« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月31日 (日)

四国遍路道(香川県-1)

2008年8月24日

Img_0776 観音寺(かんおんじ)駅(予讃線)・・・大正橋(一の谷川)・・・三架橋(財田川)・・・琴弾八幡宮(元札所・番外霊場)・・・68番神恵(じんね)院・69番観音寺・・・染川橋(財田川)・・・白藤稲荷・・・大小路北向地蔵(大小路橋)・・・稲積橋・・・(予讃線)・・・本山寺橋・・・70番本山寺(もとやまじ)・・・(国道11号)・・・枯木地蔵堂(番外霊場)・・・国道11号(伊予街道)・・・五十鈴神社・・・妙音寺(番外霊場)・・・権兵衛神社(七義士神社)・長池・菰池・・・六つ松地蔵堂・・・高津神社・・・高津橋・高津川橋・新名(しんみょう)橋(音田川)・・・みの駅(予讃線)

 東京は涼しい日が続いているが、四国はまだ暑そうで33~34度くらいを覚悟していたがそうでもない。風も真夏の熱風ではなく、とんぼが飛び収穫の済んだ田んぼもあって秋の気配を感じる。徳島の遍路道を1番霊山寺から23番薬王寺まで歩いてから4年が経つ。本来なら高知県へ入り室戸岬の24番最御崎寺を目指すのだろうが、まだ暑そうな海岸線の長い歩きを避けて香川県の遍路道沿いの坂道散歩をすることにした。

 観音寺駅から琴弾八幡宮に向う途中には大きな「寛永通宝」が目立つ。砂絵の銭形が観音寺市(かんおんじし)観光の目玉の一つようだ。元は68番札所だった琴弾八幡宮に上り、展望台から銭形を眺め68番神恵院と69番観音寺が同居する寺の境内へ入る。石段を下り、山門を抜け遍路道を進み財田川を渡って川沿いに70番本山寺へ向う。予讃線を越えて国道11号の手前の本山寺橋を渡ると70番本山寺で、本堂は県内で唯一の国宝建造物。境内から遍路道に出て番外霊場の枯木地蔵堂へ寄る。地蔵堂といっても小さな祠で、お堂の脇で陽射しを避けて、おばちゃんたちが歓談している。お参りし、写真を撮って立ち去ったのも気がつかないようだった。国道11号に出て五十鈴神社、番外霊場妙音寺から北へ行くと国道沿いに寛延の百姓一揆の首謀者の大西権兵衛たちを祀った権兵衛神社(七義士神社)がある。神社前の長池を過ぎて、菰池の手前から遍路道は国道を離れ、ため池の間を通って行く。(上の写真) 

 香川県は雨が少なくため池が多い。今も第4次取水制限中で、このままだと29日には早明浦ダム(現在の貯水率は1%)がカラになるという。その場合は水力発電用の水が余っているのでそれを回すらしい。何か変な感じだ。(この後、26日から雨が降り出し、断続的だがかなりの雨量となったと思うのだが、ダムの所には降らずに貯水量は増えてこないという。今日(8/31)に早明浦ダムは貯水率0%になった。) よそ者がどうこう言う話ではないだろうが、やっぱり何かおかしい。それはさておき、ため池の間を通る遍路道は車の通行も少なくのどかで気分がいい。高瀬川を渡り、71番弥谷寺への遍路道からはずれ今日の打ち止めとして、みの駅へ向った。

  【ルート地図】 

  参考:『四国八十八ヶ所霊場会

  写真をクリックすると拡大します。

Img_0704_2 「寛永通宝」の擬宝珠の大正橋

Img_0705_3 「銭形くん」の遍路道の道標(観音寺市観光案内所?前)

Img_0706_2 ここにも「寛永通宝」が

Img_0707_2 琴弾山(三架橋から) 《地図

昔は琴弾八幡宮へ参賀するための橋で「参賀橋」。明治に三つまたぎの太鼓橋になって三架橋となった。

Img_0708琴弾山案内板

山頂近くの展望台から寛永通宝の銭形が見える。隣りに琴弾八幡宮、その右下が68番神恵院と69番観音寺。

Img_0709 源平屋島合戦の由来

Img_0710_3琴弾八幡宮(番外霊場)

明治初年の神仏分離令までは、ここが68番札所だった。番外霊場とは八十八ケ寺以外の弘法大師の修行した所や、大師の足跡、ゆかりのある寺、お堂などのこと。

Img_0712 本殿

鳥居から381段の石段を上った琴弾山の山頂近く。

祭神は神功皇后・応神天皇・玉依姫

Img_0713_2 「弓張月」ゆかりの地(琴弾八幡宮境内)

