« 大王町の坂(三重県志摩市) | トップページ | 四国遍路道(愛媛県-10) »

2009年3月18日 (水)

四国遍路道(愛媛県-9)

2009年3月8日

松山駅・・・姫原橋・・・軽之神社・姫池・六地蔵・比翼塚・・・蓮華寺(番外霊場)・・・礼拝(らわい)坂・生木の地蔵・・・一里塚石・・・福永神社・・・志津川池・・・志津川橋(大川)・・・井関橋(久万川)・・・(JR予讃線)・・・大将軍神社・・・入山田池・・・一の門・仁王門・一畑薬師堂・山門・52番太山(たいざん)寺・・・52番奥の院(経ケ森)・・・県道183号・・・中乃川橋(久万川)・・・県道39号・・・勝岡八幡神社・・・53番円明寺(えんみょう)奥の院(番外霊場)・・・県道39号・・・中乃川橋・・・恵比寿神社・・・53番円明寺・・・馬木橋(大川)・・・花見川橋(権現川)・・・堀江橋(郷谷川)・・・三穂神社・・・民宿四国

 松山駅から北に向かい、国道196号の姫原橋交差点で遍路道からはずれ東へ、木梨之軽太子と軽大郎女の悲恋物語、日本最初の心中事件?の伝承地、姫池、軽之神社、比翼塚に寄る。蓮華寺門前の周辺案内図に礼拝坂があるのを見つけた。遍路道からも近く、坂道散歩にはうってつけの坂だ。蓮華寺にゆかりのある坂名だが、「礼拝」は坂の途中の生木の地蔵のマリア像の方がピッタリする感じがする。

 菜の花が咲く川沿いから52番太山寺の参道に出て一の門、仁王門、山門と上って行く。奥の院は松山観光港のある高浜町への山道沿いの経ケ森で、お堂はなく360度の展望の見晴らしの所に観音像の塔が立っている。太山寺境内から53番奥の院経由で53番円明寺へ行ける遍路道があるはずだが見当たらず、聞いてもはっきりしない。仕方なく一の門へ戻り、県道183号から久万川沿いを進み、勝岡八幡神社前を通ってかなり大回りして、さらに途中で道を間違えかなりの時間をかけて53番の奥の院へたどり着いた。来た道を戻り、伊予和気駅近くの53番円明寺へ向う。

 53番の「和気の円明さん」は52番太山寺に比べると平坦な町中の寺でこじんまりとしている。ここにもマリア像を刻んだキリシタン灯ろうがある。松山から今治までの一帯は、隠れキリシタンが多くいたという。予定より時間を食ってしまいもう5時近い。県道39号を今夜の宿の民宿四国に向う。途中の民宿伊予路は閉まっていた。当初ここに泊まるつもりだったのだが電話が通じなかった。廃業したのだろうか。夕暮れの堀江港に寄ってから宿に入った。おかみさんは今夜は客が多くて大変だという。遍路ではなく工事関係者が泊まっているというが、まだ帰ってはいなかった。急いで風呂に入り、部屋に運んでもらった夕食を食べる。今夜はさぞかし騒々しくて眠れないかと覚悟していたが、何と言うことはなく静かな夜でいささか拍子抜けした感じだった。

  【ルート地図

  *『四国遍路道』(愛媛県-8)からの続き。

  写真をクリックすると拡大します。

Img_8604 軽之神社、姫池への坂

Img_8596 軽之神社、姫池 【ルート地図】の①

同母の兄妹の木梨之軽太子(きなしのかるのみこ)と軽大郎女(かるのおおいらつめ)の悲恋物語

Img_8591 由来

Img_8594 姫池

六地蔵から軽之神社方向

Img_8601比翼塚と歌碑

Img_8602 木梨之軽太子と軽大郎女の歌碑 『古事記』

軽太子が伊予に流された時の歌と、軽大郎女が軽太子を追って行く時に作った歌。

Img_8605 蓮華寺山門 

Img_8608 本堂

延宝2年(1674)の建立。行基が当寺の山頂(室岡(しっこう)山)で見つけたという薬師如来像が本尊。山頂には1500年以上も昔の霊所遺跡(岩室)があるという。

Img_8625 近辺の説明板

Img_8614 礼拝(らわい)坂(坂下から) 北東に上る坂。【ルート地図】の②

蓮華寺山頂の室岡山の薬師如来像を村人がこの坂上から拝んだところからこの坂名がついたという。座拝(ざはい)坂ともいう。

Img_8615 由来書

Img_8616 坂上方向

Img_8618 生木の地蔵堂(坂の途中)

Img_8624 坂下方向

左正面が室岡山蓮華寺

Img_8619 生木の地蔵

隠れキリシタンが崇拝した石柱のマリア像が木の根元に植え込まれている。このマリア像を礼拝したから、「礼拝坂」と呼ぶようになったという方が似つかわしい感じだが、隠れキリシタンはおおっぴらに礼拝はせず、坂に名もつけたりはしないだろう。

Img_8620由来

Img_8621マリア像に見えるか?

