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2009年3月31日 (火)

四国遍路道(愛媛県-13)

2009年3月12日

Img_9458_2 ビジネス旅館小松・・・讃岐街道・・・常盤神社・・・林昌寺・・・氷見組大庄屋高橋家・・・芝之井(番外霊場)・・・63番吉祥寺・・・浄光寺・・・阿弥陀寺・・・丹民部守神社・・・石鎚神社・64番前神寺・・・宮前橋・(伊曽乃神社)・・・伊曽の橋(加茂川)・・・武丈(ぶじょう)公園・・・(常福寺)・・・地蔵原地蔵庵・・・(王至森(おしもり)寺)・・・上室川橋(室川)・・・西原の大地蔵・・・六地蔵の接待堂跡・・・堂の本の地蔵屋敷跡・・・(新居浜市)・・・渦井橋・・・旧街道・・・国領橋(足谷川)・・・国道11号・・・(四国中央市)・・・熊谷橋(関川)・熊谷地蔵尊・・・(JR予讃線)・・・三度栗大師堂・・・延命寺(別格二十霊場第12番)・・・島屋跡(小林一茶宿泊地)・・・松屋旅館

 造り酒屋や旧庄屋家の並ぶ氷見の家並みを通り、芝之井から国道11号と予讃線に挟まれた63番吉祥寺に出る。この寺の本尊は札所中唯一の毘沙門天だ。古来、水陸の軍事交通上の要衝のこの地の守護神として毘沙門天が祀られたのだろう。旧道に戻り東へ進むと石鎚神社の広い参道前に出る。ここも元の札所だ。石段を上っていたら杖の持ち手のカバー(お接待で頂いた)が無いことに気がついた。参道の途中で落としたらしい。引き返そうとしたら、境内を掃き清めていた若い巫女さん?が気づいて石段を上って持ってきてくれた。やはり神も仏もあるものだ。彼女の顔が吉祥天のように見えてきた。感謝、感謝だ。

 石鎚神社の境内は広い。隣の64番前神寺は狭いのだろうと思っていたが、これが意外に広く奥行きもあった。参拝を終え、大師堂前のベンチまで来ると、ちょうどK子さんがやってきた。彼女はここが今回の打ち止めという。野宿遍路のリチャードもいて、昨日は初めて民宿に安く泊めてもらったという。今日は距離を短くして、国領橋近くのビジネスホテルMISORAにするつもりだ。天気が良く気持ちのいい遍路道をゆっくり進む。

 伊曽の橋を渡り加茂川から石鎚山を眺め(上の写真)、 武丈公園で一休みして、ホテルに電話するが通じない。結局この後、何回か掛け直しても通じなかった。遍路道は地蔵原地蔵庵を通り室川を渡る。渡って道筋を確認しているとそばの小屋から中で休んでいけと声が掛かった。中に入るとリチャードがいた。まだ作りかけの小屋には石鎚大権現の掛軸などが掛けられている。リチャードは泊まるのにはちょうどいいと気に入った様子だった。通夜堂としてお遍路を泊めることにするのかは確認しなかった。

 リチャードと一緒に小屋を出て、しばらく一緒に歩いていたが、国道11号に出たあたりで彼はコンビニへ行ったようで別れてしまった。この後、雨の三角寺、雪の雲辺寺でも会うことはなかった。無事に野宿をしながら進んでいることだろう。西条市から新居浜市に入り、渦井橋を過ぎると遍路道は国道から離れ旧街道に入る。昔ながらの商店街などが残る通りを行くと国領橋に出てしまった。まだ1時半だ、宿に入るのには早すぎる。近くのBHMISORAに電話が通じなくてよかった。

