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2009年1月 9日 (金)

三郷七福神①

2009年1月6日

Img_6349_2 新三郷駅(JR武蔵野線)・・・女体神社(采女)・・・女体神社(彦糸)・・・安養院(弁財天)・・・庚申塔・・・円明院(弁財天)・・・慈眼寺(大黒天)・・・(外環自動車道・潮郷橋)・・・玉蔵院(弁財天)・・・密蔵院・・・郷土資料館・・・延命院(壽老人)・虚空蔵堂・・・香取神社(上口)・・・東光院(毘沙門天)・・・善照寺(布袋尊)・・・迎摂院(弁財天)・・・神明社・・・香取神社(彦沢)・・・円能寺(福禄寿)・・・(常磐自動車道)・・・密乗院・・・西善院(大黒天)・・・庚申塔・(地蔵寺)・・・(花和田香取神社)・・・稲荷神社(谷口)・・・成就院(恵比寿)・弁天堂・・・稲荷神社(栄)・・・(つくばエクスプレス)・・・香岩寺(寿老人)・・・三郷放水路・・・二郷半領用水遊歩道・・・前川大橋・・・西福寺(布袋尊・上の写真・・香取神社(戸ヶ崎)・・・天王橋(二郷半領用水)・・・第2大場川・・・長沼白山神社・正円寺(恵比寿)・・・大正橋(大場川)・・・天豊受神社・・・円福寺(弁財天)・・・稲荷神社(東町)・・・稲荷神社(高洲)・・・本隆寺(毘沙門天)・・・宝蓮寺(福禄寿)・・・香取神社(高洲)・・・大雄寺(大黒天)・・・高須大入バス停→三郷中央駅(つくばエクスプレス)

 江戸川と中川(古利根川)に挟まれた埼玉県三郷市には24の寺に七福神を祀っている。北の吉川市との境の安養院から中川の左岸沿いの昔の岩槻街道(慈恩寺道、吉川道)を南下し、葛飾区の水元公園近くまで行き、東に江戸川右岸の大雄寺までの18ケ寺を初詣を兼ねて歩く。前から陽を浴び暖かく、追い風で車の往来もさほでない道で歩きやすかった。平坦な所で坂がないのはちょっと物足りなかったが致し方なし。

 三郷七福神24ケ寺の内訳は、弁財天が7ケ寺、大黒天が4ケ寺、寿老人・毘沙門天・恵比寿・布袋尊・福禄寿がそれぞれ3ケ寺だ。(2神を祀る寺が2寺ある。) 七福神中で唯一の女神、弁財天はやっぱり人気があるようだ。それとも女好きが多いのか。(三郷市に限ることではないが) 七福神はこの七神が一般的なメンバーだが、南極寿星の化身で異名同神ともいわれる寿老人と福禄寿から寿老人を除いて吉祥天を加えることもあるという。だが人々から吉祥天が弁財天と混同されて一般的にはならないらしい。毘沙門天と吉祥天は夫婦なので、二神同体とも、吉祥天は格下とも思われる。確かに福禄寿と寿老人は区別がつけにくい。女神が2人になった方があとの男の五神が喜ぶだろうし、七福神も華やかになって七福神巡りももっと広がる気がするが。そうなると人気を独占している弁天さんが、やっかんで吉祥天に意地悪をするかも。でも旦那の毘沙門天が黙っていないだろう。

 正月で幾つかの寺で甘茶や飴を振舞われ、四国遍路道のお接待を受ける気分にもなった。また「三郷七福神」の幟は立っているもののどこに七福神が祀ってあるのか分からない寺もあった。三郷市の寺は圧倒的に真言宗が多いのは何故なのか。それもほとんどが昔は円明院の末寺だったようだ。

 半日ほどで回れると思っていたが途中の寺社にも寄ったのと、香岩寺から先が寺と寺の間の距離が長くなったために1日仕事になってしまったが天気も良く、気持ちのいい七福神巡りの初詣だった。

