四国遍路道(高知県-2)
2008年9月26日
民宿谷口・・・国道55号(土佐東街道・土佐浜街道)・・・相馬坂・相馬トンネル(288m)・・・相馬川・・・八幡宮・・・東洋大師明徳寺(番外霊場)・・・六部堂・・・港久保橋(野根川)・・・地蔵堂・・・伏越ノ鼻・・・ゴロゴロ浜・・・淀ケ磯・・・法海上人堂・・・ナゲ谷橋・・・水尻谷橋・・・仏海庵(番外霊場)・・・薬師堂・・・佐喜浜中学校・佐喜浜八幡宮・・・浜宮神社・・・佐喜浜橋(佐喜浜川)・・・佐喜浜港・源内槍掛けの松碑・・・磯辺神社・・・ロッジおざき
朝から雨で時々強く降る。昼前には上がるというので出発を遅らし8時過ぎに宿を出る。昨日の三人組が前を行く。今日はロッジおざきまでの22km位の道のりだ。海岸沿いの道で迷うこともなく、降られて濡れることを覚悟でゆっくり進む。右足の親指が靴にあたるのか、圧迫されて爪下が内出血して痛みのピークだ。爪下血腫というやつだ。靴の中敷をはずして歩くがやっぱり痛い。相馬トンネルを抜け、遍路道に入り東洋大師から野根まんじゅうの店が並ぶ野根の町中を行く。野根から奈半利町までは山沿いの野根山街道が通じている。35km位で昔の街道の風情が残っているようだ。一度歩いて見たいが。
野根川を渡り、地蔵堂から国道55号へ出る。伏越の鼻、ゴロゴロ浜、淀ケ磯と海岸沿いを進む。(上の写真は淀ケ磯近くから室戸岬方向) 雨もほとんど上がってきたようだ。国道から離れ仏海庵への遍路道に入る。田畑の中の道でアスファルトと車と海ばかり見てきたのでほっとする。仏海庵は屋根のトタンの一部はがれているのか時々風で音をたてているだけで静かだ。しばし堂内で横になって小休止する。
一旦国道に出て、遍路道に入り佐喜浜八幡宮を過ぎ、佐喜浜の町中に入る。ここまで店もなく、まだ昼飯を食べていなかった。近くの喫茶店に寄ってみたが、店は空っけぱなしで店の人も客もいない。しばらくスポーツ新聞を見て待ったが戻ってくる気配もない。呑気なものだ。仕方なく先のコンビニにまで行って店前のベンチで遅い昼飯にした。佐喜浜港の「源内槍掛けの松」の古ぼけた石柱を過ぎ、国道沿いの旧道に入り、再び国道に出ると遠くに夫婦岩が見え出した。今晩の宿、海岸沿いのロッジおざきはすぐ先だ。この宿はいい。くだくだとは書かないが。
【ルート地図】(194→203)
写真をクリックすると拡大します。
相馬トンネルへ上って下る坂。
大師がこの地の涸れ谷に錫杖(しゃくじょう)を突き立てて祈願したところ、清水が流れ出し滝になった。以降全長2mに満たないこの谷は涸れることがなくなったという。寛永18年(1641)には、番外札所、遍路宿泊所の記録があり、真念の著した「指南書」と「功徳記」にも大師堂、宿の記録がある。元は野根大師といったが、野根と甲浦が合併し東洋町になってからはこう呼ぶようになった。
境内の弘法の滝を見逃した。
野宿遍路が泊まれるようになっている。
東洋大師の前
野根まんじゅうの店が数軒ある。
野根川(港久保橋から) 《地図》
野根から野根山連山の尾根づたいに奈半利町まで、約35kmの「野根山街道」が通じている。古くは『土佐日記』の著者紀貫之の入国の道として、また、藩政時代には参勤交代の通行路として使用された。現在は「四国のみち」環境省ルートとして整備されている。標高1082m装束峠を越す道だが室戸岬を回る海沿いの道よりかはるかに短い。
野根川の港久保橋を渡って進んだところ。
「ごろごろ浜のごろごろ石 まるいまるい 波に磨かれ磨かれた石だ」 山頭火の日記(昭和14年11月5日)
法海上人堂 《地図》
廻国行者で即身成仏した法海上人を祀った堂。
国道から離れ仏海庵へ
仏海は諸国行脚、霊場巡礼を続け、宝暦10年(1760)仏海庵を建立し、難渋する遍路の援護にもあたり、明和6年(1769)にここで即身成仏した。
仏海上人の墓。
遍路が泊まれるようだ。
お堂はこの先、割れて急な石段上のようだ。
佐喜浜八幡宮 《地図》
佐喜浜中学校の隣り
説明板に「長宗我部元親の阿波侵攻をはばむため戦った佐喜浜合戦・・・」とある。『土佐の嵐』によると、「元親は永禄12年に安芸氏を滅ぼしたが、安芸領東部は服属していなかった。天正2年に、室戸から野根にかけての武士らが同盟を結んで抵抗する姿勢を示したので、元親は軍を派遣して羽根(室戸市西部)付近で同盟軍を破り、室津、吉良川など室戸岬周辺の豪族を降伏させた。しかし、佐喜浜は降伏しなかったので、翌年、阿波侵攻作戦と併せてここを攻撃したと考えられる。」とある。佐喜浜城主はもともと反元親勢力であって、別に阿波に味方して阿波侵攻をはばむために戦ったわけではないのでは。
正面の小さな岩。右の2つは国道工事の際に切り崩した岩の残骸とか。左の重なって見える2つの岩が夫婦岩。
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