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2008年11月 6日 (木)

四国遍路道(高知県-11)

2008年10月24日

Img_3700_2柳屋旅館・・・国道56号・・・新庄川橋・・・角谷トンネル(420m)・・・久保津トンネル(130m)・・・安和トンネル(245m)・・・桜川橋・・・焼坂・焼坂峠(228m)・・・(JR土讃線)・・・長沢川・・・久礼八幡宮・・・(JR土讃線)・・・大坂橋(大坂谷川)・・・大坂・不動の滝・大坂遍路道(上の写真)・・・七子峠(287m)・・・国道56号・・・お雪椿・・・活禅寺窪川別院・・・(JR土讃線)・・・替坂橋(仁井田川)・・・東又川・・・道の駅あぐり窪川・・・県道19号・・・呼坂・呼坂トンネル(153m)・・・吉見川橋・・・37番岩本寺・・・末広旅館

 夜中の雨音はすごかったが、今朝は雨は上がっている。相当降ったので焼坂峠、七子峠への大坂遍路道は大丈夫かちょっと心配だ。一番先に宿を出る。ご老体遍路は電車で土佐久礼まで行くらしい。いくつかトンネルを抜け、安和駅の先で焼坂峠への遍路道に入る。やっぱり下はぬかるんでいて所々道に水が浮いている。それよりも蒸し暑いのとやぶ蚊と蜘蛛の巣には参った。焼坂峠から下って道路工事現場からJR土讃線を越え、線路沿いに土佐久礼の町中に入る。久礼八幡宮に寄ってから、大坂谷川沿いに大坂遍路道に入る。途中、テントの中から足を出して寝ている人がいる。埼玉から来た野宿旅行青年のようだ。起こさないようにそっと通りすぎる。不動の滝?のところでは流れが道にあふれていたが、難なく七子峠へ出た。晴れてきて土佐湾方向の眺めが素晴らしい。風が強く、地図のコピーを谷へ吹き飛ばされてしまった。

 七子峠から国道56号を下り、影野駅近くで遍路道の近道に入り、再び国道に合流し、土讃線を右に見て国道を行く。午後になって疲れも出てきてやっぱり国道歩きはつらい。道の駅あぐりで休憩し、県道19号に入り、呼坂トンネルを抜けて下ると窪川の町中に入る。37番岩本寺は本堂にさまざまな現代の天井画が書かれて面白く、見上げていると首が疲れる。宿坊前のベンチに静岡のOさんと、ご老体遍路が腰掛けていた。Oさんはここへ、ご老体は近くの宿へ泊まるとのこと。こちらも宿坊は苦手(食わず嫌いか)なので末広旅館へ向った。6時を過ぎても夕食の声がかからないので下へ行くと、夕食は部屋へ運ぶとのこと。なんだか一人だと味気ない。量は多いが料理は冷めていて、一人で飲むビールの味もイマイチだった。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_3621 新庄川橋の先から

雲が切れかけて明るくなってきた。

Img_3629 土佐湾

久保津トンネルを抜けた所から。

Img_3638 焼坂峠への道標

Img_3639 焼坂峠へ

Img_3640 遍路道標

Img_3647_2 焼坂 【ルート地図】の①

Img_3652 焼坂峠近くから土佐湾

Img_3653 焼坂峠あたり(標高228m)

Img_3658 昨日の雨で滝?の流水が増え道を覆っている。

Img_3666 遍路休憩所

Img_3668 「そえみみず遍路道」は今年一ぱい通行止

Img_3671 長沢川の土手

ここから土佐久礼の町並みに入る。

Img_3674 西岡酒造店

Img_3677久礼八幡宮 【ルート地図】の②

由緒書によると佐竹氏が勧請した神社。水戸家の前の常陸の領主で秋田に国替えになった佐竹氏の一族で、鎌倉時代に常陸国からここに来住し、後に幡多郡(中村市)の一条氏の重臣となったが、長宗我元親の軍門に下り、大坂夏の陣(1615年)で長宗我盛親と共に滅んだ。近くの久礼城跡は佐竹氏の居城だった。佐竹氏の系図にある佐竹義直は明暦2年(1656)に死んでいるので由緒書の佐竹信濃守源義直(天正9年(1581)に死去とある。)とは別人物だ。(佐竹東家にも義直が、また(額田)義直(佐竹氏4代義重の次男)もいるがこれも別人物だ。) 由緒書の「義直の祖父・・(中略)・・応永年代でないことは明らかである。」はおかしい。由緒書にある「藩庁に出した記録」にあるように、室町時代の応永年中(1394~1428)に佐竹氏の当主が関東から勧請した神社なのだろう。鎌倉時代に最初にこの地に来たのは佐竹家の誰だったのだろうか?

Img_3675 由緒書①

Img_3676 由緒書②

Img_3678 町立美術館

Img_3680 大谷川

Img_3685 青木坂の五輪塔群(池田氏五輪塔群

大谷川を渡った所にあるようだ。青木坂と言っても傾斜はほとんどないようだ。

Img_3693 大坂

新しい道路の工事中、トンネルも掘られている。

Img_3695 米の二期作か

Img_3697 大坂遍路道を上って行く。

Img_3698 埼玉からの野宿旅行青年のようだ。

起こさず静かに通り過ぎる。

Img_3706 不動の滝?

左上に不動像

Img_3717 七子峠(287m)から久礼湾、土佐湾 【ルート地図】の③ (大坂遍路道を上った所)

七子峠哀歌:「この峠の北山の城主だった白皇千助兵衛は戦いに敗れ討死した。妻女は七人の子と共にここから谷へ身を投じた。翌年の春から美しい鶴がこの峠の上を舞うようになった。毎年春の7日間、7年間舞った後、8年目から鶴は来なくなった。里人たちはこの鶴こそ子どもを失った母親の化身と思い、この峠を「七子峠」と名づけたという。」

七つの集落「七郷」からきているとも、七戸の茶屋があったからともいわれている。

Img_3711 七子峠哀歌①

Img_3715 七子峠哀歌②

Img_3723 お雪椿(四万十町) 《地図

Img_3720_2 説明板

Img_3731 遍路道

国道56号から離れ影野駅の先でJR土讃線を越え、また国道56号に合流する。

Img_3754 呼坂トンネルを出て下る。

Img_3758 苔むした崖がいい。

Img_3757 呼坂(坂下方向) 【ルート地図】の④

Img_3761 37番岩本寺 【ルート地図】の⑤

Img_3765_2 本堂

この寺には七不思議の伝説がある。①子安桜、②戸たてずの庄屋、③筆草、④尻なし貝、⑤三度栗、⑥口なし蛭、⑦桜貝、というが説明板もないようで(見逃したのかも)どれか分からず。⑤の三度栗のお菓子は門前の店で売っていた。

Img_3764 本堂の天井画

いろんなジャンルの絵が見下ろしている。

Img_3766 説明板

Img_3767 大師堂

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