  【ルート地図

  *参考:『三郷七福神めぐり』(今日歩いたのは彦成コースと八木郷・戸ケ崎コース)・

  『七福神のおはなし』・『全国の七福神巡りガイド

  写真をクリックすると拡大します。

Img_6389 女体神社(采女)

もとはJR武蔵野線(昭和48年開通)の操車場用地の所にあった。今は広大な操車場もなくなり開発が進んでいる。

Img_6193 女体神社(彦糸)

三郷市は平坦な低地で稲作の農家が多かった。女体神社で豊作を願ったのだろう。

Img_6195 安養院(彦糸1-10)

山号を甘露山という宗教法人真言宗の寺で円明院の末寺。明治時代には小学校の校舎として使用された。左は樹齢約600年の「厄除け大銀杏」で、以前は樹高28mもあり、銀杏(ぎんなん)も一石三斗も実ったという。昭和57年の台風で被害を受け、10mの高さに切り詰められた。

Img_6197 説明板

Img_6200 大銀杏説明板

Img_6205 彦糸弁財天(彦糸集会所の所)

安養院の別当で、近郷の人々の弁天講により雌雄の蛇が祀られているというが、それらしき物は見当たらず。時間が早すぎたのか閉まっていて弁財天も拝めず。

Img_6206 庚申塔道標(文政3年(1820)建立)

昔の岩槻道(吉川道岩槻慈恩寺道)沿い。右側面に「北 吉川道」とある。後ろは安養院の鎮守の稲荷社。

中川から元荒川へ出て岩槻市の慈恩寺へ通ずる道。(綾瀬川沿いの道(県道蒲生岩槻線)も慈恩寺道というようだが) 赤羽岩淵から川口、鳩ヶ谷を通り岩槻に通ずる日光御成街道の一部も岩槻道。

Img_6210 常夜燈(文政13年(1830)建立)・水盤には「八百屋源太郎」?とある。

Img_6220 円明(えんみょう)院(彦糸1-179)

山号を長江山聖伝寺という真言宗の寺。江戸時代には末寺23ケ寺を支配し本寺と称していた。

Img_6224 説明板

Img_6222弁財天(本堂の中)

「七福神の中の唯一の女神です。愛嬌を示し、音楽、弁舌才智、水の神、芸術の神として古来日本では市来姫(いちきひめ)と同一神として信仰されています。」 『三郷七福神巡り』

Img_6221 不動明王像説明板

Img_6218弁財天堂(境内)

Img_6217 弁財天

位牌のような文字石柱型。

Img_6227 慈眼寺(彦川戸1-138)

本堂前に七福神像が並ぶ。山号を普門山という曹洞宗の寺で、将軍家光が狩場の休憩地としたと伝える。

Img_6230 潮郷橋

中川に架かる八潮市と三郷市の境の橋。右は外環自動車道。三郷市で坂らしいのは中川を越える橋と武蔵野線の跨線橋くらいだ。

Img_6231 中川下流方向

潮郷橋から

Img_6239_2玉蔵院(天神1-59)

山号を北野山という真言宗の寺。江戸時代には寺子屋が開かれ、明治時代には浩養学校として使用された。弁財天は見当たらず。

Img_6235 説明板

Img_6236 説明板

Img_6241密蔵院(彦野1-25)

盤寿量山密蔵院大聖寺という真言宗の寺。

Img_6240 由来碑

謎の人物石川数正の菩提寺とある。

Img_6243 郷土資料館

もとは彦成小学校の講堂。

Img_6257 延命院(彦倉1-183)