 国領橋のそばに座り込んで遅い昼飯のパンを食べながら今夜の宿をどうするか考える。ここから8kmぐらい先の旅館五葉松食堂がちょうどいいと思って電話するが、どうも泊めるのにあまり乗り気でないようだ。それならと伊予土居駅近くの松屋旅館にする。ここから13kmはあるか。四国中央市との境の国道11号の上りもあるし、のんびりとはしていられない。ピッチを上げて歩くが午後になると疲れのせいかけっこう時間がかかる。急いだせいか国道11号に入るとあるはずの坂下大師堂が見つからず、かなり上ってしまいあきらめた。

 四国中央市に入って少し下り、旧道に入り熊谷橋を渡り、熊谷地蔵尊の前で小休止だ。ここからは伊予土居までは5kmほどで、5時頃には着く、一安心だ。ちょうど小学校の下校時間で、生徒たちがあいさつやら、話しかけてくる。歩き遍路はかまってくれると疲れも忘れるものだ。国道11号を突っ切り、予讃線を2度渡ると別格霊場の延命寺で「いざり松」の残骸が保存されている。伊予土居駅を過ぎ旧道沿いの松屋旅館に入った。泊り客は一人だ。慣れてしまったが何となく申し分けない気分にもなる。

 今日も予定より歩いてしまった。今夜から天気は崩れ、荒れ模様になるらしい。明日は標高500mの三角寺、明後日は900mの雲辺寺の予定だ。どうなることやらだが、風呂に入り、一杯飲んで、腹一杯食べたら後は寝るだけ。明日のことはケセラセラよ。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_9375 常盤神社

Img_9376 由緒

Img_9379 いろんな酒が展示されていて朝から目の毒だ。

Img_9380 氷見組大庄屋高橋家

近くに城跡がある高尾城主高橋美濃守の直系の子孫が氷見に土着して帰農し、藩政時代を通じて代々氷見組大庄屋を務めてきた。大屋根上にあるのは何か?屋根付きだから天水瓶ではないだろうが・・・。

Img_9385 造り酒屋

氷見あたりは芝之井のような湧き水が豊富で、酒造りが盛んなようだ。あちこちに「うちぬき」という井戸があるそうだ。

Img_9386 芝之井(番外霊場)

大師のお加持水で、古くからの水洗い場、井戸端会議の場所でもあった。

Img_9387 由来

Img_9388 63番吉祥寺 【ルート地図】の①

Img_9394 説明板

Img_9390 山門

Img_9391 本堂(右)・大師堂

本尊は札所で唯一の毘沙門天で、吉祥天との子の禅尼子(善賦師)童子を従えた像がある。門柱に「七福神の寺」とある。「毘沙門寺」でなく、「吉祥寺」なのがいい。寺宝の「マリア観音」も安置されている。

Img_9395 成就石

本堂前から目をつぶって進み、金剛杖が穴に通ったら念願成就という。この石はその昔、石鎚山麓の滝壺にあったとか。

Img_9396 くぐり吉祥天・お迎え大師

Img_9398 小鳥

Img_9400 浄光寺

武蔵国豊嶋郡??村とゆかりのある寺らしい。

Img_9399 由緒

Img_9403 阿弥陀寺

右の石柱に「阿弥陀寺」・左の石柱は「新四国二十五番霊場 清水寺」とある。

Img_9408 いろんないきさつがあった寺のようだ。

Img_9410 丹民部守神社

丹家は河野氏の出自で、天正13年(1585)に討死した丹民部を祀る。「民部さん」、「民部塚」ともいわれる。

Img_9414石鎚神社 【ルート地図】の②

霊峰石鎚山を神体山とし、山頂に頂上社、中腹に成就社と土小屋遥拝殿、そしてこの本社の四社を合わせて石鎚神社という。すぐ東側にある64番前神寺はかつて石鎚神社と一体だった。

