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2008年10月 5日 (日)

四国遍路道(徳島県-3・高知県-1)

2008年9月25日

Img_2146民宿海山荘・・・萩坂・・・大砂海水浴場(大綱・苧綱・帯綱浜)・・・粟浦の坂・・・粟ノ浦(浜)・・・伊勢田川橋・・・県道196号・・・天神社・・・借戸(かろうと)坂跡・三浦浜跡あたり・弥勒菩薩石像・・・地蔵堂・観音庵・中世代の底痕群・・・浅川漁港・クヌッセン機関長の碑・・・浅川橋(浦上川)・・・スベリ坂・・・大里古墳・・・県道299号・・・海部川橋(海部川)・・・県道197号・・・楠神社・・・(海部駅)・・・国道55号・・・延命地蔵堂・・・那佐湾・乳ノ崎狼煙台跡・島弥九郎事件跡・・・県道309号・・・願行寺・・・宍喰橋(宍喰川)・・・古目大師(番外霊場)・・・(国道55号)・・・宍喰浦の化石漣痕・みとこ湾・・・金目番所跡・・・東洋町(高知県)・・・甲浦漁港・・・熊野神社・・・小池橋(小池川)・・・五社神社・・・小池川橋・・・河内川橋・・・国道55号・・・白浜海水浴場・・・甲浦(かんのうら)坂・甲浦坂トンネル(150m)・・・民宿谷口

 八坂八浜を過ぎ、海陽町から宍喰町を通り、高知県に入り東洋町までの坂道散歩です。八坂八浜最後の三浦浜は埋立てられ、借戸坂も名残跡ほどになってしまっているが、弥勒菩薩石像の由来碑、寛永の津波供養地蔵碑にその名は刻まれている。遍路道の道案内標示どうりに行ったら国道55号に出てしまった。国道よりも浅川橋からスベリ坂を通る道の方を歩きたいので戻る。浅川橋の手前で漁港で働く女性?に呼び止められ缶コーヒーのお接待を受ける。親切にもこっちの道は遠回りではとアドバイスされる。国道よりこの道の方がいいのでと言うと大きくうなづいてくれた。浅川橋を渡るとスベリ坂の上りとなる。今は広く新しい車道で、全然「すべり」はしない。車も少なくて気分がいい。新しい坂にも出会えたし、やっぱりこの道を選んで正解だ。近くに「まぜの岡」があり、スベリ坂を下ると老人施設のデイサービス「まぜの里」がある。「まぜ」は何かの植物かとも思っていた。「まぜの里」の庭で作業中の女性職員に聞いてみると、まぜとは「南風」という答え。南風は「はえ」とばかり思っていたが、後で調べると四国、瀬戸内海地方では「まぜ」というそうで勉強になった。「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」ということか。

 海部川橋を渡り海部の町中を過ぎ、海部駅の手前で国道55号に入る。緩やかに上って行くと左側に河口のような穏やかな那佐湾が広がってくる。(上の写真左が那佐湾、右が国道55号) 対岸の乳ノ崎上には幕末に狼煙台が築かれていた。宍喰川を渡ると古目大師で、ここは土佐藩との境で、古目番所が置かれていた。国道55号をくぐって水床(みとこ)トンネルを迂回し、みとこ湾沿いを進む。化石漣痕、湾の景色を見ながら上って下るとここにも藩境の金目番所跡があった。

 水床トンネルの反対側の国道55号に出て高知県に入った。すぐに甲浦の町へ下る道に入る。甲浦港を眺めていると自転車に乗ったおじさんが話かけてきた。つい先だってくらげの大群がここまで押し寄せてきたという。下を見るとプカプカとけっこうな数のくらげが浮いていた。昔の遍路道、今の歩き遍路ことなどを聞きながらしばし小休止。歩き出してすぐ、熊野神社の下で女の人が、「お遍路さん、気をつけて行ってらっしゃ-い。」と大きな声で。疲れが増してきた時だけにすごく元気づけられる。

 海岸沿いの国道55号に出て、白浜海水浴場を過ぎ甲浦坂を上り、甲浦坂トンネルの手前から右に迂回路に入る。少し上ってトンネルを越え反対側に下れると思っていたがなかなか下りにならない。途中右にさらに高く上って行く道もあったが。結局、行き止まりになってしまった。後で民宿谷口のお婆さんに聞いたところ、歩いて来た道は果樹園への道で、途中で右に上る道を行けば国道へ下りて来られるという。しかし大回りの相当な距離で、ずっと民宿も通り越してしまう。地図にもトンネルの手前から迂回し、反対側に出られる大した距離でもない道筋が載ってているのだが。往復30分以上余計な道草をしてしまったが、天気も景色も良く、時間も早く、宿も近かったのが幸いというべきだろう。民宿谷口屋はお婆さん一人で切り盛りしているようだった。客は私と中年?(60代)の三人組の2組だけ。お婆さんはお孫さん(孫娘?)のサーフィンの選手が自慢のようで、三人組のおじさん連中に話を聞かせていた。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2052 萩坂(八坂の一つ) 【ルート地図】の①

鯖瀬トンネルの手前から左へ大砂海水浴場へ下る坂。右は国道55号の鯖瀬トンネル(98m)。八浜の一つ大綱(苧綱・帯綱)浜が大砂になったのだろう。

Img_2055 坂下方向

Img_2063大砂海水浴場(坂下)

