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2008年7月16日 (水)

秩父の坂(秩父巡礼道)-7

2008年7月12日

Img_0530_2西武秩父駅(西武池袋線) バス→小鹿野町役場・・・白山神社・・・大ケヤキ・・・金園橋(赤平川)・・・こんせい(金精)宮・・・大日峠巡礼道・・・大日峠・・・諏訪神社・・・三十二番法性寺・・・聖天宮(秩父大神社)・・・落合橋(般若川)・・・日本武神社・・・荻平橋(長留川)・・・県道43号・・・松井田橋(山口沢)・・・泉龍寺・・・国道299号・・・赤平橋(赤平川)・・・県道283号・・・二十三夜堂・泉田会館・・・妙見宮・・・奈倉橋(赤平川)・・・三十三番菊水寺・・・桜井橋(赤平川)・・・取方交差点・永法寺・・・番戸橋(赤平川)・・・(秋葉神社?)・・・柴宮神社・・・県道270号・・・奈良川橋(赤平川)・・・平石馬頭尊堂・・・頼母沢・・・札立峠・・・三十四番水潜寺・皆野町営バス→皆野駅

 昨日の続きで、秩父札所の三十二番から結願寺の三十四番までの坂道散歩です。小鹿野町役場前から赤平川へ下って金園橋を渡り、こんせい(金精)宮の小堂を過ぎて左へ三十二番への大日峠越えの山道へ入る。ここにも「熊出没注意」の標識が架かっている。薄暗い山道を一人で上って行くのは気持ちのいいものではない。足早に大日如来の石像が座っている峠まで上りつめる。下って車道に出て左に行くと三十二番法性寺は近い。まだ9時前なのに参拝者も多い。

 三十三番へは東へ県道?に出て北へ向い、日本武神社の先から江戸巡礼古道に入る。巡礼道はこの先の民家の脇を通って下って赤平川を渡っていたようだが道筋がはっきりせず、車道を進み、萩平橋で長留川を渡って上り、県道43号に出て北へ行くと、国道299号の松井田バス停近くへ出た。赤平橋を渡って泉田交差点の手前で県道283号に入る。泉田会館のそばの二十三夜堂の前から三十三番の標識に従って斜めに入る。巡礼古道はもっと先の大徳院の所から下って赤平川を渡っていたらしい。仁王門がある妙見宮を過ぎ、奈倉橋を渡り北へ進むと元巡礼宿が見えてくる。その前が三十三番菊水寺だ。

 さあ結願寺の三十四番へ最後の一踏ん張りと言いたいところだが、札立峠まで上らねばならないし、峠から水潜寺まで下りの道もけっこうきつい。予定では三十三番から北に進み永法寺の前を西に吉田下橋で赤平川を渡り、平石馬頭尊堂の脇から藤芝の集落の方へ上って頼母沢から札立峠へ向うコースだった。永法寺の前まで来ると東の方向にも道が伸びていた。こっちの方が少し近道のようだ。持っていた1/25000の地図は1992年発行のもので、この道は載っていない。番号の変わっている県道もある。やっぱり地図はケチらないで最新の物を携帯すべきだ。広い車道をどんどん進むが、どのあたりを歩いているのか分からない。とにかく奈良川橋で赤平川を渡らねばならないのだが。結局行き過ぎて中大田のバス停まで行ってやっと道筋が飲み込めた。

 奈良川橋を渡り、平石馬頭尊堂脇の切通しの苔むした崖の坂(上の写真)を上って細い巡礼道に入り、頼母沢の集落あたりで水抜からの道と合流して札立峠へ最後の上りだ。とにかく暑い、少し風のある所で何度も休みながらの行軍だ。途中で会った人たちとは、お互いに「暑いですね」の繰り返しだ。峠の頂上に着き一安心、一休みして、沢沿いの道を一気に下って、やっと水潜寺の屋根が見えてきた時はほっとした。