Img_9415 説明板

Img_9416 境内図

Img_9418 神門

Img_9419 神門の大天狗

Img_9420 小天狗

Img_9422 本殿への石段

中央の鉄の鎖は安永8年(1779)に石鎚山に掛けられたもの。

Img_9424 本殿

Img_9425 本殿から瀬戸内海

Img_9428 祖霊殿

Img_9427 説明板

「別当寺時代の前神寺」と記す。

Img_9434 64番前神寺惣門

明治の神仏分離で廃寺となり、前上寺(廃仏毀釈で神という字は使えなかった)として再興され、前神寺に戻った。本尊は阿弥陀如来で、石鎚蔵王権現を祀る石鎚山の東の遥拝所(西は横峰寺)。真言宗石鉄派の総本山。

Img_9435 説明板

Img_9437 境内図

思ったより広い。

Img_9439 大師堂

本堂とはだいぶ離れている。

Img_9441 本堂

Img_9440 御滝不動尊

Img_9442 石鉄山権現堂への石段

本堂より高い所にある。

Img_9443 権現堂

石鎚蔵王権現を祀る。本尊阿弥陀如来が姿を現したのが蔵王権現。

Img_9447伊曽乃神社の鳥居だろう。遥拝で済せたが行けばよかった。

天照大神、武国凝別命を祭る。社殿は総檜の神明造り、鬱蒼とした樹木が広がり、境内正面の神木のクスノキは、樹齢500年と推定。

Img_9451 伊曽の橋から加茂川橋方向

Img_9453 加茂川

左に武丈公園

Img_9462 武丈(ぶじょう)公園 【ルート地図】の③

桜の名所だそうだ。

Img_9464 説明板

Img_9460説明板

Img_9466 常福寺

その向こうは松山自動車道

Img_9468 遍路道

Img_9470 地蔵原地蔵庵

大師が四国巡錫のみぎり、この地で一夜にして刻んだという地蔵尊を安置。幼稚園の散歩か遠足で賑やかな境内。

Img_9472 由来

Img_9474 王至森(おしもり)寺

「王(舒明天皇)が至った森」という伝説からの寺名。

Img_9475 説明板

Img_9478 新しく地元の人たちで作っている小屋。石鎚大権現の掛軸などが掛かっている。(上室川橋の所)

ここにリチャードが休憩していた。

Img_9480 西原の大地蔵

Img_9483 大師堂・六地蔵・接待堂跡

江戸時代中期に建立されたが接待堂は老朽化により消滅。大師堂は平成に改修された。

Img_9482説明板

Img_9485 堂の本の地蔵屋敷

地蔵さんの祠が屋敷なのか、屋敷は別にあったのか?

Img_9492 国領橋(足谷川)

ここの川沿いで小休止

Img_9493 国領橋から

Img_9497 国道11号を上る。

Img_9503 四国中央市に入り少し下り旧道に入る。

Img_9510 熊谷地蔵尊(関川の熊谷橋を渡った所)

Img_9508_2  由来

Img_9509 熊谷地蔵

Img_9511 千足神社

ここも遥拝のみ。

Img_9512 由緒

Img_9518 三度栗大師堂(三栗山地蔵院) 【ルート地図】の④

高知県須崎市の番外霊場の観音寺にも「三度栗」の伝説があった。昔はこのあたりは栗の木が多かったようだ。

Img_9516_2 由来

Img_9522 JR予讃線

特急はアンパンマン電車

Img_9527 鈍行は一輌

Img_9529 延命寺(別格二十霊場の第12番札所) 【ルート地図】の⑤

大師が自ら植えた松の傍らにいた足の悪い人に千枚通しの霊符を授けると足が治った、という霊験談からこの松を「いざり松」と呼ぶようになった。

Img_9532 説明板

Img_9535 いざり松の残骸

樹齢700~800年で枝張りは東西30mもあったというが昭和43年に枯れてしまった。

Img_9534 説明板

Img_9538 島屋跡(小林一茶宿泊地)

延命寺のそばのこの宿に泊まって三角寺へ向ったのだろう。

Img_9541_2松屋旅館

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