十二所神社近くの金沢街道沿い。
十二所(じゅうにそ)神社(十二所285)
弘安元年(1278)の創建という。
塩嘗地蔵(光触寺) 【ル-ト地図】の2
もとは金沢街道(塩の道)にあった地蔵で、朝比奈峠を越えて鎌倉に塩を売りに行った塩売りが、塩を供えるとなめてしまったという伝説がある地蔵さん。
足利公方邸旧蹟碑(浄明寺4-2)
鎌倉五山の一つ。
天平6年(734)に行基の創建という鎌倉最古の寺。裏山に三浦氏の衣笠城の枝城の一つ、杉本城跡があるが拝観券売場の人の話では私有地のため通行不能という。
鎌倉街道の「下の道」は西へ進み鶴岡八幡宮へ向かうが、分かれて釈迦堂口切通しへ向う。
杉本寺の前から犬懸橋(滑川)を渡り、釈迦堂ケ谷へ行く途中の辻。
北条泰時が釈迦堂を建てたことに由来する名。釈迦堂がどこにあったのかは不明。本尊の釈迦如来像は目黒の行人坂 の大円寺に安置されている。
浄明寺の屋敷町から大町・名越の商業地区への近道としてつくられたもの。鎌倉と外の地域を結ぶ切通しではないため、「鎌倉七口(七切通し)」には含まれない。
切通しの中の崖上。「やぐら」は中世の横穴墳墓。
名越切通し説明板
調査、整備してやぐら群を中心とした史跡として公開するというが何時になることやら。
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