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2008年12月 7日 (日)

四国遍路道(愛媛県-3)

2008年11月22日

よしのや旅館・・・国道56号・・・松尾峠遍路道・・・採石場・・・国道56号・・・来村川・・・子安地蔵堂・・・千歳橋(来村川)・・・普達橋(来村川)・・・馬目木大師(番外霊場)・・・神田川・・・泰平寺・・・泰平橋・・・勧進橋・・・児島惟謙誕生地・・・木屋旅館(跡)・・・六兵衛(六兵エ)坂・・・辰巳橋(辰野川)・・・寺町(真教寺・西江禅寺・選仏寺)・・和霊神社・・・宇和島城・・・辰野川・・・龍光院(番外別格二十番霊場第六番札所・41番奥の院)・・・(JR予土線)・・・明海寺・・・国道320号・・・千文川・・・県道57号・・・(JR予土線)・・・遍路休憩所21号・・・窓峠(160m)・・・(務田(むでん)駅)・・・渡瀬橋(三間川)・・・41番龍光寺・・・遍路道・・・コスモス街道(県道31号)・・・則橋(長谷川)・・・42番仏木寺・・・民宿とうべや

 国道56号の松尾トンネルの手前から峠越えの遍路道に入る。峠から下って行くと、道沿いに「ワサあり 犬注意」の看板が掛かっている。野犬でも出るのかとちょっと気になる。(後述) 採石場を抜け再び国道に出て北へ、子安地蔵堂を過ぎて右へ宇和島市街地へ入る。民家の奥にひっそりと馬目木大師堂がある。神田川沿いの泰平寺を出て、大村益次郎生誕地の説明板を読んでいると、後ろから車の大きな警笛。振り向くと運転している女性が能面の鬼のような顔でこちらを睨んでいる。どう見ても「愛媛」という顔ではない。

 遍路道から離れ寺町の方へ行く。木屋旅館(跡)の先から緩やかな六兵衛坂を上り、下って辰巳橋を渡り西江禅寺、選仏寺へ寄ってみる。戻りかけると西江禅寺へ墓参りの檀家の人が寺の裏の枯山水の庭へ案内してくれた。手入れの行き届いた端正な庭だった。さらに前原巧山の墓にもご一緒した。司馬遼太郎、吉村昭なども墓参りに来たという。遍路道に戻り、和霊神社から宇和島城に上り、商店街のそば屋で昼食とした。昭和30、40年代の映画ポスターが貼ってあって懐かしい。41番奥の院龍光院は明るく広く、堂も新しい。脇から市営闘牛場へ行けるようだ。

 JR予土線沿いに国道320号を進み、北宇和島駅の先で線路を渡ると県道57号の長い上りが務田駅近くまで続きけっこう疲れてきた。務田駅手前から北へ標高200近くの平地の広がる中を行と41番龍光寺だ。ここでも偏食青年遍路、女人野宿遍路、高年2人組遍路に会う。今日は42番仏木寺の先の歯長峠を越え、民宿みやこまで行くという。ここからまだ12kmくらいはあるだろう。今からだと6時は過ぎてしまうのではとちょっと心配だが。歯長峠は越えずにトンネルを通ったのだろうか。41番龍光寺は「三間のお稲荷さん」と親しまれているように、神社の中の寺という感じだ。参道前に鳥居、石段上に狛犬、本堂、大師堂の上に稲荷社の立派な社殿が下を見下ろしている。

 龍光寺から42番仏木寺への近道の遍路道があるはずだが分からず参道を戻りかけると、売店のおばさんが呼びとめて駐車場から上る遍路道を教えてくれた。ずっと県道を行くのと20分は違うそうだ。疲れてきた足には有り難い。遍路道から県道31号に出て仏木寺を目指す。コスモス街道の看板か架かっているが、もう遅いのかそれほどのコスモスではない。仏木寺は牛馬の守り仏というように、家畜慰霊堂が建ち、鐘楼の屋根も茅ぶきで農家風だ。一時期、無住の時があり、納経は龍光寺で兼ねていてお遍路の間では「死(しに・四二)番」と呼ばれたこともあったという。

 ここから今日の宿の民宿「とうべや」は近い。玄関前に何人かが話していたが近所の人のようで、この宿はなかなかユニークなおじさんが一人で切り盛りしている。「とうべや」は屋号の「とうべえ(藤兵衛か?)」からで、当主は15代目だとか。今日の泊まり客は、横浜のOL女史と私の2人。OL女史は連休などを利用して歩いて88ケ寺を回っているという。今回は21日から24日までの4日間。歩き始めて調子が出てきたら帰る感じでちょっともったいなく、可哀そうにもなったが、それでもしっかりと回って距離的には2/3くらい来ているのだから立派なものか。夕食後、民宿のとうべえさんが、狸に餌をやるのをOL女史は見せてもらったそうだ。何匹もの狸が寄ってきたという。「狸のとうべえ」と呼ばれていると翌日泊まった「ときわ旅館」の主人が話していた。今日は坂で「兵衛さん」、和霊神社で「山家清兵衛さん」、ここで「とう兵衛さん」に出会った坂道散歩の1日だった。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5296 岩松川