山号を明星山如意輪寺という真言宗の寺。奥は虚空蔵堂。

Img_6246 説明板

Img_6244 虚空蔵堂

弘法大師の作とも伝える虚空蔵菩薩像は古利根川(中川)の洪水の時に見つかったという。

Img_6249 虚空蔵尊縁起

徳川吉宗、弘法大師、弟橘媛、織田信長など登場人物がにぎやかだ。

Img_6247 テレビ放送予定

Img_6248 寿老人

「寿老神と書く人もいます。長寿の神様で、老子の化身の神とも言われています。長命、富財、与宝、諸病平癒の神でもあります。」 『三郷七福神巡り』

Img_6251 うなぎ供養塔

球の中にリアルなうなぎ像がくねっている。

Img_6250 虚空蔵菩薩とうなぎ

うなぎは虚空蔵菩薩の使者とか化身といわれるそうだ。

Img_6255 力石

昔、若者達が力くらべに使った石。力持興行もあったという。

Img_6254 説明板

Img_6260 香取神社(上口)

祭礼に二郷半囃子、里神楽が行われていた。

Img_6262 説明板

Img_6265 東光院(上口1-108)

真言宗の寺

Img_6267 毘沙門天

「印度の神様で、多聞天とも言われ仏教四天王の一人です。左手の塔は八万四千の法蔵、十二部経の文義を具し、右手の宝棒は悪霊を退散させ財宝をさずけるといいます。」『三郷七福神巡り』

Img_6269 善照寺(上口1-37)

真言宗の寺

Img_6271 布袋尊

「中国五大聖人の一人で、弥勒菩薩の化身ともいわれ、大量を表現し、堪忍と和合を教えてくれる神様です。」 『三郷七福神巡り』

Img_6273 迎摂院(こうしょういん) (番匠免1-157)

山号を彦峰山観音寺という真言宗の寺。

Img_6283 説明板

鎌倉時代の行基の作」というのは誤りだ。

Img_6276 観音堂

室町時代に建立されたという三郷市最古の建造物。江戸時代に大修理をしたらしい。准胝観音菩薩像は行基の作と伝う。

Img_6275 説明板

Img_6277 弁財天堂

Img_6278 弁財天

Img_6285 神明社

Img_6290 香取神社(彦沢)

Img_6292 力石

白い矢印の指す穴は力持ちの文八の親指跡とか。

Img_6291 力石の由来

Img_6298 円能寺(彦沢1-71)

山号を悲願山正蓮院という真言宗の寺。明治時代には彦成小学校の前身の培殖学校として使用されていた。

Img_6299 説明板

Img_6296 説明板

Img_6297 不動明王像か?

Img_6300「忍者の松」の切り株?

上野戦争で敗れて逃げてきた彰義隊の若者が登って隠れたという「人助けの松」の切り株か? 

Img_6302 旧家

Img_6306 密乗院(彦江1-207)

山号の狩場山は弘法大師を手助けしたという狩場大師にちなむ。別名を狩場明神ともいう。ここも真言宗。

Img_6305 説明板

Img_6318西善院(花和田189)

中川両岸六阿弥陀霊場

Img_6316説明板

Img_6314 大黒天堂

Img_6315 大黒天

「印度の神様で有福を示し、有徳、財宝、闘戦の神様で、二俵の米俵に立ち糧食を司る神です。」『三郷七福神巡り』 

これは「三面六臂の大黒天」

Img_6312_2 説明板①

右上の写真の大黒天が見慣れた大黒天像。

Img_6313_2 説明板②

Img_6309 庚申塔(地蔵寺前)

前の石柱に天明3年とある。

Img_6320 稲荷神社(谷口)

Img_6326 成就院(谷口1251)

神谷山谷口不動尊という真言宗の寺。

Img_6327 説明板

Img_6325_2 勝海舟の碑文

一世の秀観翁を讃える碑文だそうだ。

Img_6323 恵比寿堂

Img_6324 恵比寿

「イザナギノミコトの第三子蛭子尊ともいい大国主命の御子とも伝えられています。(清廉、漁業、商売繁盛、交易)の神様と言われ、エビス顔といわれるように尊顔です。」 『三郷七福神巡り』

Img_6330 弁天堂

成就院の隣りにあるが三郷七福神には入っていない。すぐ左に中川が流れる。

Img_6331 稲荷神社(栄)

Img_6338 香岩寺(栄221)

