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2008年11月30日 (日)

四国遍路道(高知県-17)

2008年11月18日

Img_4714_3民宿はっと・・・県道27号・・・難の大岩・・・夕日ケ崎・・・遍路休憩所(「トオルマの夕日」鑑賞地)・・・松尾天満宮・松尾のアコウ(絞殺木)・・吉福家住宅・・・女城(めじろ)神社・女城岬・・・灯明台(金刀比羅宮)・・・鴉(からす)ノ岬展望台・・・影山椿園・・・払川・・・みなと橋・・・蛭子橋(大浜川)・・・皇太神宮・・・中浜(ジョン)万次郎生誕地・・・六部堂・・・厚生橋・唐船島・清水港・鹿島神社・・・国道321号・・・以布利第2・第1トンネル・・・大岐海岸・・・民宿いさりび 

 今日は足摺岬の西岸を行き、清水港から国道321号を北上し、以布利港の先で昨日歩いた道に出て、逆に進み久百々までの打戻りの行程で距離的にもたいしたことはない。遅い朝食の後、女将から民宿経営の苦労話(外人客、釣りの団体客のことなど)を聞いて8時近くに宿を発った。途中、遍路道沿いや少し離れた所に寄り道する見所がけっこうあって好都合だ。

 松尾天満宮裏の絞殺木(こうさつもく)のアコウの大木を見た後、女城岬の平家落人伝説の女城神社に下り、小高い灯明台に上り、鴉ノ岬展望台へ下ってから戻って遍路道に入る。山道を抜けると舗装された緑の多い静かな道になり、途中に椿園などもあって歩いていて気分がいい。県道27号に出てしばらく行くと大浜から中浜へ入る。(上の写真は大浜から中浜への境あたりから大浜方向) 中浜はジョン万次郎の生まれた所で、帰国後は旗本になって中浜の姓をつけた。中浜万次郎生誕地記念碑の先の食料品店で昼の菓子パンを買って店を出ようとしたら、客のおばあさんがお接待にと千円札を差し出した。ちょっと多すぎると言ってみても引っ込めようともしないのでいただくことにする。39番延光寺でおばあさんの健康、長寿を願うことにしよう。再び遍路道に入り六部堂の下あたりでパンをかじる。けっこう長い木々の間の遍路道は清水港に架かる厚生橋のそばまで続いていた。唐船島が浮かぶ港岸沿いを進み、鹿島公園の先から国道321号を北に上る。

 以布利トンネルを抜け下りかけた所が窪津港方向と以布利港、大岐海岸方向の分岐点だ。道標を確認していたら窪津方向へ行く車が止まった。乗せてくれるというが、歩きますのでと丁重に断る。まあ方向も違うが。下って以布利の交番の先で、昨日、以布利港へと下った遍路道の分岐点に着いた。ここから先は昨日と逆に同じ道をゆっくり歩く。大岐海岸で一休みして波打ち際に手を入れてみた。さぞかし冷たいだろうと思いきや暖かくてびっくり。ちょうど海から上がってきたサーファーの青年に海の中は冷たいだろうと聞いてみると、海の中の方が外より全然暖かいと言われまた驚いた。青年は静岡から車でいい波を求め全国?を回っているという。88の寺を歩いて巡っている人もいれば、サーフィン海岸巡りをしている人もいる。十人十色の楽しみ方があるものだ。(四国遍路は道楽ではないと目くじらを立てる輩もいるだろうが。)

 午後から風が少し強まってきたようで、北に向って歩いているので半袖だと少し寒く感じてきた頃に民宿いさりびに着いた。この宿は国道沿いの少し小高い所にあって海の眺めがいい。晴れていれば明日の日の出が拝めそうだ。今日の泊り客は神戸の区切り打ち歩き遍路のSさんと3人組みの若者と私の5人。Sさんは足を少し痛めているので明日、足摺岬の38番を今回の打止めとし、バスで中村まで戻って帰宅するいう。当初は隣りがSさんの部屋だったが若者たちと部屋を変えたようで、遅くまで3人で喋っていて耳障りでなかなか寝つけなかった。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_4624_3                    

難の大岩

何の大岩なのか調べても分からず。

Img_4629 遍路休憩所 

「トオルマの夕日」の案内板がある。

Img_4630トオルマの夕日」案内板

Img_4631 トオルマの夕日の写真

春分、秋分の日の前後数日間に太平洋に沈む夕日が洞穴内に差込み、揺れる海面を赤く染める。

Img_4633 トオルマの夕日が差し込む洞穴だろう。(正面下) 【ルート地図】の①

Img_4641 松尾天満宮

拝殿の中に廻り舞台があるようだ。

Img_4640 説明板

Img_4644 アコウの大木

Img_4642 説明板

Img_4646 中は空洞になっている。他の木に寄生して成長したアコウの気根が元の木を覆い絞め殺して枯らしてしまい空洞になった。アコウは恐ろしい絞殺木なのだ。

Img_4652 吉福家住宅(国指定重要文化財)

明治34年に吉福家の二代目によって建築された。

Img_4648 説明板

Img_4650 主棟

Img_4654女城神社 【ルート地図】の②

平家落人伝説にまつわる生平さまを祭神とする子宝・安産の神様。

生平さまが出産の後、産衣を洗ったのが「女川」で、今も川に下りる坂は「女子ノ坂」と呼ばれているそうだ。次回に行って見たいが。次回はいつか、次回はあるのか・・・。

Img_4656 女城鼻監視哨跡(女城岬の女城神社境内)

太平洋戦争末期に米軍機をここから監視した。海面近くに飛来する米軍機をここから小銃で狙撃したという。子どもの戦争ごっこじゃあるまいし。

Img_4655 説明板

Img_4657 女城岬から足摺岬方向

下は磯釣場

Img_4674灯明台(金刀比羅宮の石灯籠)

灯台の役目をしていたのだろう。安政7年(1860)の建立。

Img_4672 灯明台から

Img_4678_2 鴉(からす)ノ岬展望台から 【ルート地図】の③

東(女城岬、足摺岬)方向

Img_4679西方向

Img_4687遍路道

Img_4695倒木が道をふさぐ

Img_4719中浜(ジョン)万次郎生誕地碑(中の浜地区)

Img_4722 六部堂

Img_4728 遍路道

Img_4738 唐船島(清水港の厚生橋の所) 【ルート地図】の④

応仁の乱で土佐に下向した一条家が中国に遣わした遣明船の前線基地だった。南海大地震(昭和21年)で80cm隆起して国の天然記念物となった。歴史学上ではなく、地質学上での指定のようだ。

Img_4735 説明板

Img_4743 清水港

Img_4749 鹿島神社

鳥居の向こうは清水港

Img_4745 由緒

Img_4752「お遍路さん優先いす」で一休み

国道321号沿いのコンビニ「スリーエフ」

Img_4755 以布利トンネルへ上る。

Img_4763トンネルを抜けた窪津と以布利、大岐方面の分岐。大岐方向へ進む。

Img_4766 昨日の道に出る。

昨日はここから以布港へ下った(正面右)。

Img_4768_2 幡陽小学校の先で右へ 大岐海岸へ下る。

Img_4771 小さな流れを木を足場にして渡る。

Img_4774 大岐海岸は今日もいい波が来ている。 【ルート地図】の⑤

Img_4781 遍路道

Img_4793 磨り減った石仏が2体

Img_4381 民宿いさりび

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