Img_8627 一里塚石(復元)

「松山札の辻より壱里」

Img_8626 説明板

Img_8628 福永神社

Img_8633 志津川橋あたり

Img_8642 久万川

Img_8647 大将軍神社(大渕公園)

大将軍とは誰のことなのか? 

Img_8650菜の花盛り

Img_8654 入山田池

Img_8656 52番太山寺参道 

Img_8658 一の門

Img_8662 仁王門

Img_8661 説明板

Img_8663 山頭火句碑

「もりもり もりあがる 雲へ あゆむ」

Img_8664 句碑説明板

Img_8665 一畑薬師堂

眼病に霊験あらたかという。

Img_8668 茶屋

Img_8670 遍路宿跡?

Img_8675 山門

Img_8711 説明板

Img_8676 太山寺本堂(国宝)

札所の中では2番目に古い本堂。豊後の真野長者により建立され、鎌倉時代に河野氏により再建された。

Img_8679 説明板

Img_8682 大師堂

右下の石をたたいてお参りする。

Img_8680_2 真野長者堂

「一夜建立の御堂」の伝承のある太山寺の創建者という豊後国の真野長者とその娘の般若姫を祀る。この姫は用明天皇がその婿になろうと草刈童にまでなって近づいたという程の美人だったとか。

Img_8677 鐘楼天井の地獄絵

Img_8685 奥の院(経ケ森)へ

Img_8690 瀬戸内海

下は松山観光港か

Img_869152番奥の院(標高203m) 【ルート地図】の③

堂はなく観音像だけが立っている。「聖武天皇埋経の地」の石碑があるそうだ。それで経ケ森というのか。

360度の展望で眺めがいい。

Img_8696 松山市街地方向

Img_8714 53番円明寺奥の院へ

古い家並みの道

Img_8717旧家 

Img_8716 53番円明寺奥の院 【ルート地図】の④

元の円明寺があった所。

Img_8729_2 円明寺近くの家並み

Img_8719 53番円明寺八脚門 【ルート地図】の⑤

Img_8720 説明板

Img_8721 中門?

Img_8725 本堂

慶安3年(1650)の銅製の納札が保存されている。龍の彫り物は左甚五郎作と伝える。

Img_8722 大師堂

Img_8727 天井画(大師堂)

Img_8723 キリシタン灯ろう

マリア観音

Img_8724説明板

Img_8737 三穂神社

Img_8736 由緒

Img_8741 堀江港 

広島方面へのフェリーが出ている。

Img_8739 民宿四国

|

« 大王町の坂(三重県志摩市) | トップページ | 四国遍路道(愛媛県-10) »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

 Oさん、お久しぶりです。
 3月8日の52番太山寺から、雨と突風の三角寺、雪の雲辺寺を巡り、88番大窪寺で結願しました。(変則的な巡り方のため、68番神恵院から87番長尾寺まではすでに巡拝済み。ただし、81番白峯寺と82番根香寺は今回巡拝)
 私も、菊間町のお遍路接待所で中学生の作った小さな厄除けの鬼瓦と、「ぶじかえる」をいただきました。
 88番へは好天で、女体山越えの遍路道を名残りを惜しんでゆっくり歩きました。歩いていながら、また巡りたいと思ってきました。5月の連休明けに1番から、違ったコース、宿で再度ゆっくり巡り始めてみるつもりです。
 どうかOさんも、無事で、元気で結願されるよう祈っています。

投稿: 坂道散歩(ヤタガラス) | 2009年3月24日 (火) 21:29

いよいよ、暖かくなってきましたね!
私も3月15日から22日迄の8日間で75番
善通寺迄回ってきました
この坂道散歩を読んでみると、遍路道周りをくまなく見聞する姿勢に感心しきりです
今治市(旧菊間町)には鬼瓦工場がたくさんあり無人遍路接待所で4~5センチ四方のミニ鬼瓦を頂いてきました
私は60番横峯寺では山登り、下りで大変でした
62番宝寿寺は朝8時(7時ではない)からでなければ納経の受付窓口」が開かないそうです
伊予西条駅前の(BH玉の家)では歩き遍路と言って400円の割引がありました
これは、63番吉祥寺住職から聞いたと言ってみなさいと、アドバイスされました(笑)
結願は秋にしようかと思います
ブログの続きを楽しみにしています

投稿: 静岡県のO | 2009年3月24日 (火) 13:42

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/161343/44390938

この記事へのトラックバック一覧です: 四国遍路道(愛媛県-9):

« 大王町の坂(三重県志摩市) | トップページ | 四国遍路道(愛媛県-10) »