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2008年1月11日 (金)

長崎市の坂-3

2008年1月11日

Img_1736 長崎駅・・・十人町の坂・ピエル・ロッチ寓居地・・C・M・ウイリアムズ宣教師舘跡・オランダ坂②右の写真)・英国聖公会会堂跡・居留地の石段坂(海星学園)・・・オランダ坂③(切通し(ロティ坂)・活水坂)・活水学院・・・オランダ坂通り・オランダ坂②(ジョー・コインの坂)・南山手洋風住宅街・誠孝院・・・石橋電停・・・相生地獄坂・(グラバースカイロード)・・・グラバー園・・・長崎伝統芸能舘・・・コンスイ坂(ゆずりはの坂)杠葉(ゆずりは)病院・・・ドンドン坂・マリア園・・・プール坂・浪平小学校跡・・・(下がり松)オランダ坂④(グラバー通り)・・・大浦天主堂・・・香港銀行跡・・・諏訪神社・新相生通り・・・南山手レストハウス・・・祈念坂・・・諏訪神社・妙行寺・・・国際あいさつ通り・・・石橋電停・・・長崎水辺の森公園・・・出島オランダ商館跡・・・長崎駅

 天気予報どおり朝から雨だ。薄暗い雨の中をオランダ坂へ向う。雨のオランダ坂散歩も情緒があっていいもんだ。とはいかない。道も不慣れで、通学時間帯で海星学園の生徒、活水学院の女学生が十人町の坂を上って行く。雨と車と、女学生を避けながら坂の写真を撮るのは至難の技?だ。やっとシャッターチャンスが来たと思ったら、暗いせいか、カメラがぼろいのかシャッターが下りない。

 それでもなんとかオランダ坂をクリアーしたが雨が強くなってきた。坂下の公民館の軒下でしばし雨宿りしていたが寒いので中へ入ったら公民館ではなく病院だった。かまわずに待合室で小休止して、石橋電停の電車通りを渡り、相生地獄坂の石段を上る。斜行エレベーターのグラバースカイロードが平行して、グラバー園の方へ上っている。斜行エレベーターの次ぎは少し離れて垂直エレベーターが上っているが、意地でも乗らずに地獄坂を行く。

 雨がどしゃ降り、滝のように降ってきて前が見えずに上って行ったら、民家の玄関前に出てしまって行き止まりで引き返す有様だ。名前の通りの地獄坂だった。グラバー園の旧三菱第2ドックハウス内に入った時は膝から下と靴の中はぐっしょりの状態だが、それよりも地図が濡れて破れかけてきたのには参った。グラバー園の紹介ビデオを2回半見て、案内の女性と長話しをしている間に雨も少し小降りになってきた。

 グラバー園を出て、グラバー通りを南西に向う。観光客もこちらの方には足を伸ばして来ず静かだ。コンスイ坂、ドンドン坂、プール坂とも長崎港方向に下る直線的な急坂だ。グラバー通りを戻り、(下がり松)オランダ坂を下り、大浦天主堂に寄る。天主堂の脇から諏訪神社へ抜け、新相生通りをグラバー園近くの南山手レストハウスまで上り返す。この坂が祈念坂かとも思っていたがどうも違う感じだ。犬と散歩している人に聞いて祈念坂の下り口がはっきりした。しばし、長崎や坂の話をして祈念坂を下る。なるほどこの坂もなかなか情緒豊かな坂で気に入った。坂下から石橋電停に出て、長崎水辺の森公園から復元されつつある出島オランダ商館跡を見学した頃には雨はすっかり上がっていた。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1717_2 十人町の坂(坂上方向) 十人町2と9の間を南西に上る。《地図

別名を「ピエル・ロチの坂」

Img_1723 坂上方向

坂の途中に「ピエル・ロチ寓居の地」碑と説明板が立つ。

坂上からオランダ坂②の下りとなる。

Img_1719 説明板

Img_1727 C・M・ウイリアムズ宣教師舘跡(オランダ坂②の坂上近く)

日本初の新教教会堂の英国聖公会教会堂を建てた。

Img_1728 オランダ坂②(坂下方向) 活水学院と海星高校(英国聖公会会堂跡)の間を南西に下り、オランダ坂通りと合流し、東山手洋風住宅群と誠孝院の間を南西に下る坂。【ルート地図】の① 右が活水学院

