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2008年9月 5日 (金)

四国遍路道(香川県-3)

2008年8月26日

Img_1220_2丸亀駅(予讃線)・・・県道33号・・・蓬莱橋(土器川)・・・岸落地蔵院・・・蓮華寿院・地蔵堂・・・宇夫階(うぶしな)神社・塩竃(しおがま)神社・秋葉大権現・・・本妙寺・・・78番郷照寺・浄泉寺・・・西光寺・大束川・・・伊勢之宮・・・(予讃線)・・・田尾坂公園・大日みかえり不動尊・・・(瀬戸中央自動車道)・・・八幡神社・・・坂出商店街・・・(予讃線)・・・八十場の水(番外霊場)・薬師堂・・・79番天皇寺(高照院)・白峰宮・・・(八十場駅)・・・(鴨川駅)・・・県道33号・・・(予讃線)・・・鼓岡神社・・・讃岐国府跡・・・県道33号・・・綾川大橋(綾川)・・・日向王の塚・・・80番国分寺・・・県道33号・・・(端岡駅)・・・桃太郎神社(上の写真は神社前から下る坂)・・・鬼無駅(予讃線)

 朝から雨で時々強く降る中を、怨念こもる崇徳上皇ゆかりの地と、お伽話の桃太郎の里の坂道散歩です。丸亀駅から県道33号を東に土器川を渡ると岸落地蔵院あたりで宇多津町となる。蓮華寿院、地蔵堂の先で南に入ると神社、寺の多い一画となり、地蔵餅店の先に78番郷照寺がある。ここでも松喰い虫にホルトの木がやられてしまい切り株だけ残っていた。隣りの浄泉寺の閻魔堂には香川県(自称四国一)で随一の大きさという閻魔大王がいつもの顔で十王の真ん中に座っている。大束川に映る西光寺を眺め、古いたたずまいの残る宇多津町の家並みの中を行く。

 県道33号に出て、しばらく東に行き車道の間の公園の遊歩道のような道に入り瀬戸中央道をくぐると坂出市で、この道には「本街道」の標識が架かっていて、直線的に進み八幡神社の参道前から坂出商店街を抜け県道33号へ続く。県道33号ができるまではこの道が「本街道」だったのだろう。県道33号に出る手前で南に入り、予讃線を渡り、崇徳上皇の死体を浸したという八十場の水の脇の清水屋でところてんを食べ小休止。白峰宮内の寺という感じの79番天皇寺(高照院)から下って予讃線沿いに八十場駅を過ぎると、自転車遍路の外人娘が追い越して行った。雨の中、自転車で回るのも楽ではないだろう。山道はどうするのだろうか。 

 鴨川駅あたりでどしゃ降りになってきた。雨具を着て傘をさしているので蒸し暑く、車から雨水を跳ね掛けられるし歩くのはきつい。予定では80番国分寺への遍路道から離れ、大回りして崇徳上皇の行宮(仮宮)だった鼓ケ岡神社、菅原道真も国司を務めた讃岐国府跡から80番国分寺へ向うのだが駅舎でしばらく考える。80番へ直行するか、雨は止みそうになく今日はここで打ち止めにするか。結局、予定のコースを行くことにした。平坦な道だし、ずぶ濡れになっても寒くもないし時間もまだ早い。幸い迷わずに鼓ケ岡神社、讃岐国府跡を回り、県道33号沿いのレストラン喫茶でゆっくり昼食をとって休憩する。

 県道33号を進み、石灯籠の立つ日向王の塚から遍路道に入ると80番国分寺は近い。この先、この雨と時間的にも400mの高さを越える山道を行く81番、82番へは無理だ。予讃線沿いに桃太郎神社へ寄って、鬼無駅へ出ることにした。袋山の麓の少し小高い所に桃太郎神社はある。どこにもある村の小さな神社だが、崇徳上皇の怨念渦巻く地よりはずっと身近で親しみがわく。降り続く雨の中、桃太郎に退治され鬼がいなくなった鬼無の町の鬼無駅に向った。