 三十四番水潜寺は結願寺だし、本尊開帳の最後の土曜日でもあり、境内と周辺は人と車でいっぱいだ。今は結願の水垢離の水は潜らず、近くの満願の湯につかって帰る人たちが多いようだ。水潜寺から皆野駅までの町営バスの本数は少ないので、これから7kmくらい歩くのを覚悟していたが、30分ほど待つだけでバスが来た。バスは混んで、途中の「満願の湯」からは満員状態だった。

 今日の秩父地方の最高気温は34.2度だった。500mlのお茶のペットボトルを4本飲んだが、思ったより楽に歩けた。(終わってみればの話だが) これも一番から三十四番まで完歩したご利益だろうか。

  参考:『秩父三十四観音霊場』(秩父札所連合会)

  【ルート地図】(三十二番への大日峠越えの山道と、平石馬頭尊堂から札立峠を越えて三十四番までの山道のルートは正確ではない。)

 写真をクリックすると拡大します。

Img_0403 案内板

現在地から大日峠越えで三十二番へ。

Img_0406 白山神社

車の後ろに小祠がある。

Img_0408 大ケヤキ

Img_0412赤平川へ下る途中

右石垣上に地蔵菩薩道標

Img_0410 地蔵さん

安永4年(1775)建立、台座の左側面に「右三十二番みち」とあるそうだ。

Img_0413 金園橋へ下って行く。

Img_0414 金園橋から赤平川 《地図

今日は赤平川を何度も渡る。

Img_0417小判沢に沿って上る。

Img_0419 こんせい(金精)宮

男根をまつった神で、御神体は男根に似た自然石、または石・金属・木で男根を形どったもの。五穀豊穣・子孫繁栄・子宝・安産・縁結びなどにご利益あり。金精大明神、かなまら様、などともいう。

Img_0420 石棒の男根の金精さま

Img_0423 大日峠越えの巡礼道(左)へ入る。

入口近くに「熊出没注意」の掲示板が掛かっていて、誰も通っていない薄暗い中、一人で歩くのは気分のいいものではない。

Img_0425 薄暗い山道を上る。

熊でも出そうな雰囲気だ。口笛を吹き、歌いながら上る。そこまでしなくてもいいだろうとは思いながら。

Img_0427 明るくなって大日峠は近い

Img_0428 大日峠の石造大日如来座像

峠上からの見晴らしはない。

Img_0430 峠から下りとなる。

下りになるとなぜかもう熊は出ないと思うようになる。同じ山道で熊の出る確率は同じだろうが。

Img_0433 六十六部塔

Img_0434 柿の久保の集落に出て左に曲がる。

Img_0435 地蔵と笠付き石塔道標

右側面に「順禮道」・左側面に「左山道」

Img_0436 諏訪神社

柿の久保集落の鎮守。社殿は宝永3年(1706)の再建という。

Img_0439 三十二番法性寺 【ルート地図】の①

「般若山」の扁額をかかげた山門は、札所では唯一の鐘楼門。

Img_0442 観音堂

宝永4年(1707年)の建立という。

Img_0445 舞台造りはここと二十六番岩井堂

Img_0448 長享二年(1488)の秩父札所番付(県指定文化財)

札所の数は33ヶ寺だった。順番も江戸時代、現在のものとは違う。

Img_0453 聖天宮

札所32番の近くに歓喜天を祀った聖天社が起源と伝える。棟札には寛政8年(1796)に再建と記す。神仏分離後は、「秩父大神社」と改称された。

Img_0450 説明板

Img_0464 秩父の山並み

Img_0465 日本武(ヤマトタケル)神社

「尊」はついていない。平成10年築造の新社殿。

このあたりに、「お塚」と呼ばれる直径15mほどの円墳があり、伝説の「羊太夫」の墓という言い伝えがあるが見逃した。

Img_0466 神社の先から右へ入る

Img_0468 道標(大正8年建立)

「→小鹿野下吉田方面道」

Img_0469 弁財天?と前は?

