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2008年12月10日 (水)

四国遍路道(愛媛県-5)

2008年11月24日

Img_5743 ときわ旅館・・・国道56号・・・永徳寺・十夜ケ橋(とよがばし)(番外別格二十霊場の第八番札所)・・・(JR予讃線・松山自動車道)・稲田橋・・・矢落橋・・・神南(かんなん)堂(遍路休憩所)・・・内子町・・・遍路道・・・内子運動公園・・・駄場池・思案堂?・・・(内子駅)・・・内子の町並み(上の写真)・・・内子橋・道の駅内子フレッシュパークからり・・・国道379号・・・長岡山トンネル・・・遍路無料宿・・・三島神社・・・明応寺・・・大瀬地区・・・(曽我十郎首塚)・・・千人宿大師堂・・・楽水大師(番外霊場)・・・新田橋・・・梅津トンネル(87m)・・・突合・・・農祖峠(のうそのとう)遍路道・・・観音橋(小田川)・・・火祭橋・・・登貴姫橋・・・道の駅小田の郷せせらぎ・・・ふじや旅館

 やっぱり雨だ。覚悟はしていたが時々、車から雨水を跳ねかけられながら国道56号を進み、十夜ケ橋の下で傘を置いて小休止。JR予讃線を渡り松山自動車道をくぐり、遍路道に入る。再び国道に出る手前に休憩所の神南堂がある。五右衛門風呂もあり、野宿遍路には喜ばれていることだろう。五十崎(いかざき)駅近くから遍路道に入る。草木の間の未舗装の道で、雨水が流れる所やぬかっている所もあるが国道歩きよりは全然気が楽な道だ。

 内子運動場を過ぎ、駄場池の方へ下って、内子駅そばから内子の町並みに入る。三連休最後の日ともあって内子座や古い家並みの残る通りなどは観光客が多い。ゆっくり見て回りたかったがまだ先が長い。遍路道に戻ることにしたが、どこを歩いているのか分からず当てずっぽうにこの方向だろうと行くと、店の人が声を掛けてくれて遍路道への道順を丁寧に教えてくれた。地元の買い物客ですごく混んでいる「道の駅内子フレッシュパークからり」のマーケット?で弁当を買って雨の国道379号を上り始める。途中、屋根付のバス停で弁当を広げる。前を夫婦連れ遍路が過ぎ、その後から編み笠を被ったポンチョ姿の遍路が、(傘を差さずに足早に歩く姿は颯爽とした渡世人風だ。岡っ引きかやくざに追われているようでもあるが。)通り過ぎて行った。靴の中はびっしょりで座っていると寒くなってきた。半分食べてまた歩き出す。

 長岡トンネル前で夫婦連れ遍路を追い抜き、しばらくしてポンチョ姿の遍路に追いついた。挨拶をして横顔を見ると、健脚遍路のKさんだった。19日に出会った以来のご対面だ。お互いのあれからのことなどを話しながら進むと雨もさほど気にならない。Kさんはここ2、3日は女人野宿遍路と先になったり後になったりして歩いて来たそうだ。今夜は突合の徳岡旅館に泊まり、明日は鴇田(ひわた)峠越えの遍路道で44番大宝寺へ向うという。こちらは突合から農祖峠(のうそのとう)遍路道を行き、今夜は小田に泊まり、明日は45番岩屋寺へ行く予定だ。突合まではもう近い。遍路休憩所で残りの弁当を食べることにしてKさんと別れる。

 歩き出してすぐに左手に曽我十郎首塚登山口の案内板が立っている。徒歩20分とある。ちょうど通りかかった農家風のおばさんに聞くと、上りの山道でこの雨では大変だからよした方がいいと言われ、すんなり「そうですね」とあきらめる。ここ大瀬地区は作家の大江健三郎の故郷でもある。日本三大仇討ちの「曽我物語」とノーベル賞作家の組み合わせが妙だ。だが、なぜ東国、伊豆の相模国の仇討ち話の主人公の首塚がここにあるのだろうか?(曽我兄弟の菩提寺は小田原市の城前寺で墓もあるとか。) 