 明日は小雨ぐらいならこれも崇徳上皇ゆかりの81番白峰寺へ上り、82番根香寺から下って83番一宮寺まで行くのだが。さあどうなるか。崇徳上皇の祟りの雨はそう簡単に止みそうにない。いくら降っても水がめの早明浦ダムの貯水量が増えないのだからこれも怨霊の仕業というしかない。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1079 蓬莱橋から土器川 《地図

土器川は香川県唯一の一級河川。かつて河口付近の粘土で土器を作っていた。

Img_1082 岸落地蔵院 【ルート地図】の①

宇多津駅近くの県道33号沿い

Img_1083 蓮華寿院(78番郷照寺別院)

Img_1085 地蔵堂

Img_1088宇夫階神社

本殿は、伊勢神宮の外宮第一別宮である多賀宮御正殿を復元造営したもので、国の登録有形文化財。

Img_1093 由緒

Img_1090 塩竃神社(宇夫階神社と同じ境内)

塩業者から崇敬を受けてきた神社。

Img_1092 秋葉大権現

Img_1094 本妙寺(法華宗)

城郭のような寺だ。讃岐六番神の一つで、本妙寺七不思議があるという。

Img_1095 高橋地蔵餅本舗

まだ開店前のようだ。開いていても朝飯を食べて間もないのでムリだろう。「地蔵」は店の前の地蔵さんのことなのだろう。郷照寺門前にも「大吉地蔵」が座っているが。

Img_1097 地蔵餅店の前の地蔵の祠

宇多津の廻船業の商家が遠州駿河沖で海難に合った際に、この石に錨を引っ掛けて助かったので、その石を持ち帰り地蔵を祀ったそうだ。

Img_1096 地蔵さん

子どもを抱いているようにも見える。

Img_1098 大吉地蔵

78番仏光山郷照寺の門前 《地図

Img_1100 説明板

Img_1101 境内図

Img_1102 本堂

四国札所中、唯一の時宗の寺。「厄除けうたづ大師」という。

Img_1103 大師堂

Img_1104さぬきの三大ポックリ地蔵

ここの三体の地蔵さんが三大らしい。

Img_1107 万体観音

地下の万体観音堂。

Img_1108 回遊式庭園

正面右上の切り株が松喰い虫で枯れてしまったホルトの木。

Img_1113 閻魔堂(浄泉寺)

Img_1112 説明板

Img_1114 閻魔大王以下十王

「宇多津のえんまさん」 香川県一の大きな閻魔像。(看板には「四国一」とある。)

Img_1118 西光寺と大束川 《地図

Img_1119 宇多津町の家並み

Img_1121 伊勢之宮

Img_1126 静かな通り

Img_1129 銭湯「宝湯」か?

Img_1132 瀬戸中央道をくぐる遍路道。「本街道」といい坂出市に入って行く。

左に「大日みかえり不動尊」

Img_1134 大日みかえり不動尊 《地図

文久3年(1863)建立

Img_1138八幡神社へ

広く長い参道

Img_1139 八幡神社

境内も広い

Img_1140 坂出駅北側のアーケードの坂出商店街「ハッピータウン本町」。

一昔前の匂い、感じがする。

Img_1143 讃岐醤油画資料館(商店街の途中)

醤油を画材にした醤油画があるとは知らなかった。

Img_1145_2県道33号から離れ予讃線を渡る。

Img_1150 八十場(やそば)の水(番外霊場)(弥蘇場・八十蘇場・八十八) 野沢井ともいう。【ルート地図】の②

①景行天皇の御世、南海の悪魚を退治に向った讃留霊王(=武穀王)と兵士たちは悪魚の毒にあたって倒れた。童の捧げるここの水で蘇り、悪魚を征伐することができた。②保元の乱(1156年)で敗れ讃岐に流された崇徳上皇が鼓ケ岡の行宮で崩御した時、この水に浸して腐敗を防いだ。

Img_1149 説明板

Img_1157 79番金華山天皇寺・白峰宮門前 《地図

Img_1156 79番天皇寺は白峰宮の境内にある感じだ。

Img_1153 白峰宮

崇徳上皇鎮魂のため二条天皇が建立。

Img_1154 天皇寺本堂

Img_1155 大師堂

Img_1164 予讃線沿いに79番から80番国分寺へ向う自転車遍路の外人娘。

Img_1168 府中町案内図

Img_1170 鼓ケ岡神社 《地図

保元の乱(1156年)で敗れ讃岐に流された崇徳上皇の行宮(あんぐう・仮の御所)の木の丸殿があった所。ここで、「鳴けば聞き 聞けば都の恋しきに この里過ぎよ 山ほととぎす」と歌ったのでこの里でほととぎすは鳴かなくなったという。