外国人が石橋から英国聖公会会堂に行くために通った坂なのでこう呼ばれるようになった。

Img_1734 坂上方向

正面は活水学院

Img_1738 「英国聖公会 会堂跡」碑(オランダ坂①の途中の海星学園の石垣の所)

オランダ坂の由来も書かれている。

Img_1765 聖公会会堂碑から海星学園の間を上る石段。

居留地時代の石段。

Img_1767 坂の途中から坂下方向

Img_1754 オランダ坂③(切通し(ロティ坂)から活水坂へ続く坂) 活水学院と東山手十三番舘・十二番舘の間を南東から東方向に上る。 坂下の切通しから坂上方向。《地図》 ここの部分をピエル・ロチにちなんでロティ坂というらしいが、今は使われてなくオランダ坂③に含める。

Img_1751_2 左はオランダ坂③(活水坂)、右はオランダ坂②のジョー・コイン(誠孝院)の坂へ続くオランダ坂通り。

Img_174155 オランダ坂③(切通し・ロティ坂)の坂下方向

Img_1743 坂の途中の地蔵さん

Img_1748 オランダ坂③(活水坂)(坂上方向) 【ルート地図】の②

左が活水学院、「オランダ坂」の石柱が立つ。活水学院は、明治12年(1879)メシジスト派の宣教師、エリザベス・ラッセル女史とジェニー・ギール女史が東山手16番に設立した日本の女学校の草分け。活水の名前の由来はヨハネ伝の「さらば汝に活ける水を与えしものを」から。『長崎さるくマップブック』

Img_1758 坂下方向

Img_1759 坂上方向

坂上はオランダ坂②の聖公会会堂跡碑のある石段近く。

Img_1761 坂下方向

Img_1771

オランダ坂②(右)とオランダ坂③(切通し)が合流する所。

このあたり(昭和会病院?の前)に「オランダ坂通り」の標識がある。

Img_1772 合流点からオランダ坂②(ジョー・コインの坂)へ続くオランダ坂通り。

このあたりは傾斜は感じられないがが、これもオランダ坂の一部だろう。
ゆるやかな下りとなって右へ急坂となる。

Img_1776 急坂となって下るオランダ坂②(ジョー・コイン(誠孝院)の坂)

斜度20%

Img_1779 右が東山手洋風住宅群(7棟)

Img_1781 明治20年代後半に建てられた木造洋館7棟が保存されている。

Img_1783 左が誠孝院(ジョウコウイン)

Img_1786 誠孝院(東山手町7)

日蓮宗の寺

Img_1785 坂上方向

Img_1794 坂下から

左下の斜度20%の標識。

Img_1798 相生地獄坂(右の階段)・グラバースカイロード(斜行エレベーター)(左) 《地図

グラバースカイロードは地域住民の足として設置されたものだが、グラバー園への観光客も乗れる。無料だがやっぱり歩くべきだ。でも今度、一回乗ってみようか。

Img_1799

坂下方向

Img_1802 雨に煙っている。

Img_1804 グラバースカイロードを降りて、この垂直エレベーターに乗ればグラバー園の第2ゲートに着くが。

Img_1806 垂直エレベータに乗らずに、雨で暗くなっている中を相生地獄坂を上る。どしゃぶりでシャワーのような雨になった。前がよく見えずに上って行ったら民家の玄関の前へ出て行き止まりで引き返す。地獄坂に偽りなしか。

Img_18112 グラバー園

旧三菱第2ドックハウス

Img_1817 旧ウオーカー邸

Img_1820 旧長崎地方裁判所長官舎

Img_1822 旧リンガー邸

Img_1826旧オルト邸

Img_1829 旧スチイル記念学校

Img_1833 旧グラバー邸

Img_1831 「マダム・バタフライ(蝶々夫人)」を演じる三浦環の像

Img_1836_2稲佐山方向

Img_1841 旭大橋・夢彩都方向

Img_1850 コンスイ坂(ゆずりはの坂) 南山手町の杠葉(ゆずりは)病院の前から北東に海岸の方へ下る。《地図

コンスイとはロシア語で領事館のことで、ロシア領事館があった。『長崎坂づくし』 坂の途中に土地の所有権?を示すロシアの看板が取り付けてある所があった。

Img_1852 坂下方向

正面奥は長崎港

Img_1853 坂下から

左に斜度20%の標識

Img_1857 ドンドン坂 東山手町12と15の間を南東に上る。坂上はグラバー通り、マリア園 【ルート地図】③

急坂で、雨が降ると流れ落ちる水がどんどん早くなるからとか、歩いて下り出したらどんどん勢いがついて止まらない坂だからとも。両側の側溝(U字溝か三角溝)を勢いよく雨水が流れている。横浜市の山手にも洋風側溝の「ブラフ溝」がある。二つの市には歴史的にも地形的にも共通点がある。この坂は映画、TV、コマーシャルなどによく登場する坂。