 楽水大師を過ぎ、突合から農祖峠(のうそとう)遍路道に入る。小田川を渡った広い道(県道?)を行こうか手前の道を行こうか迷っていると、車を止めて運転しているおじさんが身を乗り出し、手前の方が近道だと教えてくれた。疲れてきた足にはあり難い。火祭橋を渡って小田の町中に入る。もとは小田町だったのが内子町に吸収されたが、市にはなれず町のままだ。小田川に架かる橋の名がいい。観音橋、火祭橋、登貴姫橋、出合橋などいわれのありそうな名が並ぶ。火祭橋は近くの「山の神の火祭り」のことで、登貴姫は平清盛の娘で、ここにも平家落人伝説が残り、灯籠祭もこれにちなむという。

 明日の昼飯のことを考えて少し遠回りしてスーパーに寄る。明日の開店は8時で、出発時にはまだ開いていない。菓子パンなどを買い込みふじや旅館へ入った。古い昔風の部屋で、今日の客は2人。夕食は私一人だけだったが、大きな土鍋の寄せ鍋で腹一杯になり満足した。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5676 雨で山は煙っている。

Img_5678 永徳寺

霊跡の十夜ケ橋を管理する寺。以前は北方3kmの山裾にあった。

Img_5686 十夜ケ橋(番外別格二十霊場の第八番札所) 【ルート地図】の①

橋の下に大師が寝ている像がある。遍路は大師の安眠を妨げないよう、橋の上では金剛杖はつかない慣わしがある。

Img_5680説明板

Img_5690 JR予讃線・松山自動車をくぐる遍路道

Img_5696 遍路道から

Img_5699 神南(かんなん)堂 【ルート地図】の②

ここに事務所がある建設会社の好意による遍路休憩所ようだ。堂の名は近くの神南山から。五右衛門風呂(神南風呂)(左)もある。

Img_5702 国道を離れ遍路道に入る。

Img_5703 雨でぬかるんでいるが国道歩きよりはましだ。

Img_5707 内子運動公園にある説明板

Img_5713 駄場池

高知、愛媛には駄場がつく地名が多い。どんな意味なのか?

Img_5714 池のほとりの地蔵さん

細顔と丸顔の面白い地蔵さんだ。

Img_5716 白鳥は常盤公園からやって来たそうだ。餌箱に首を突っ込んでいる黒いのが白鳥か?

Img_5719 説明板の大師ゆかりの思案堂か?

Img_5722内子座 【ルート地図】の③

Img_5723 説明板

Img_5725 内子町案内板

Img_5726 図書館

Img_5730 児童館

Img_5729 説明板

Img_5731 八幡神社

Img_5737 下芳我

蕎麦、つみ草料理の店。まだ開店前のようだった。

Img_5744 内子の町並み

Img_5745

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Img_5757 長岡山トンネル手前

夫婦遍路が前を行く。

Img_5758 お遍路無料宿

Img_5761 三島神社

Img_5760 説明板

炷森(とぼしがもり)とはどんな森なのか?

Img_5759 大瀬地区

大江健三郎の故郷

Img_5763曽我十郎首塚登山口

弟の五郎の首塚もそばにあるようだ。曽我五郎十郎兄弟の仇討ちは日本三大仇討ちの一つ。

Img_5767 千人宿大師堂

Img_5772 筏流しの里「川登」

昭和20年代に姿を消した筏流しを平成5年に復活させ毎年4月に川祭りを実施しているそうだ。

Img_5770 説明板

Img_5777 楽水大師堂(番外霊場)(右) 【ルート地図】の④

行脚中の大師が当地で休み、呑んだ水が大変おいしかったので、これで楽になったと喜ばれたことから、ここに大師堂を建てたという。

Img_5775 大師像

寛政元年とある。

Img_5778 隣りの祠にはなぜか妖しげな人形が。

Img_5783 遍路道分岐(突合の所)

Img_5784 小田川沿いの遍路道

Img_5789観音橋を過ぎたあたりから

Img_5790 登貴姫橋 【ルート地図】の⑤

平清盛の5女でここに落ち延びて来て、病没したという。清盛寺の境内に墓がある。

Img_5793 ふじや旅館

Img_5794 昔風の部屋

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