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2008年12月 1日 (月)

四国遍路道(高知県-18)

2008年11月19日

Img_4879_2 民宿いさりび・・・やすらぎ大師・・・五味橋・・・五味天満宮・・・国道321号・・・ドライブイン水車・県道346号・・・市野瀬橋(市野瀬川)・・・(三原村)・・・へんろ道跡・・・どぶろく街道(五輪さん・狼内城址・みみごさん・天満宮・真念石)・・・宮ノ川トンネル・・・船ケ峠(140m)・・・県道21号・・・遍路休憩所・・・(宿毛市)・・・梅ノ木橋(中筋川)・梅ノ木トンネル・中筋川ダム(蛍湖)・黒川大橋・黒川トンネル・・・稲荷社・・・平田橋・・・(土佐くろしお鉄道)・・・旅館ひらた荘

 昨日の夜からぐっと冷え込んできた。部屋の窓は水滴で濡れている。明け方は曇っていたが雲の切れ目から太陽が昇って来た。なかなかの光景だ。今日は幡多地方で唯一海に面していない山間部にある三原村を越え、宿毛市に入り39番延光寺を目指す。途中に店がなく昼飯はどうしようかと思っていたら宿からお接待におにぎりと果物の弁当をいただく。大助かりだ。

 やすらぎ大師を過ぎてしばらくして、下ノ加江小学校へ登校する小学生の女の子2人と挨拶を交わし、一緒に歩く。3年生ぐらいか、「お寒くなりましたね」なんてなかなか心得ている。確かに昨日までとは違い冬の寒さだ。遍路は見慣れているという。どこまで行くのか聞いてきた。松山まで行くというと、「松山からお家に帰るの、お家はどこなの」と心配?そうだ。私かお遍路は帰る家がないか、帰れない事情があるか、四国をぐるぐる回っているとでも思っているようで可笑しかった。生徒は全校で65人だそうだ。おじさんの頃は一学年で何百人もいたよと言ってもピントこない様子だった。2人は手を振って下ノ加江川を渡って小学校へと向って行った。

 こちらは五味橋を渡り、天満宮の先で国道321号に出て、真念庵の下を通り、道標の立つ市野瀬橋から三原村へ県道346号を上り始めた。しばらくすると晴れていた空が妖しげになり雨が降り出した。前からの風もけっこう強い。峠を過ぎるとなだらかな平地となり、道脇の三原村の案内図には、ここの県道は「どぶろく街道」とある。お接待にどぶろくを出されたらどうしようなんて(飲むのに決まっているが)勝手なことを考えながら歩いていたら帽子がないことに気づく。どぶろくではなく変な妄想?に酔って風に飛ばされたのをうっかりしたようだった。帽子はあきらめかけたが雨の中を少し戻ってみたら、幸い道の真ん中に落ちていた。ちょうどそこへ遍路が一人、いいペースで歩いてきた。しばし一緒に話しながら進む。1番から通しで回っているという。自動車も持ってきていて、一つのビジネスホテルなどを基点にして何日間か置いておき、何日間か歩いた後に電車で取りに行き次ぎの基点まで車を移動させながら歩きの道筋はつなげて札所を回っているという。いろんな遍路がいるものだ。毎日30km以上も歩いた後に電車に乗って戻り、知らない暗い道を運転するなんてとてもできる芸当ではない気がするが、彼氏はなかなかの健脚だ。

 真念石の所から健脚遍路のK氏は真念遍路道へ(上の写真)こちらはなお、どぶろく街道の県道を進むので別れる。船ケ峠(峠といっても標高140mの町中だが。【ルート地図】の④)を越え、宿毛市の方へ下っていると後ろから大きな荷物の青年遍路がやって来た。話しながら歩いていると前から来たライトバン?が止まり、運転していたおじさんからビニール袋入りのお菓子をいただく。運転席にはダンボール箱に入ったお菓子の袋がぎっしり。きっと遍路道を逆打ち運転し、出会う遍路にお接待しているのだろう。清水川荘前の遍路休憩所で青年遍路と一休み。静岡から来て通しで回っているという。好き嫌いが激しく宿の料理は食べられず、いつも素泊まりだそうだ。何十日もの間、コンビニや外食で札所を全部回るのは大変なことだ。費用も余計にかかるだろうにと同情とちょっと哀れむ。電話中の偏食青年遍路を後に残し、先に休憩所を出る。