Img_0472                    

萩平橋(長留川)へ下って行く。

Img_0474_2 萩平橋 《地図

Img_0484 泉龍寺(国道299号松井田バス停そば)

Img_0486 赤平橋から赤平川 《地図

Img_0487

二十三夜堂 【ルート地図】の②

泉田会館のそば

Img_0489 二十三夜堂内

月の化身と考えられていた「勢至菩薩」を祀った石塔。

Img_0495 妙見宮 《地図

妙見宮の創立は永禄元年(1558)奈倉氏が秩父の妙見菩薩(秩父神社)を勧請したものと伝える。神仏分離後、仁王像は大徳院に移されたが、大正時代にここにに戻って妙見宮を守護している。

Img_0493 説明板

Img_0497 奈倉橋から赤平川《地図

Img_0499三十三番前の元巡礼宿

Img_0501 三十三番菊水寺 【ルート地図】の③

Img_0502 説明板

Img_0503 芭蕉句碑

寛保年間(1741~49)に建てられた、秩父で最も古い句碑だとか。

「寒菊や こぬかのかかる 臼のはた」

どこに刻まれているのか分からず。

Img_0507 桜井橋から赤平川 《地図

Img_0512 道標

「左三十四番」

Img_0516 番戸橋から赤平川 《地図

Img_0520 ゆるやかに上る。

Img_0522_2   

急な石段の上に秋葉神社?があるが暑そうで上らず。

Img_0523 庚申塔

Img_0527 奈良川橋から赤平川 《地図

Img_0528 平石馬頭尊堂 【ルート地図】の④

元禄の頃、修験者「一山宗念」が、「水月庵」を結び、宝永8年(1711)に馬頭観世音を安置したと伝える。

Img_0529 馬頭尊堂から上っていく巡礼道

左の崖の苔が見事だ。

Img_0531_3 じゅうたんのような苔 

Img_0532 石造物

Img_0533 江戸巡礼古道(右)へ入る。

Img_0535 江戸巡礼古道

Img_0538 道標か

Img_0540 頼母沢の集落へ下る。

Img_0546 札立峠への巡礼道(右)に入る。

Img_0548 上って札立峠へ

Img_0553 峠茶屋跡

札立峠のすぐ下にあり、巡礼相手に茶や団子を出した。

Img_0555 札立峠

天長年間(824~834)の頃、東国は大干ばつになり、人々は苦しんでいた。一人の旅の僧が、峠の茶屋で一休みしていた時この話を聞き、茶屋の主人から一枚の板を借りて、「澍甘露法雨(じゅかんろ ほうう)」と書いた札を峠の頂上に立てた。そして「この言葉を唱え毎日、観音菩薩に祈りなさい」と教えた。茶屋の主人は農民たちにこのことを伝え、皆でこの言葉を唱えた。すると雨は降り出し、水は湧き出し豊作になったという。『秩父の伝説』より

Img_0554 説明板

Img_0559 水潜寺へ下って行く。

Img_0561 札立峠越えで三十四番に向う人たちも多い。

Img_0562 三十四番へ着いた。

Img_0563 三十四番水潜寺 【ルート地図】の⑤

本尊開帳の最後の土曜日で晴天で、すごい人出だ。バス、マイカーで来る人が多いが。

Img_0565 巡礼たちは左奥の岩窟の清水で結願の水垢離をして、胎内くぐりの清めと再生の儀礼を行ない笈を解いて俗世にかえったといわれる。寺名の「水潜り」はこれに由来する。

現在は立入り禁止

Img_0566 説明板

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コメント

neoya様

 昨日(29日)まで香川県の遍路道を歩いてきました。
 雨の中、難行苦行?の六日間でした。

投稿: 坂道散歩(ヤタガラス) | 2008年8月30日 (土) 14:05

お久しぶりです。
貴方のblogを見る度に私も同じ頃、同じコースを歩いたので色々と参考になります。
ようやく二十八番札所まで載せましたので拙いHPを是非ご覧ください。白久駅から三十一番札所までの道は厳しかったですね。勝手ながら貴方の坂道散歩をリンクさせていただきましたのでご了解ください。なお、容量を越えてしまいましたので、アドレスを変更しました。

投稿: neoya | 2008年8月27日 (水) 10:36

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