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2008年12月 5日 (金)

四国遍路道(高知県-19・愛媛県-1)

2008年11月20日

Img_4987 旅館ひらた荘・・・国道56号・・・遍路道・・・井堰の鼻橋・・・39番延光寺・・・押ノ川神社・・・碑田川・・・宿毛大橋(松田川)・・・宿毛歴史館・小野氏邸跡・・・清宝寺・・・貝塚橋・宿毛貝塚・・・八坂・厳島・愛宕神社・・・松尾坂口番所跡・松尾坂(上の写真)・・・松尾峠(300m)・松尾大師一夜庵(番外霊場)・国境碑(土佐・伊予)・・・純友城址(331m)・・・・愛媛県愛南町・・・小山番所井戸跡・・・春日神社・休憩所・・・札掛・篠山(ささやま)神社一の鳥居・・・赤坂街道(赤坂遍路道)・・・大宮神社・休憩所・・・上大道(うわおおどう)・・・いっぷく堂(遍路休憩所)・・・僧都(そうづ)川・・・とよた茶堂・・・観栄橋・・・40番観自在寺・・・県道56号・・・八幡神社・・・ひかりビジネスホテル・・・ビジネスホテル春日

 昨夜から冷え込んでエアコンをつけたまま寝た。国道に設置してある温度計は1℃を指していた。冷えて凍った雨水が溶けたのだろう、電線から水滴が落ちてきた。39番延光寺から国道56号に出てしばらくして、休憩している偏食青年遍路のN君に会った。延光寺近くの民宿などの宿泊施設のいくつかは潰れていて、昨日は民宿嶋屋の泊まったという。今日は松尾峠越えではなくこのまま国道56号を行くという。若いのにと思いながらN君を置いて先に宿毛市へと向う。

 宿毛貝塚を過ぎ、しばらく遍路道を行くと松尾坂の上りとなる。この道は藩政時代からの重要な道で、番所が土佐、伊予側に置かれ、松尾峠には国境碑が2基立っている。峠から少し海寄りに入って上ると純友城址で、展望台からの宿毛湾方向の眺めは180度?の絶景だ。

 松尾峠から下って愛媛県愛南町に入る。遍路道沿いにきれいで新しい休憩所などが設置され、道標もしっかりしていて歩きやすい。何度も車道を横切る旧赤坂街道の赤坂遍路道から上大道の遍路道に入り、古い家並み中を通って僧都川に出た。下流へ観栄橋を目指すが、いくつかの橋を過ぎてもなかなか観栄橋が現れずけっこう疲れた。先に番外霊場の仏眼寺へ寄るつもりだったが、観栄橋を渡ったらすぐに40番観自在寺で、仏眼寺からはだいぶ離れてしまっていたのであきらめる。

 延暦寺系の荘園があったという御荘平城(もとは御荘町だった。)の40番観自在寺の境内でN君、高年2人連れ遍路(一人歩き遍路が何日間も一緒に歩いているらしい。)と女人野宿遍路に出会い、一緒に国道56号を今夜の宿に向う。私はひかりビジネスホテルだ。昨日、電話をした時、おばあさんが出てちょっと頼りなさそうで心配だったが、不安が的中、結局そこには泊まれず(食事の用意が出来ないのだろう。) すこし先のビジネスホテル春日を紹介してもらう。そこにはN君がいて自転車を借りて外食チェーン店まで夕食に行くという。さすが偏食遍路だ。でもご苦労なこった。

  【ルート地図

  *参考:『松尾坂へんろ道

  写真をクリックすると拡大します。

Img_4931国道56号から離れ 39番延光寺へ

Img_4932 遍路道沿い

Img_4935 39番延光寺 【ルート地図】の①

「修行の道場」土佐、高知県の最後の寺。

Img_4941 縁起

Img_4936山号「赤亀山(しゃっきざん)の由来となった梵鐘を背負った亀。もとは海辺に近い所にあった寺か。

Img_4937 本堂(右)・大師堂(左)

