四国遍路道(高知県-6)
2008年10月19日
安芸駅(土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線)・・・江湖川橋(江ノ川)・・・本町通り・・・港公園(安芸駅跡・カリヨン時計)・安芸漁港・・恵比寿神社・・・穴内川橋・・・恵比寿堂・・・八流(やながれ)山極楽寺(番外霊場)・・・「雨」の歌碑(赤野休憩所)・・・八流(矢流)の坂・御殿ノ鼻古戦場跡あたり・・・(高知安芸自転車道)・・・遍路休憩所・・・琴ケ浜松原・海水健康プール芸西・・・道の駅やす(ヤ・シイパーク)・・・峯本神社(月見山・姫倉城跡)・・・飛鳥神社・・・明神橋(香宗川)・・・伊能忠敬測量地・・・絵金蔵・弁天座・・・赤岡橋(香宗川)・・・一本松(塩の道分岐)・・・烏川・・・戎神社・・・のいち駅(ごめん・なはり線)
前回に続き安芸駅から28番大日寺へ向う。古い家並みが残る本町通りを西へ進むと安芸漁港の手前の港公園から土佐電鉄安芸線の廃線跡を利用した自転車道に入る。やがてゆるやかな上りとなり、「レストラン矢流」の前の極楽寺(番外霊場)に出る。寺の下の御殿ノ鼻あたりは安芸国虎と長宗我部元親が戦った古戦場だ。自転車道の赤野休憩所から御殿ノ鼻の方へ下る未舗装の坂が元の八流(矢流)の坂だろう。(上の写真)
赤野駅を過ぎると安芸市から芸西村に入り、琴ケ浜の松原の中を行く。日曜日のせいか海水健康プール(屋内)からは子ども達の声が聞こえてくる。香南市の「道の駅やす」の先で自転車道から離れ国道55号に出るとまもなく岸本神社がある。背後の月見山は土御門上皇ゆかりの地で、戦国時代には姫倉城があり、今は月見山こどもの森になっている。香宗川を渡り、赤岡町の絵金蔵に寄ってみた。照明を落とし工夫された展示室に並ぶ大胆な筆使いの妖しげな屏風絵は見ごたえがある。
国道55号をのいち駅の方へ歩いていたら横に自動車が止まった。中から黒の礼服を着て運転している中年の女性が、香南斎場はどこかと聞いてきた。こっちは暑いので白衣は着ていなかったが、リュックを背負い半袖のポロシャツに短パン姿の一目見の旅行者なのに。こんな調子だと葬儀に間に合ったかどうか。
【ルート地図】(236→246)
写真をクリックすると拡大します。
菊水酒造などの蔵造りの商店が並ぶ。
カリヨン時計・旧安芸駅跡(港公園内) 【ルート地図】の236
複数の鐘で音楽を奏でるカリヨンとからくり時計を組合わせたモニュメント。
大師修行の千丈岩といわれる岩場の上の御霊跡。四国三十六不動第15番霊場。
安芸国虎が長宗我部元親に敗れた地。激しい戦いを示す大量の矢が海に流れていたことから、「矢流」ともいわれる。
八流(矢流)の坂(坂上の極楽寺方向) 極楽寺あたりから赤野駅の方へ下る坂。 【ルート地図】の238
♪「雨」♪の歌碑(赤野自転車道休憩所)
安芸市生まれの作曲家、弘田竜太郎の歌碑。
今は土佐電鉄の廃線跡を利用した高知安芸自転車道(全長15.4km)の一部。
休んでいるのは人形だけ
琴ケ浜松原(右が琴ケ浜) 《地図》
お龍は坂本龍馬の妻。
峯本神社 《地図》
背後は月見山(68m)で、承久の乱で土佐国幡多へ流された土御門上皇が土佐から阿波に遷る途中に常楽寺(現宝憧院)に滞在し、名月を眺め都を偲んだという伝承から月見山の名が生まれたとか。
その後、戦国期には姫倉右京が姫倉城を構えたが、安芸国虎に味方したため長宗我部軍に攻め落とされた。現在は「月見山こどもの森」
岡本弥太の詩碑(岸本神社境内)
飛鳥神社 《地図》
絵金蔵 【ルート地図】の246
元は幕末土佐藩の狩野派の御用絵師で、「絵金」こと弘瀬金蔵の屏風絵を展示。暗い展示室で見る妖しげで迫力のある屏風絵は一見の価値がある。
弁天座(絵金蔵の前)
「塩の道」との分岐点の一本松
今は新しい松が植えられている。
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