坂下左に「ドンドン坂」の標示。坂上にもある。

Img_1869 坂下方向

正面は長崎港

Img_1875 坂上から

Img_1878 坂上にマリア園(南山手町12)

Img_1880 プール坂 南山手町14と16(浪平小学校跡)の間をグラバー通りから南東に上る。《地図

浪平小学校のプールに沿う坂だが、浪平小は去年(平成19年)の3月に廃校。跡地とプールはどうなるのだろうか?

Img_1886 坂下方向

Img_1888 坂上方向

右側がプール。

Img_1901 

プール坂の坂上からさらに上った所から長崎港

この上は行き止まり。

Img_1910 (下がり松)オランダ坂④(坂下方向、右はグラバー園) 

南山手町の全日空グラバーヒルから大浦天主堂、グラバー園入口の上るグラバー通り。【ルート地図】④

グラバー邸に「下がり松」という大きな松があり、海岸通りの埋立地を「下がり松」と呼んだ。その後、「下がる」は縁起が悪いので松ヶ枝町に改称された。『長崎坂づくし』

Img_1932 大浦天主堂の前を下る。

Img_1919 大浦天主堂(南山手5)

元治元年(1964)の竣工。「26聖殉教者天主堂」と命名された、26聖人の殉教地の西坂に向って建てられている。

Img_1924 正面のマリア像

Img_1930 坂下方向

Img_1934 坂下から

Img_1940 旧香港上海銀行

(下がり松)オランダ坂④の坂下

Img_1942 説明板

Img_1950 新相生通り 相生町10の諏訪神社と相生町11の間を曲がりながら南西方向に南山手レストハウス、グラバー園の方へ上る。《地図

Img_1953 坂下方向

Img_1962 坂下方向

Img_1964 南山手レストハウス(新相生通りの坂上近く)

Img_1965 説明板

Img_1970 祈念坂(坂上から) 諏訪神社と大浦天主堂の間を南山手レストハウスの方へ上る。新相生通りの北側の坂。【ルート地図】の⑤

大浦天主堂、諏訪神社、妙行寺(坂下)に接する坂で、お祈りするには絶好の坂。地元では「祈りの三角ゾーン」とも呼ばれている。映画「解夏」にも登場する坂。

Img_1978 坂上方向

Img_1983 祈念坂

坂の途中に貼ってある。

Img_1996 大浦天主堂の所で左に曲がって上る。

Img_1991 諏訪神社

Img_1997 国際あいさつ通り

諏訪神社下から石橋電停の方へ下る。

Img_2001 石段下のT字路に案内図

右上に「祈念坂」、その左が「新相生通り」、その下が「国際あいさつ通り」、左が「相生地獄坂」

Img_2010 長崎水辺の森公園(常盤町)から長崎港

正面は長崎女神大橋

Img_2012 稲佐山方向

Img_2015 旭橋・夢彩都方向

                     

Img_2023 出島オランダ商館跡

昔は手前の中島川は海だった。

詳細は、『蘇る出島』で

Img_2033_2 表門

Img_2028 出島の絵

Img_2043 ミニ出島

15分の1モデル。

Img_2040 出島内

Img_2039_2 カピタン部屋

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コメント

「坂ミシュラン」は以前から知っていて参考にさせてもらっています。リンクも貼っていただき嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

投稿: 坂道散歩(ヤタガラス) | 2009年5月18日 (月) 14:28

こんにちは。
坂ミシュランというサイトをやっている者です。

たくさんあって訳がわからなかったオランダ坂の謎が解けてすっきりしました。
リンクも貼らせていただきましたのでよろしくお願いします。

投稿: 坂ミシュラン | 2009年5月10日 (日) 11:24

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