市内で唯一の浄土宗の寺。門前の道は昔の岩槻街道で、坂東88札所第十二番、岩槻市の慈恩寺へ通ずる慈恩寺道ともいわれ、水戸への裏街道でもあり水戸光圀(黄門さん)もこの寺に立ち寄ったという。

Img_6333 説明板

Img_6336 寿老人

新しい石の祠の壁に描かれている。

Img_6337 七福神の人形。

右端の忍者みたいのは毘沙門天だろう。

Img_6341 門前の昔の岩槻街道(岩槻慈恩寺道・吉川道)

三郷放水路から北方向。正面はつくばエクスプレスの高架線。昔の道の面影は皆無だ。

Img_6345 三郷放水路(江戸川方向)

正面は外環自動車道、その向こうは三郷排水機場、江戸川。

Img_6343 中川方向

三郷水門

Img_6346二郷半領用水の遊歩道

中世まで三郷市域は下総国に属していたが、近世初頭に武蔵国に編入され、江戸時代には三郷は武蔵国葛飾郡二郷半領に属していた。吉川、彦成の二郷に、彦成以南の一郷に満たない地域の下半郷を加えて二郷半と称したとされる。「二郷半」を切り上げて「三郷」にしたのと思いきや、彦成村、早稲田村、東和村の3村が合併し昭和31年に三郷村になり、昭和47年に三郷市になった。

Img_6352 西福寺(戸ケ崎2-62)

戦国時代に戸ケ崎郷を支配していた千葉氏の一族の匝瑳(そうさ)氏が開基という。千葉県北東部に匝瑳市がある。昔は下総国の匝瑳郡だったようだ。真言宗の寺。鐘楼の四柱山門は天明6年(1786)の建立。

布袋尊(一番上の写真)は「中国五大聖人の一人で、弥勒菩薩の化身ともいわれ、大量を表現し、堪忍と和合を教えてくれる神様です。」 『三郷七福神巡り』

Img_6354 戸ケ崎香取神社

Img_6357 三匹の獅子舞説明板

2人の若者が洪水の時に対岸の桜堤の堤防を破壊して村人の命を守って濁流に呑まれれ犠牲になった。その時の有様を舞っているという。堤防を破壊された水元公園側の対岸の村はどうなったのだろうか?

Img_6358 ここにも力石

Img_6360 正円寺(鷹野2-44)

真言宗

Img_6361 恵比寿

Img_6363 長沼白山神社

Img_6365 説明板

Img_6367大場川

大正橋から上流方向

Img_6369 天豊受神社(鷹野1丁目)

Img_6370 由来書

長戸呂胤能とは、伊豆北条氏の代官で明応9年(1498)に八丈島へ渡った長戸路家の祖に当たるのか?

Img_6374 円福寺(鷹野1-159)

山号を長流山という真言宗の寺

Img_6375 弁財天

Img_6376 稲荷神社(東町)

Img_6377 稲荷神社(高洲1丁目)

Img_6378 本隆寺(高洲1-206)

日蓮宗の寺で、明治時代には久兵衛学校となった。昔は久兵衛村で、今も「久兵衛」というバス停がある。

Img_6379 毘沙門天

Img_6380 宝蓮寺(高洲3-123)

山号を香取山阿弥陀院という真言宗の寺。ここも昔の岩槻街道の道筋にある。

Img_6381 説明板

Img_6382 福禄寿

「中国の神様で、人名というより、中国道鏡の理想である幸福、俸禄の意味をもち南極老人星の化現として現れた神とされています。(大望、長命) 『三郷七福神巡り』

Img_6383 香取神社

宝連寺の隣り。

Img_6385 大雄寺(だいおうじ)(高洲4-138)

山号を正光山という日蓮宗の寺。室町時代末期の開創で、真間山未下総国松戸大雄寺と称した。江戸時代に太日川(江戸川)の掘り替えで移転、更に大正、昭和と移転し現在地に安住。初めは江戸川対岸の今の松戸市にあったのだろう。

Img_6387 大黒天

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