八浜の一つ大綱(苧綱・帯綱)浜

Img_2067 粟浦の坂(八坂の一つ) 【ルート地図】の②

八浜の一つ粟の浦(浜)へ下る国道55号

Img_2069 坂上方向(坂下の粟ノ浦バス停から)

左に小堂

Img_2070 粟ノ浦

八浜の一つ粟の浦。

Img_2075 天神社

伊勢田川を渡って遍路道に入った所。 

Img_2084 弥勒菩薩石像など 《地図

借戸坂(八坂の一つ)の坂下の三浦浜(八浜の一つ)跡あたり。

Img_2077 石像の由来

「天保5年(1834)この浅川湾をのぞむ景勝の地三浦浜に造立」 とある。三浦浜は八坂八浜の借戸坂の坂下の浜。

Img_2080 三浦浜跡(弥勒菩薩石像前)

埋め立てられてしまった。その向う側は浅川漁港。

Img_2085 借戸坂跡あたりの新しい切通しの坂

右側が弥勒菩薩石像のある丘、手前が三浦浜跡。

Img_2089 浅川漁港

Img_2091 周辺の避難地図

観音庵の所に津波供養地蔵堂がある。観音庵は見当たらず。左下に「スベリ坂」がある。

Img_2095 寛永4年(1627)の津波供養地蔵堂

Img_2093 由来碑

文中に「大潮指込浦上村カラウト坂ノ麓マデ上リ・・・」とある。カラウト坂は八坂の一つ「借戸(かろうと坂」のこと。

Img_2094 津波供養地蔵尊

正徳2年(1712)7月の造立。

Img_2098 中世代の底痕群

岩石の表面に残る水流や古生物の生態を示す底痕。というがよく分からない。

Img_2097 説明板

Img_2101ヨハネス・クヌッセン機関長の碑

紀伊水道で水難した日本人を助けようとして殉難死した、デンマークの貨物船の機関長の追悼碑。この時クヌッセン40歳。この航海を最後に郷里で念願の農園生活に入る予定であった。

自国の漁船にぶつかり、知らん顔で責任も認めないどこかの国の海上自衛隊に聞かせたい話だ。自衛隊にとって自衛とは国民を守ることでなく、自分達を守ることなのだろう。

Img_2100 説明板

Img_2105 スベリ坂(坂上方向) 【ルート地図】の③

ここは海陽町浅川字スベリ石。

Img_2108 下りとなる。

Img_2112 まぜの里(デイサービス)

「まぜ」は「南風」のこと。

Img_2120 大里古墳

直径約20mの円墳。6C末~7C初の築造。横穴式石室。

Img_2114 説明板

Img_2117 石室の天井石

Img_2127 海部川橋から愛宕山

愛宕山の海部川河口近くに海部城があった。

Img_2139 海部川橋と海部城跡

の所

Img_2130 楠神社

Img_2131 海部駅(JR牟岐線の終点)

Img_2134 延命地蔵堂(国道55号沿い)

Img_2142那佐湾

左先端が乳ノ崎 《地図

Img_2148 左が国道55号で徳島方向、正面は太平洋。

Img_2150 湾の奥

正面は二子島か。

Img_2160 乳ノ崎狼煙台

幕末の海上警備のため対岸の乳ノ崎の山頂に設置された。

Img_2157 狼煙台説明板

Img_2158 島弥九郎事件跡説明板

島弥九郎は長宗我部元親の末弟。元親の阿波侵攻の口火となった事件という。

Img_2167 旧土佐街道入口

Img_2169 出口

Img_2175 願行寺

Img_2181 古目大師(番外霊場) 《地図

地元では清水大師という名で親しまれている。清水の豊かな古くからの大師堂だが、番外霊場としての記録は」不明という。

Img_2179 昭和21年12月21日の津波襲来地点(古目大師前)

この上の弁天山が津波避難場所に指定されている。

Img_2183 宍喰大橋(宍喰川・(国道55号)をくぐる。

Img_2190 化石漣痕 【ルート地図】の④

砂質泥板岩の薄い表面に「さざなみ」の跡が化石として残った、「波の化石」。露出面積と規模は日本一とか。

Img_2189 説明板

Img_2193 みとこ(水床)湾

阿波の松島?

Img_2194 説明板

Img_2202 金目番所跡

阿波藩が土佐藩との国境においた関所。古目大師のある古目にも置かれていた。

Img_2208迂回した水床トンネル(638m) 《地図

高知県に入る。

Img_2211 右へ旧道に入り甲浦の町へ下って行く。左は国道55号。

Img_2222 熊野神社

Img_2226甲浦漁港

Img_2232 五社神社

Img_2243 白浜海水浴場 《地図

Img_2250 甲浦(かんのうら)坂 【ルート地図】の⑤

甲浦坂トンネルへ上って下る。

Img_2252 トンネルの手前で迂回路だと思って入ったが・・・。

Img_2265トンネルの反対側の見晴らしのいい所まで上って来たがこの先で行き止まり。同じ道を引き返し甲浦坂トンネルを抜ける。下の海岸は生見サーフィンビーチだろう。

Img_2266 甲浦坂トンネル(150m) 《地図

Img_2269 トンネルを抜け下って民宿谷口へ。

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