その後、①長寛2年(1164)8月に上皇はここで崩御。→ ②死体は79番天皇寺に安置し、都の命があるまで遺骸を八十場の水に浸して腐敗を防ぐ。→ ③都から白峰山に葬れとの宣下がある。→ ④柩を運び白峰山麓の高家の阿気まで来ると、柩からが流れ落ちてきた。(その後、ここに高家神社「の宮」を建て上皇の霊を祀る。)→ ⑤白峰山頂近くで死体を荼毘に付すと、そのが都の方へたなびいて、児ケ嶽のふもとに落ちた。(その後、ここに青海神社「の宮」を建てた。→ ⑥上皇を81番白峰寺の御陵に弔い、頓証寺殿を御廟所とし霊を祀った。 『崇徳上皇ゆかりの地

 崇徳上皇といえば、百人一首の「瀬を早み 岩にせかるる滝川の 割れても末に 逢はんとぞ思ふ」で有名で、落語の「崇徳院」でもなじみ深い。歌にも表れているような熱情家だったのか。出生の秘密(父は鳥羽天皇でなく、鳥羽天皇の祖父の白河法皇との説あり。)から天皇、上皇、保元の乱で敗れ讃岐に流され死ぬまでどろどろした人生模様だった。そして死んだ後も怨霊として祟っている。

Img_1171 由緒

Img_1182 讃岐国府跡(正面奥が鼓ケ岡神社) 【ルート地図】の③

菅原道真も国司を務めたことがある。

Img_1178 説明板

Img_1184 旧家(国道11号沿い)

Img_1185 白峰山方向

Img_1186 県道から離れて左の遍路道へ

左に石灯籠、その手前の石積みが日向王の塚。日向王は景行天皇の御世、南海の悪魚を退治した讃留霊王(=武穀王)の七代目の子孫で、綾氏の祖先ともいう。《地図

Img_1188 説明板

Img_1190 80番白牛山国分寺仁王門 【ルート地図】の④

Img_1193 縁起

Img_1194 境内案内図

Img_1195 梵鐘

創建当時に鋳造された香川県最古の鐘。

説明板にこの鐘にまつわる《伝説》と《実説》が記載されている。《実説》も伝説だろうが、鐘の返却証文が寺に残っているという。返却証文は寺から殿様の方へ渡すはずだが?

Img_1196 説明板

Img_1199 創建当初の本堂(金堂)の礎石

正面は現在の本堂。

さぬき七福神」の弁財天でもある。

Img_1202 桃太郎神社へ

幟看板の後ろに藤の森地蔵堂

Img_1207 桃太郎神社 【ルート地図】の⑤

袋山の麓で、もとは熊野神社、その前は出城だったそうだ。

Img_1212 鬼無のいわれ

桃太郎を7代孝霊天皇の皇子の稚武彦命(ワカタケヒコノミコト)としている。兄の吉備津彦命を桃太郎としている所もある。

Img_1214 一番右の小祠が犬の墓、一つおいて雉、猿の墓でその左が爺婆の墓か?

左端の石柱に、「桃太郎遺跡 桃太郎 爺婆犬猿雉之墓」とあるが、桃太郎の墓はないのでは?

Img_1210 桃太郎伝説碑

Img_1304 鬼が棲んでいたという女木島(正面)、鬼の灯台があるという。

右は映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となった男木島。
84番屋島寺の展望台から(8/27日撮影)

Img_1310 女木島の「鬼の灯台」の写真

Img_1601 おばあさんの洗濯場 《地図

鬼無駅から83番一の宮寺への遍路道の本津川の永代橋(接待橋)の所。洗濯をしていたのはお婆さんでなく娘で、舟でここを通りかかった桃太郎が娘を見初めたという話もあるそうだ。

Img_1226 鬼無駅(JR予讃線)

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