滝沢馬琴の「椿説弓張月」で、家来の武藤太の密告で捕らえられ八丈島へ流された源為朝の仇を妻の白縫が討った所。

Img_0719_2琴弾公園の寛永通宝の「銭形」と瀬戸内海(展望台から) 《地図

上から眺めると円に見えるように楕円形に作られている。銭形を見れば健康、長寿でお金に不自由しないとか。定期的に整備され砂絵が崩れを防いでいる。

Img_0717_2 「銭形」説明板

Img_0723 68番琴弾山神恵院の元の本堂 【ルート地図】の①

Img_0728_2 神恵院の元本堂(石段上)・観音寺観音堂(本堂)(右側)

Img_0724_2 69番七宝山観音寺

Img_0729 大楠

「晴れてしづかな大樟の雀ら」 山頭火

Img_0726_2 68番神恵院

奥のコンクリの箱のような建物が新しい本堂。左は大師堂。

Img_0730_2 山門

1寺2札所の68番と69番の共通する仁王門

Img_0733_2 染川橋(財田川)から70番本山寺方向《地図

70番は右岸(写真左)にある。遍路道は左岸を行く。

Img_0734_2 白藤稲荷(染川橋近くの川沿い)

Img_0737_3 大小路北向地蔵(大小路橋のそば)

Img_0739_3稲積橋手前の地蔵の小祠

Img_0743_2 予讃線(正面)をくぐって進む。

Img_0747_2 川向こうに70番の五重塔が見えてくる。本山寺橋の手前から 《地図

Img_0748_2 70番七宝山本山寺仁王門 【ルート地図】の②

69番も七宝山で宇佐八幡、ここは石清水八幡の別当寺だった。戦国の兵火、火災から免れた珍しい寺という。

Img_0749_2 本堂(国宝)・五重塔

平城天皇の勅願により弘法大師が一夜にして堂宇を建立したという。本尊が馬頭観音なのは八十八ケ所の中でこの寺だけ。秩父札所の28番橋立堂の本尊と同じだ。

Img_0750五重塔(明治43年の再建)

「塔は五重のどつしりしぐるる」 山頭火

Img_0751_2 説明板

Img_0752_2 いろんな道標が立つ辻。

右端の石柱には、「平城天皇勅願、弘法大師一夜建立・・・」などと刻まれている。

71番へは左に国道11号へ出る。枯木地蔵堂へは右に進む。

Img_0753_2 国道11号をくぐって枯木地蔵堂へ。

Img_0754_2 枯木地蔵堂(番外霊場) 【ルート地図】の③

正面の小祠

Img_0755_2 枯木地蔵

70番本山寺「一夜建立」の際に、弘法大師から頼まれ一夜建てに使う木材を運んだ天狗が誤って一本をこのあたりの田んぼに落としてしまった。その木で作られたのが枯木地蔵堂という。

また一説には、天邪鬼の天狗が一夜建てに使う木材をはずして、ここに落としたとも。

Img_0759_2 五十鈴神社

この地が伊勢の地に似ていることから、天照大神(内宮)と豊受大神(外宮)を祀り、伊勢神宮の遷座する五十鈴川の名をとって社名としたようだ。

Img_0766_2七宝山宝積院妙音寺(番外霊場) 【ルート地図】の④ 

新四国曼荼羅霊場第十九番札所・讃岐三十三ケ所観音霊場第十八番・四国不動霊場第三十番と肩書きが多い。

当山不動尊は霊験不動尊とも呼ばれ、夢の中で霊示を受けることが多く、「夢見不動」ともいう。

Img_0765_2 本堂

本尊の阿弥陀如来坐像は国の重要文化財。

Img_0770_2 権兵衛神社(七義士神社) 【ルート地図】の⑤

讃岐最大の一揆、「寛延の百姓一揆」(寛延3年(1750))の首謀者、大西権兵衛ら7人の義民を祀る。右側は芝居小屋らしい。一揆の集結地は70番本山寺だった。

Img_0769_3 大西権兵衛の辞世の歌碑

「此の世をば泡と見て来し我が心 民に代わりて今日ぞ嬉しき」

外務大臣の時の大平正芳の筆によるものか。

Img_0773_2 長池 《地図

権兵衛神社の前

Img_0779 ため池の間を行く遍路道

Img_0788_2六つ松地蔵堂

六つ松はこのあたりの集落名

Img_0785_2 地蔵さん

Img_0789 高津神社 《地図

Img_0793 国道11号の高津橋の手前から左へ行き高津川橋、新名橋を渡る。《地図

地蔵の台座は道標

Img_0798 71番弥谷寺への道標

左へ進む遍路道

Img_0799 道標(上の写真)

Img_0800 地蔵の台座は71番弥谷寺への道標

Img_0803 みの駅(JR予讃線)

弥谷寺への途中から遍路道からはずれここが今日の打ち止め。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »