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2008年10月15日 (水)

四国遍路道(高知県-5)

2008年9月29日

二十三士温泉・・・国道55号(土佐浜街道)・・・二十三士の墓(福田寺)・・・八幡神社・・・安田川・・・八幡宮・・・(土佐くろしお鉄道)・神峯神社鳥居・・・坂本橋(東谷川)・・・真っ縦・・・27番神峯寺・・・神峯神社・・・唐浜化石(食わず貝)・・・安田明神?・・・国道55号・・・名村川橋(名村川)・・・大山岬・・・浜千鳥公園・・・道の駅大山・・・防波堤歩道・恵比寿神社・・・国道55号・・・伊尾木川橋・・・安芸川橋・・・楫橋(江の川)・・・妙山寺・・・江湖川橋(江の川)・・・安芸駅(土佐くろしお鉄道・ごめん・なはり線)

 今にも雨が落ちてきそうな中を、神峯寺(標高430m)へ上るまでは降りださないようにと願いつつ国道を行く。安田川を渡り、安田町の町並みを過ぎ、道標の立つ四辻から右へ入り、土佐くろしお鉄道の線路下に出る。ここに『よさこい節』のヒロイン?、坊さんにかんざしを買わせた娘のその後の「よさこい秘話」の案内板が立っていてこれがなかなか面白い。神峯寺は『よさこい節』の一節にも登場する。そばに神峯神社の鳥居が立ち、東谷川を渡ると上りとなる。はじめはゆるやかだが次第に急坂となり、大きく何回もカーブして上るようになる。

 団体さんがマイクロバスやタクシーで追い抜いて行く。その道を縫うように「真っ縦」と呼ばれる急坂の遍路道が直線的に駐車場近くまで上っている。運動靴のかかとを踏んで前を歩いていた若い外人遍路が靴をちゃんと履き直して真っ縦を上り始める。まだ雨が落ちて来ないのが有難い。真っ縦も思ったほど急でも長くもなかった。普通の山道というところか。駐車場に出るとちょうどバスを降りて来た連中と一緒になる。足早に先に出ると後ろから「お兄さん、ずいぶん足が早いのね。」とおばちゃんの声。嫌味だろうか、感心しているのか。めんどうなので振り返りもせず足を早める。本堂、大師堂を参拝している間にとうとう降ってきた。まあここまでもったのだから結構なことだ。上の神峯神社まで上って見る。神峯の寺と神社は神仏習合の形で信仰されてきた。ここまで来る団体さんはいないが、さっきのとは別の若い外人遍路が上って来ていた。どこでも通じるような軽い挨拶を交わす。

 この先、30分足らずで室戸岬、足摺岬が望めるという展望塔(標高570m)があるのだが、この天気では眺めは望めそうもなく元の道を引き返す。雨は本降りとなり滑るだろうから、真っ縦は降りずに車道を下る。カーブの大回りで距離はかかるが、やはり下りは楽でスピードは出る。雨の中を上ってくる何組かの歩き遍路とすれ違う。挨拶する時の顔が羨ましそうに見える。これからの上りはご苦労さんだ。下って虎縞模様の1輌の「阪神タイガース号」が走る土佐くろしお鉄道沿いを進み、唐浜駅の先で国道55号に出る。雨が強くなり車に雨水を跳ねかけられるので、ポンチョを被り傘をさしての行軍だ。建物のガラス戸に写るポンチョ姿は、まるでほおずきの化け物のようだが、山用だけあって軽くてムレず着心地はいい。格好なんかどうでもいいという気分だ。しかし、だんだん雨の中を一人で歩いているのが馬鹿らしく、みすぼらしく思えてくる。大山岬、浜千鳥公園を過ぎて、道の駅大山で小休止する。ちょうど、夫婦連れの歩き遍路が出発するところだった。お互いこの雨の中、同類項に会えてほっとした気持ち。ちょっとの会話で元気づけられる。ここで二十三士温泉でお接待でいただいた握り飯をほうばる。

 国道から離れ防波堤歩道に入る。雨の中、国道歩きよりは全然歩きやすい。伊尾木駅の先で国道に戻り、伊尾木川、安芸川を越え国道を離れ安芸市街地から安芸駅へ出た。今回の四国遍路道の坂道散歩はここが打ち止め。ほぼ予定通りというところだ。宿に早めに着く余裕を持った日程にしているのが正解なようだ。安芸駅から若い女性の車掌さんが乗っている一輌編成の土佐くろしお鉄道で高知駅へ向った。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2749 二十三士の墓(福田寺) 【ルート地図】の①

清岡道之助を首謀とする土佐勤王の23名は元治元年(1864)9月5日、奈半利川のほとりで斬首された。

Img_2748 説明板

Img_2752 八幡神社(田野駅先の国道55号沿い)

手前に大師堂があるはずだが見当たらず。

Img_2756 安田川河口

正面は国道55号の安田川大橋、その向うは太平洋。安田川にはダムがなく、アユ、アメゴなどの川魚の宝庫とか。

Img_2759 道標などが立つ辻

27番へは山の方へ進む。

Img_2761土佐くろしお鉄道の線路をくぐる。

Img_2762 『よさこい節』の由来の娘(お馬さん)の「よさこい秘話」の説明板(その①)

31番竹林寺の坊さんがかんざしを買った相手の鋳掛屋(いかけや)の娘のお馬さんは、追放され神峯寺の登り口の旅籠「坂本屋」で奉公していた。『よさこい節』の8番には「神の峯」も登場する。

Img_2763 その②

Img_2764 その③

お馬さんはここから須崎池ノ内に預けられ、所帯を持ちニ男二女をもうけ、その後、東京の小石川に引越し余生を送り、北区豊島で病没した。北区の西福寺(豊島2-14)《地図》に墓がある。『六阿弥陀道』で訪れた。

31番竹林寺の近くにお馬の家跡、37番岩本寺への遍路道から近い須崎市池ノ内には「お馬神社」もある。次回に寄ってみたい。

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Img_3595 お馬神社(お馬堂)

神社というより小さなお堂だ。縁結びにご利益があるという。

(10月23日撮影)

Img_3596 説明板

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Img_2765 神峯神社の一の鳥居?

随分と離れてはいるが。

Img_2768_2 神峯寺への上りとなる。お馬さんが働いていた旅籠「坂本屋」があったのはこのあたりか。「坂本橋」があったがこの橋だったか、もっと手前だったか。

Img_2775 太平洋が広がる。

Img_2777 外人遍路が上って行く。

Img_2779 真っ縦の上り口 【ルート地図】の②

Img_2783何度も車道を横切り、直線的に上って行く。

Img_2786 ここまで団体さんはマイクロバスで上って来る。ハイヤーはもっと先の門前まで行く。

Img_2788 27番神峯寺仁王門

Img_2799 うすさま明王

すべての不浄を払う神。トイレに入口に祀られている。

Img_2792本堂

Img_2795 大師堂

Img_2801神峯神社への石段

Img_2813 神峯神社本殿 【ルート地図】の③

明治初年の神仏分離まではここが27番札所で、観音堂と呼ばれ本尊の十一面観音像を納めていた。

Img_2806説明板

Img_2810 砲弾か?

Img_2812燈明巌だろうか?

どうも違うようだ。もっと高い所にあるのか?

Img_2809 説明板

Img_2822 土佐くろしお鉄道(ごめん・なはり線)

黄色に黒の縦線の虎柄の「阪神タイガース号」(唐浜駅付近。向こう側が太平洋)

安芸市営球場(球場前駅そば)を毎年、キャンプ地とする、阪神タイガースを応援するために運行されている。

Img_2825 唐浜化石出土地

「食わず貝」の大師伝説は「食わず芋」、「食わず梨」と同じ話だ。ここは「番外霊場」にはなっていない。あまり知られていないようだ。

Img_2824 説明板

Img_2826 安田明神?

遍路道が国道55号に出る安田明神バス停の所。

Img_2831 浜千鳥公園 【ルート地図】の④

Img_2832♪「浜千鳥」♪歌碑

Img_2834 防波堤歩道

道の駅大山の先から伊尾木駅の間。右に土佐くろしお鉄道。

Img_2837 恵比寿神社(防波堤道の終点)

Img_2835 道案内板

Img_2838 安芸川大橋から

前方の山は雨で煙っている。

Img_2839 妙山寺 【ルート地図】の⑤

源道上人により開かれ、もとは土居村(安芸市土居)にあったのを戦国時代にここに移す。木造聖観音像は鎌倉時代の作で国の重文。

Img_2841 江湖川橋から江の川

Img_2843 安芸駅(土佐くろしお鉄道)

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