Img_4940 本物の国指定重要文化財の銅鐘

延喜11年(911年)の銘があるという。一時期、高知県庁で県議会の開会、閉会用の合図用に鳴らされていたという。

Img_4939_2眼洗い井戸

大師が宝医水と名づけた霊水。

Img_4938 縁起

Img_4942 押ノ川神社

このあたりに押ノ川一里塚があったのか。

Img_4947 宿毛大橋(松田川)から

Img_4952 小野氏邸跡

宿毛歴史館の敷地になっている。

Img_4950 宿毛の説明板

Img_4956 キッコーマルキ醤油(谷坂醸造)

キッコーマン醤油ではない。

Img_4959 宿毛一里塚跡

Img_4965 宿毛貝塚 【ルート地図】の②

縄文時代中期の貝塚

Img_4966説明板

Img_4971 宿毛湾

Img_4982 土佐褐毛牛

Img_4980 説明板

Img_4979先を急ぐで

Img_4985 松尾坂口番所跡

藩政時代には四国遍路の土佐への出入口はここと、甲ノ浦の2ヶ所しか許されていなかった。

関守だった長田氏は今も居住している。

Img_4984 説明板

Img_4988 松尾坂

Img_4993 松並木があったあたりか。

Img_4992 説明板

Img_4995 石畳

Img_4994 説明板

Img_5001 茶屋跡説明板

松尾峠そば

Img_5004 松尾大師堂一夜庵(番外霊場) 【ルート地図】の③

Img_5002 説明板

跡とあるが平成13年に再建された。

Img_5005 松尾峠説明板①

Img_5006 説明板②

Img_5013 国境碑(土佐側)

元禄元年(1688)の建立。

Img_5010 伊予側

貞享4年(1687)の建立

Img_5014 松尾峠から純友城址へ

藤原純友の乱

Img_5015 説明板

Img_5021 純友城址から宿毛湾方向

沖ノ島(後方右)・ビロー島(後方中央の小島)・柏島(後方左の岬の突端か)・手前は宿毛新港

Img_5016 展望図

Img_5038 小山番所井戸

宇和島藩の番所の井戸。民家の敷地中にあるらしく写真は撮れず。「関の戸を越えゆく末は 伊予なればいよいよ 故郷遠ざかるらむ」なんてしゃれた坊さんの歌。

Img_5042 春日神社・休憩所

Img_5049 篠山(ささやま)神社一の鳥居(札掛)

40番観自在寺の奥の院観世音寺の前札所の一の鳥居。『松尾坂へんろ道』の説明。

『へんろ道保存協力会 解説編』には、篠山神社(もとは観自在寺の奥の院)、篠山観音寺(跡)(観世音寺か?)、歓喜光寺(篠山権現前札)とある。

Img_5054札掛から赤坂遍路道へ下る坂。

Img_5061 赤坂遍路道

Img_5064 赤坂遍路道 【ルート地図】の④

Img_5074明るい所へ出る。

Img_5081 大宮神社・休憩所

Img_5091 いっぷく堂

遍路休憩所

Img_5086 上大道案内番

満倉小学校の前

Img_5092 気持ちのいい上大道だ。

Img_5096 何ともいえない顔の地蔵さん。

Img_5097 古い家並みの通り

Img_5102 とよた茶堂(休憩所だ。)

道路の右側は僧都(そうづ)川。僧都の由来は何なのか?延暦寺(天台宗)系の僧とかかわりがあるのか。

Img_5104 豊田窯跡説明板

Img_5112 観栄橋(僧都川)から御荘港方向

Img_5114 40番観自在寺【ルート地図】の⑤

地名の御荘平城と山号の平城山は、平城天皇が藤原薬子の乱に連座してこの地にしばらく逃れて来たことに因むともいう。「菩提の道場」の伊予、愛媛県の最初の寺。

Img_5113 説明板

Img_5115 本堂

Img_5116 説明板

Img_5117 大師堂

Img_5118 説明板

Img_5119独鈷杵

大師堂の賽銭箱の上

Img_5121 説明板

Img_5124篠山大権現

もとは奥の院だった篠山神社の分社か。

Img_5125 宝聚殿文殊堂

Img_5128 芭蕉句碑

「春の夜や 籠人ゆかし 堂の隅」

Img_5130 門前の坂

Img_5135 ビジネスホテル春日

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