鎌倉市の坂-5
2007年12月5日
鎌倉駅(横須賀線)・・・鉄(くろがね)の井(鎌倉十井)・・・鶴岡八幡宮・・・志一稲荷・・・巨福呂(こぶくろ)坂切通し(跡)・青梅聖天社・・・巨福呂坂洞門(右の写真)・・・円応寺・・・第六天・・・長寿寺・・・(建長寺)・・・亀ケ谷切通し・・・薬王寺・・・岩船地蔵堂・・・底脱(そこぬけ)の井(鎌倉十井)・海蔵寺・・・化粧(けわい)坂切通し・・・銭洗弁天・・・佐助稲荷・・・長谷トンネル・・・一向堂公園・・・裏大仏ハイキングコース・・・大仏坂トンネル・・・火の見下バス停・・・大仏切通し・・・裏大仏ハイキングコース・・・大仏坂・・・(鎌倉大仏)・・・油井ケ浜大通り・・・御成通り・・・鎌倉駅
鉄の井から鶴岡八幡宮沿いに鎌倉街道を巨福呂坂切通しに向うが、道は民家の間に入り途中で途切れてしまう。落石防護施設の巨福呂坂洞門の天井部分が開口されていて(上の写真)、切通しを歩く気分を出すようにしているというが、巨福呂坂切通しは国指定史跡なのに何とかならないものか。
洞門を抜け、建長寺の先の長寿寺の所から亀ケ谷切通しに入る。上って下り岩船地蔵堂の所を右折し、横須賀線の線路をくぐり海蔵寺へ寄る。途中、色づいた木々にカメラを向けているいる人が多い。それほど大した黄葉、紅葉でもないと思うのだが。(余計なお世話だ)
海蔵寺から少し戻り右に曲がり、化粧坂切通しへの道へ入る。切通しというより大きくカーブするごつごつした岩場の坂で、湧水で濡れていて歩きにくい。化粧坂切通しの上の源氏山公園から下ると銭洗弁天だ。ここには何回か来て銭を洗ったがいっこうに銭が貯まる気配もないので今日はやめにする。
銭洗弁天から急坂を下り、右折して佐助稲荷へ向う。佐助稲荷の幟が両側に立つ石段の参道下で外国人観光客が笑って何か大声で喋りながら写真を撮っていた。何が可笑しいのか、嬉しいのか、こんな風景が珍しいのか。石段を上った境内の拝殿、その後ろの本殿を見てガッカリしなければいいがと思ったりした。(これも余計なお世話)
佐助稲荷の拝殿脇の石段を上ると途中から急な山道の感じとなり、ハイキングコースに出る。裏大仏ハイキングコースに出て下り、大仏切通しへの道に入るつもりだったが、間違えて直接鎌倉大仏の方へ下りるコースに入ってしまう。この道は途中で一般道に合流してしまう。仕方なく長谷トンネルを抜け、一向堂バス停あたりから南に入り、一向堂公園の中から上って裏大仏ハイキングコースへ上がった。少し下ると通行止の標識が立つ道があり、ここが大仏切通しへの道と思ったが、大事をとって?そのまま下って大仏坂トンネルを抜け、火の見下バス停から切通しへ続く道に入った。狭い民家の間の道を抜けると突如、大仏切通しの入口という感じだ。この切通しの道はあまり通られていない様子で、静かな自然のまま、昔のままの道という風で気に入った。
大仏切通しを抜けると道は二手に分かれ、直進する道にはここにも通行止の看板が立っている。左の道を行けばすぐ常盤住宅で一向堂公園も近くで、さっき歩いた道から裏大仏ハイキングコースへ出られる。かまわず直進すると倒木などがあり少し歩きにくいがすぐ下りとなって、反対側の通行止のところへ出る。なぜ通行止にしているのか分からない。事故でもあって世界遺産に登録する支障となるのを恐れてもいるのか。それなら歩きやすいようにちょっと整備すれば足りるのに。道は使われず、通られず放置されればすぐ崩れていく。そんなことを考えながら大仏坂を下り、大仏さんを入口の門の格子の隙間から拝み、暑くなるほどの陽射しを頭と背に浴びながら由比ヶ浜大通り、御成通りを鎌倉駅まで歩く。
【地図】
写真をクリックすると拡大します。
鉄(くろがね)の井(鎌倉十井) (鎌倉街道と横大路の交差する所。雪ノ下1-8)
この井戸から鉄(くろがね)観音の首が掘り出されたという。
志一稲荷(雪ノ下2-3)
鎌倉街道中ノ道の基点だった。
平成元年に立てられたものだが、消えかかっていて読みづらい。
本尊の歓喜天は、夫婦円満・男女和合の神といわれているが、もとは足柄峠の聖天堂と同様に巨福呂坂往来の安全のため祀られたとのこと。
無理に進めば行けないことはないと思うが、皆ここで引き返すようだ。
巨福呂坂はここへ通じていた。少し進んでみる。《地図》
トンネル状の落石防護施設。天井部分が切開かれ切通しを歩く気分を味わえるというが。
右に送水管トンネルが見える。
山ノ内から鎌倉へは入る最も近い道筋。亀も途中でひっくり返るような急坂だったとか。巨福呂坂と同様、鎌倉街道中ノ道の基点だった。関東管領扇ケ谷定正が住んでから、扇ケ谷というようになった。
岩船地蔵堂(扇ガ谷3-3)
源頼朝の娘の大姫を供養すると伝える。向い側に鎌倉十井の「扇の井」がある。(個人の家の中)
底脱(そこぬけ)の井(鎌倉十井)(扇ケ谷4丁目の海蔵寺の前) 海蔵寺には、「十六の井」もある。
平家の武将の首を化粧して首実検をしたとも、この付近に遊女が住んでいた、遊郭があったからともいわれている。
銭洗弁天(佐助2-25)
佐助稲荷(佐助2-22)
源頼朝、佐殿(すけどの)を助けたのでこの名があるとか。
右へ上ってから裏大仏ハイキングコースを下るのを間違えて、左へ下ってしまう。
この道はしばらく行くと行き止まりで一般道に出てしまう。長谷トンネルを抜け一向堂公園の中から裏大仏ハイキングコースへ上った。
裏大仏ハイキングコースから大仏切通しへの道。通行止めになっている。
大仏坂トンネル(左)・裏大仏ハイキングコースへ(右の石段)。石段上の通行止の標識の所が大仏切通しへの道だと思ったが、大仏トンネルを抜け、切通しの反対側の入口のある火の見下バス停へ向う。
火の見バス停の後ろの家と駐車場の間の道を入って突当たり右に曲がる。
真っ直ぐ上る道は通行止め。左へ行けば常盤住宅に出て、一向堂公園の中から裏大仏ハイキングコースの終点の大仏トンネル近くに出られる。
真っ直ぐ行くと上って下り、すぐ反対側の通行止の標識の所へ出る。
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