四国遍路道(高知県-14)
2008年10月27日
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土佐の小京都、四万十川と後川に挟まれた中村の町を散策し、高知駅に出て元の30番札所だった安楽寺へ寄り、高知城から玉水町の思安橋(跡)まで足をのばし、はりまや橋で今回の四国遍路道の坂道散歩の打ち止めとした。
【ル-ト地図】(350→357)・高知駅周辺(265-2→265-6)*参考:『四万十タウンマップ』・『高知城周辺史跡マップ』
写真をクリックすると拡大します。
【ル-ト地図】の352土佐一条家第二代房冬の夫人。
【ル-ト地図】の350中村城は為松山頂にあった4つの城の連立式城郭。
【ル-ト地図】の351 【ル-ト地図】の354 【ル-ト地図】の355応仁の乱で京から下向した一条氏の中村御所跡に建つ。
「咲かずの藤」説明板
確かに水は澄んでいる。
******ここからは高知城下******
安楽寺(30番奥の院・元30番札所) 《地図》
平成6年までは善楽寺とこの寺の二つの30番札所が存在し、「遍路迷わせの三十番」と言われてきた。
薫的神社(洞ケ島神社) (安楽寺の隣り)
土佐の「イゴッソウ」の元締めのような薫的和尚を祀る。四万十市中村にも薫的神社があり、訴訟事、勝負事の神様、試験合格の神様として人気がある。
頑固で激情型の人物だったようだ。
【ル-ト地図】の265-3正面奥の丘が岡豊城跡
正面の襖の後ろに畳敷きの小部屋がある。
城内のこの鐘はもとは一時廃寺となった善楽寺にあったものともいうが。
坂本龍馬誕生地 《地図》
思案橋(跡) 玉水町1と2の間 《地図》
ここ玉水町にあった遊郭「上の新地」(玉水新地)へ、「行こか、戻ろか」思案した橋。ちなみに「下の新地」は鏡川の河口の埋立地にあったが戦災で廃業した。ここは戦後まで赤線地帯だったという。どこかに高知城へ向う武士たちが、ここでどの道を通って城へ行こうか思案したなんて書いてあったがそうだろうか。長崎の思案橋は『長崎市の坂-2』、金沢のは『金沢市の坂-4』、津山は『出雲街道(津山宿)』に記載。
低い橋柱の下に水が流れているから今も現役の橋か。橋の上は道路と一体化しているので橋とは気がつかないだろう。もう一方の橋柱に「大正十五年五月架換」とある。
思案橋の手前の上町5の通り。
旧山内家下屋敷長屋跡 《地図》
現在は三翠園の敷地の一部になっているようだ。
【ル-ト地図】265-5京都河原町の土佐藩主山内邸にあった土佐稲荷を遷し、平成11年に「よさこい稲荷神社」と改称した。昭和40年頃まで縁の下に狐が棲んでいたという。
はりまや橋(播磨屋橋)とお馬と純信の石像。《地図》
「日本三大がっかり名所」の一つ。「がっかり橋」か。
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