川霧が立っている。

Img_5305 松尾トンネル手前から左へ遍路道に入る。

Img_5306 案内図

Img_5309 遍路休憩所

Img_5313 松尾峠(220m)あたり

Img_5317 遍路休憩所

Img_5320 「ワサ有り犬注意」の看板

ワサは猪除けの針金の仕掛けで、散歩中の犬が引っ掛からないための警告板。道自体には仕掛けられていないそうだ。(「とうべや」のあるじの話)

ワナ(罠)のことを「ワサ」というのだろう。

Img_5321 下って採石場を抜ける。

Img_5328 採石場

Img_5329 闘牛のポスター

宇和島では今でも闘牛が盛んなのか。龍光院の奥の方に市営闘牛場がある。このポスターは10月26日の大会でもう終わったものだが。

Img_5332 子安地蔵堂(松ケ鼻バス停そば)

縁起を要約すると、「大師が一夜の宿を借りた柿ノ木在の兄弟に2体の石仏を与えた。兄は地蔵菩薩を松ケ鼻に、弟は青面金剛像を松尾坂の麓に小祠を作り安置し崇敬した。石仏はその後、土中に埋もれ幾百年か経った。延宝5年(1677)頃、深田の庄屋の河野某の夢に地蔵菩薩が現れ、土中から掘出して堂に安置せよ。さすれば災いを除き、婦人の産生安泰を守ろうとのお告げがあった。庄屋は土中から地蔵菩薩像を掘出し、堂を作って遷座安置して祀った。」 弟の青面金剛像は土中に埋もれたままか。

Img_5333 縁起

Img_5336 よだれ掛けがいくつも。

Img_5343 馬目木大師(番外霊場) 【ルート地図】の①

宇和島港の対岸の九島鯨谷にあった願成寺の遥拝所で、大師が札掛け用の馬目木(ウバメガシ)の枝を立てた。これが根付いて葉が繁り、ここ元結掛に大師堂が建立された。

左の木が馬目木(ウバメガシ)か?

Img_5345 由来書

Img_5344 大師さん

Img_5352 児島惟謙誕生地

大津事件の時の大審院長で司法権の独立を守ったとされる。

Img_5351 説明板

Img_5353 木屋旅館

1995年に廃業した。

Img_5373 説明板

Img_5354_2 六兵衛坂(坂上方向) 【ルート地図】の②

傾斜は緩やかだ。宇和島で坂の名のある唯一の坂というが、まだあるのでは。近くに六兵衛さんの家があったのか、六兵衛さんが作った坂なのか。

Img_5356 坂上近くの右側の塀に

Img_5357 坂上から

Img_5364寺町界隈

西江禅寺

Img_5368 枯山水の庭(西江禅寺)

Img_5367 寺町の坂

選仏寺から西江禅寺方向、左は辰野川。

Img_5366 選仏寺

Img_5369 前原巧山の墓

幕末の宇和島藩で蒸気船を製造した科学技術者。

Img_5370 説明板

Img_5375和霊神社

宇和島藩草創期の家老で宇和島藩のお家騒動(和霊騒動・山家事件)で殺された山家(やんべ)清兵の邸宅跡。本社は和霊町にある。

Img_5378 説明板

Img_5377 中島神社(和霊神社境内)

常世の国から「非時香菓」(ときじくのかぐのこのみ)を持ち帰ったという田道間守(タジマモリ)はお菓子の神様。兵庫県豊岡市に本社が鎮座する。

Img_5376 説明板

Img_5379 宇和島城武家長屋門

Img_5380 説明板

Img_5388 宇和島城

Img_5381 説明板

Img_5391 宇和島城から九島方向

Img_5402 龍光院(40番観自在寺奥の院・番外別格二十霊場第六番札所) 【ルート地図】の③

九島鯨谷の願成寺が、寛永8年(1668)に元結掛の大師堂に移された。さらに明治年間に現在の龍王院に統合された。

右が本堂、左は稲荷社

Img_5411 JR予土線

Img_5414 明海寺

Img_5424 三間町へ上って行く。

Img_5430 務田駅(JR予土線)

Img_5434 41番龍光寺へ

Img_5437 41番龍光寺 【ルート地図】の④

「三間のお稲荷さん」と呼ばれる。山号が稲荷山で、参道前に鳥居が立ち、一番高い所に稲荷社が立っている。

Img_5440 説明板

Img_5441 本堂

Img_5442 大師堂

Img_5443 稲荷神社

ここが元の札所。本堂、大師堂の上にある。明治の神仏分離で新しく本堂を建てた。

Img_5444 由緒

Img_5445 社殿

Img_5446 稲荷神社から本堂、大師堂を見下ろす。

Img_5452 仏木寺への遍路道に入る。

Img_5453 下ってコスモス街道(県道31号)へ出る。

Img_5467 コスモス街道

Img_546043番仏木寺 【ルート地図】の⑤

「お大日さま」と呼び、牛馬の安全の守り仏とされている。

Img_5466 説明板

Img_5464 茅ぶきの鐘楼

Img_5468 民宿とうべや

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