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2008年12月14日 (日)

四国遍路道(愛媛県-8)

2008年11月27日

Img_6133 松山ワシントンプラザホテル・・・六角堂稲荷・八股榎木大明神(常楽寺)・・・道後公園(湯築城跡)・・・県道187号・・・51番石手寺・・・義安寺(番外霊場)・・・橋本地蔵尊・・・伊佐爾波(いさにわ)神社・・・宝厳(ほうごん)寺(番外霊場)・・・ネオン坂(上の写真)・・・伊佐爾波坂・・・湯神社・・・道後温泉本館・・・椿の湯・・・護国神社・・・御幸寺・一草庵・・・松山城周辺・・・松山WPH・・・松山駅→松山空港

 今回の四国遍路道の坂道散歩の最終日だ。ホテルに荷物を預け身軽になって昨日の道を逆に石手寺に向う。土産物の店が並ぶ参道が庶民的な感じでいい。河野氏の菩提寺の義安寺に寄り、伊佐爾波神社の石段下に出る。石を並べた幅広い石段は急で見事だ。境内裏から一遍上人誕生の地という宝厳寺に入る。山門の背後にきれいに色づいた木が聳えたっている。

 宝厳寺の山門から下る坂がネオン坂だ。かつては坂沿いに松ケ枝町の遊郭があったところで、漱石の『坊ちゃん』に登場し、正岡子規、山頭火も歌を残している。花街が寂れて、うらぶれた雰囲気の漂う貴重な?一画だが近い将来この光景も無くなって一変してしまい、ネオン坂の名も消えてしまうだろう。ネオン坂を下り、再び伊佐爾波神社の石段下に出て、伊佐爾波坂を下って右へ湯神社へ上り、道後温泉本館前、椿の湯から途中、風俗店の並ぶ今の色街っぽい通りを抜けて山頭火の終の棲家の一草庵に向った。敷地の回りは工事中で、小さな一草庵も内装工事中のようで雑然としていた。松山城の石垣に沿って、城へのリフト乗場を通りホテルに向った。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_6067 伊予鉄道の市内路面電車

Img_6068 六角堂稲荷と八股榎大明神(常楽寺)

もとは六角堂八股榎大明神という一つの社なのか?

Img_6069 八股榎大明神

大榎木の古株の洞穴に大正時代の中頃まで狸の一家が棲んでいたという。『八股榎お袖大明神の伝説』。

Img_6073 六角堂稲荷

稲荷なのにここにも『六角堂狸の話』が伝わるようだが。「稲荷山六角堂常楽寺」の石柱も立っている。

Img_6080 湯築城跡(道後公園)

14世紀前半に伊予国守護河野氏が築城。

Img_6091 51番石手寺参道 【ルート地図】の①

土産物の店が並んでいる。道後温泉の湯治客、観光客も多く訪れる。

Img_6087 仁王門

Img_6084 本堂

Img_6085 大師堂

Img_6095 義安寺(番外霊場)

河野義安の創立。天正13年(1585)河野家滅亡の際は家臣たちは当寺で自刃したという。遍路にゆかりのある河野家の霊を弔うための遍路がよく訪れた。(河野息方は遍路の元祖衛門三郎の生まれ変わりといわれる。) 境内で死んだ六十六部廻国行者の霊を祀っていて、「お六部さま」でも知られている。

 このあたりを姫塚という。元寇の役の時、河野通有の叔父である通時は一人娘の姫を置いて戦さに行き博多湾で戦死した。通有は父の帰りを待つ姫に、父の遺骨を持ち帰った。姫は一生この義安寺にとどまり父の墓守りをしたという。

Img_6097 説明板

Img_6098 橋本地蔵

Img_6103 伊佐爾波神社石段

Img_6104 石段上から伊佐爾波坂方向

Img_6105 伊佐爾波(いさにわ)神社 【ルート地図】の②

仲哀天皇、神功皇后が道後温泉に来浴した時の行在所の跡に建てられたという。

Img_6102 説明板

Img_6123宝厳寺(ネオン坂の坂上から) 【ルート地図】の③

時宗の一遍上人誕生の地という。

Img_6117 本堂

Img_6113 説明板

Img_6116_2 子規歌碑

「色里や十歩はなれて秋の風」

色里は寺の前のネオン坂沿いの松ヶ枝町の遊郭のこと。

Img_6115 説明板

Img_6121_2 ネオン坂(宝厳寺の門前から) 【ルート地図】の④

夏目漱石は『坊ちゃん』で、「北へ登って町の間をはずれに出ると、左に大きな門があって、門の突きあたりがお寺で、左右が妓楼である。山門の中に遊廓があるなんて前代未聞の現象だ。」と描写している。

山頭火も、「をなごまちのどかなつきあたりは山門」と歌っている。

Img_6125_2 坂上近く

Img_6127 坂上方向

Img_6128 坂下方向

今はネオン街も寂れ、スナックバーなどが何軒かあるだけで、ネオン坂の看板や標示もない。

Img_6129遊郭の建物だったのか。

Img_6149 ネオン坂(中央右上)・伊佐爾波坂(左下方)が載っている。

Img_6140 伊佐爾波坂(坂下方向) 伊佐爾波神社の石段下から下る坂。 《地図

Img_6147 坂上方向

正面突当たりが伊佐爾波神社。

Img_6141 湯神社へ

Img_6144 湯神社 《地図

道後温泉の守護神

Img_6142 説明板

Img_6153 道後温泉本館

Img_6157 椿の湯

道後温泉本館の姉妹湯。聖徳太子がこの地の椿を褒め称えたという伝説から名づけられた。

Img_6156聖徳太子碑説明板

Img_6158 聖徳太子「道後温泉碑」の模造品

聖徳太子が碑を建てたというのは疑わしく伝説に過ぎないようだが。

Img_6160 今はこのあたりが色街か。

Img_6163 一草庵・御幸寺へ

Img_6164 御幸寺

Img_6165 一草庵 【ルート地図】の⑤

山頭火の臨終の家。内部は改築工事中だった。

Img_6166 山頭火の日記から

およそ10ヶ月後(昭和15年10月11日)に死ぬ時には、「おちついて死ねそうな草萌ゆる」

Img_6174 松山城の石垣に沿って

Img_6179 松山城

JR松山駅へ向う途中から

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コメント

Oさん、お久しぶりです。
私も来春3月に52番から結願の予定です。
またどこかの宿か札所の寺、遍路道でお目にかかることがあるかも知れません。
その時はよろしくお願いします。

投稿: 坂道散歩(ヤタガラス) | 2008年12月29日 (月) 16:56

2ヶ月振りです
11月21日に33番せっけい寺の前の高知屋さんで最初にお会いして、51番石手寺、道後温泉で区切って帰りました。結願は来年春に予定しています
坂道散歩を読ませて頂いています
私の88箇所お参り(四国遍路)には無い慧眼と行動力、調査等々うらやましく、又今後も楽しく読ませていただきます

投稿: 静岡県のOです | 2008年12月29日 (月) 15:32

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