« 所沢市の坂ー4 | トップページ | 長崎市の坂-6 »

2008年2月11日 (月)

長崎市の坂-5

2008年2月11日

Img_2393_2 長崎駅・・・旭大橋・・・旭町通り・・・ロシア村跡・・・三菱通り・・・恵美須神社・・・変電所の坂・九州電力飽浦変電所・・・三菱通り・・・上の坂(右の写真)・・旭橋・悟真寺前通り・悟真寺・稲佐国際墓地の坂・・・泰三寺・・・弁財神社・・・数字坂・・・椿坂・・・淵神社・桑姫社・長崎ロープウエイ→稲佐山・・・椿坂・・・コンクリート坂・・・稲佐橋・・・県庁坂・・・新地中華街・・・湊公園・長崎ランタンフェスティバル・・・館内の坂(唐人屋敷通り)・土神堂・天后堂・福建会館・・・湊公園

 1月に来た時の長崎は春のような陽気だったが、今回の坂道散歩は冬らしく寒くなるようだ。今日はまださほど寒くはないが。浦上川河口の旭大橋を渡り南に行き、飽の浦のバス停の手前から長崎で車が通れる坂で一番急な坂道という変電所の坂を上る。坂下へ引き返し、二つの銀行の間から長く細い上の坂を上る。小さな流れに沿ってくねくねと曲がりながら家々の間を上って行くと上の坂バス停近くの新道の車道に出る。坂下から旭橋まで来た道を戻り悟真寺へ向う。

 稲佐国際墓地の坂の坂上からの眺めがいい。稲佐小学校そばの数字坂は面白い坂名だが坂自体に面白味はなく、椿坂は今は坂名のような風情はまったくない平凡な坂になっている。椿坂の坂下から淵神社へ入り、ロープウエイで稲佐山展望台へ。自慢の夜景にはまだ早いがけっこうな景色が広がっている。

 コンクリート坂を下って稲佐橋を渡り一休み。長い日もとっぷり暮れた頃、新地中華街から長崎ランタンフェスティバル会場の湊公園へ向う。休日のこともありすごい人出だ。ついでに唐人屋敷通りの館内の坂まで足を伸ばしてみた。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2342 旭大橋から稲佐山

Img_2348 ロシア村跡あたり(旭大橋から旭橋の間の旭町通り沿い)

道永栄(稲佐のお栄)が明治22年頃開業したホテル「ヴェスナ」もこのあたりにあった。「ヴェスナ」とは「春」のこと。

Img_2344 説明板

Img_2351 恵美須神社(飽の浦町)

Img_2360変電所の坂(坂下から) 飽の浦町10と13の間を北方向に上る。 【ルート地図】の①

九州電力が変電所用として建設した私道。

Img_2364坂下方向

坂下正面は三菱重工長崎造船所

Img_2370 坂上は九州電力飽浦変電所。

Img_2385 上の坂(坂上方向) 入船町11の十八銀行と12の新和銀行の間を曲がりながら西方向に上る。【ルート地図】の②

Img_2398坂下方向

Img_2402 坂上近くで新道に出ると「上の坂」バス停が近い。

Img_2414悟真寺山門(赤門) (曙町6)

現存する長崎の最古の寺。稲佐の地名の由来となった豪族、伊奈佐氏の館跡とも伝えられている。

Img_2419 説明板

Img_2428 稲佐国際墓地の坂 《地図

墓地の中央の坂。坂上で稲佐山登山道路へ出る。坂本、大浦とともに長崎の3つの国際墓地の一つ。

Img_2425 説明板

Img_2436 坂下方向

Img_2438 坂上から左へ上る稲佐山登山道路。

Img_2440 右へ泰三寺の方へ下る。

Img_2446 弁財神社(曙町)

「稲佐の弁天さん」

Img_2445 由来書

Img_2453 数字坂(坂下方向) 稲佐町11の稲佐小学校のグランドの北側を北東からカーブして南東に下る。佐下で椿坂の途中に出る。 【ルート地図】の③

この坂を通って通学する旧制県立瓊浦中学校(現在の長崎西高の所にあった)の生徒たちが坂沿いの家の表札に数字がつく名前(たとえば一郎・五右衛門・平八郎など)が多くあることからこう呼び始めたという。『長崎文化 №41』

Img_2455 坂下方向

Img_2456 坂上方向

Img_2459 稲佐小学校

稲佐国民学校があった所。

Img_2514 説明板

Img_2513椿坂 稲佐小学校の前から北西方向に下る。【ルート地図】の④

昔は石畳の情緒ある坂で、坂沿いに沢山の椿が繁り、坂下の御手洗川には「つばき坂橋」が架かっていた。『長崎文化 №41』 今は椿も石畳も「つばき坂橋」もなく、かつての情緒、風情の面影はない。

Img_2463坂下方向

右へ下るのが椿坂、左は数字坂の坂上方向

Img_2469 坂上方向(坂下近くから)

この下に「つばき坂橋」が架かっていたのだろう。今も小さな流れがあるが橋と呼べるものはない。

Img_2474 淵神社(淵町8)

右の大石灯籠は昔は参道前の海中にあったという。

Img_2472 大石灯籠説明板

Img_2473 海中にあった石灯籠の絵図

参道の下まで海が入り込んでいたようだ。

Img_2475 桑姫社(淵神社境内)

キリシタン大名大友宗麟の孫娘で、洗礼名をマキゼンシア。桑を植え養蚕を広め没後、「桑姫君」と呼ばれるようになった。キリシタンを祀る神社として、全国に珍しいという。

Img_2478 説明板

Img_2492稲佐山展望台(340m)から

下は旭大橋(浦上川)、長崎港。函館、神戸と並ぶ日本三大夜景の所だが日暮れまではまだ時間がある。

Img_2495 女神大橋方向

Img_2503 正面右の小高い所は風頭山

Img_2501

Img_2516 コンクリート坂(坂上から) 稲佐町8の稲佐児童公園から北東に稲佐橋の方へ下る。《地図

早くにコンクリートに舗装された坂。

Img_2521 坂下から

正面は稲佐山

Img_2523長崎ランタンフェスティバル 湊公園会場(新地町7)

もとは長崎に住む華人が旧正月を祝う祭りで中華街で行われていた。ランタンは中国提灯のこと。

Img_2540 

Img_2543

Img_2544

Img_2562 館内の坂(坂下から) 館内町を南方向に上る唐人屋敷通り。 【ルート地図】の⑤

Img_2546 土神堂

Img_2575 説明板

Img_2550 天后堂

Img_2585 説明板

Img_2553 館内の坂(坂下方向)

Img_2559 福建会館

Img_2581 説明板

|

« 所沢市の坂ー4 | トップページ | 長崎市の坂-6 »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/161343/40139653

この記事へのトラックバック一覧です: 長崎市の坂-5:

« 所沢市の坂ー4 | トップページ | 長崎市の坂-6 »