 牛が放牧されているのどかな風景を過ぎ、宿毛市に入り梅ノ木橋を渡る。下の中筋川ダムの蛍湖の眺めがいい。県道21号を下り、稲荷社の前の分岐を左に入り平田駅方向に進む。途中の平田郵便局の前で休んでいたら高年2人組遍路が追い越して行った。土佐くろしお鉄道を越え、近くのコンビニへ寄ると、偏食青年遍路と高年2人組み遍路、と女性の遍路(後で知ったが野宿で通しで回っている。)が一人、店の前で話していた。ここ後、健脚遍路のK氏を含め、今日出会った遍路たちとは前になったり後になったりして何日間も進むことになる。

 少し戻って平田駅そばの旅館ひらた荘へ入る。今はおじいさんとおばあさんの2人でやっている宿で、今日の泊まりは私一人。ビールと焼酎を飲んですっかり暖まった夕食後、玄関のロビーでおじいさんと話す。客は少なく、固定資産税だけはガッポリ取られ、2人の年金だけでは旅館はやっていけないと嘆かれた。厚木にいる息子が旅館を継いでくれるというが、おじいさんのはかない希望でなければよいが。話をしているうちに寒くなってきた。今夜は冷えるという。酔いが残っているうちに寝ることにする。

  【ルート地図

  *参考:『三原村ホームページ

  写真をクリックすると拡大します。

Img_4816 日の出

民宿いさりびから

Img_4830 五味橋(下ノ加江川)から

Img_4833 五味天満宮 【ルート地図】の①

Img_4844 道標

市野瀬橋の所

Img_4843 説明板

Img_4855 三原村へと上って行く。

Img_4859 へんろ道跡

Img_4863 左が遍路道跡

三原と下ノ加江を結ぶ米売り、魚売りの道。

Img_4862 遍路墓

左の説明板の後ろが伊平さんの墓だろう。他にもいくつかある。

Img_4860 説明板

へんろのことを「へんど」と呼んでいる。

Img_4864 峠近くから

Img_4872 どぶろく街道沿い 【ルート地図】の②

五輪さま(左の五輪塔) これが三原村で最大の五輪塔という。

Img_4871 説明板

Img_4874 狼内(おおかみうち)城址

狼内はここの地名、昔は狼が出たのだろうか?

Img_4873 説明板

Img_4875 みみごさん

Img_4878 天満宮

Img_4877 説明板

Img_4881 真念石 【ルート地図】の③

船ケ峠越えの遍路道と地蔵峠超えの真念遍路道分岐に立つ道標。真念著「四国遍路道指南」には、「・・・・いにしへハ左へゆきし、今は右へゆく」とあるそうだ。右は真念遍路道のこと。今回は左の道を行く。健脚遍路のK氏は右へ行った。距離的には真念遍路道の方が1km弱長い。

Img_4880 説明板

Img_4886 どぶろく街道の道標

Img_4897 八坂神社

Img_4907 牧場

Img_4909 宿毛市に入って道路の下にあるこれは何なのか?

Img_4911 梅ノ木橋・梅ノ木トンネル

Img_4916中筋川ダム(蛍湖) 【ルート地図】の⑤

中筋川は宿毛市の白皇山(458m)を源とする。足摺岬の白皇山(433m)と同じく白皇権現を祀っていた山なのか?

Img_4925 稲荷社

かなり上っても社殿に行き当たらず。

Img_4930 旅館ひらた荘

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